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Study Ecology!第1回「プラスチック」

※このコラムはYouTube公開されている「【Vtuberと一緒に学ぶ!】マイクロプラスチックってなんだ?【環境科学解説】」の原稿に手を加えたものです。動画は図表や写真を使用してより分かりやすいものとなっているので、ぜひ合わせてご覧ください。

動画URL:https://www.youtube.com/watch?v=i3qLAe0EpkY


はじめに

 人類の皆さまごきげんよう!環境科学系Vtuberの大熊猫太郎です。


 環境問題を科学の視点からわかりやすく、そして楽しく学ぶ「大熊猫太郎のStudy Ecology!」、本日は「マイクロプラスチック」を含めたプラスチックごみ問題について皆さんと一緒に学んでいけたらと思います。昨今なにかと話題に上がるプラスチックの問題ですが、実はその研究は1960年代からすでに一部の研究者のあいだで議論の的になっていました。それが最近になって世間の目に触れられるようになってきたのはなぜでしょう。やはりそのきっかけのひとつは「レジ袋の有料化」であったと私は思います。

(「プラスチックの原料って石油なんですよね、意外にこれ知られてないケースがあるんですけど」)

 時の環境大臣、小泉進次郎氏はレジ袋の有料化を推進しそのニュースは世間を大きくにぎわせました。一部のスーパーなどではこのときすでにレジ袋の有料化は取り組まれていました。しかし改めて制度として取り入れられ、人によっては毎日無料で使っていたものが有料になり抵抗を感じた方も多いのではないでしょうか。そんな世間の反応を含め、このレジ袋に関する一連の動きがここまで注目されたのは、やはりそれほどまでにプラスチックが私たちの日常に入り込んでいるからだと思います。今回はそんな意識しないほど当たり前に存在しているプラスチックについて学んでいきます。

 

 というわけでこちらが本日の話の流れになります。最初にまず「プラスチック」とはなにかということについて話し、2番目にそのプラスチックがどのように環境に影響を与えるのかについて説明します。マイクロプラスチックの話はこの2番目のセクションから始まりますので、手っ取り早くマイクロプラスチックの話だけ聞きたいという方はそこまで飛ばしてもらっても大丈夫です。3番目はすこし社会学的な話になりますが、プラスチック規制に関する世界の動向などについて科学的な視点を交えながら説明していこうと思います。それでは、よろしくお願いします。

プラスチックとはなにか

 さて、そもそもプラスチックって何なんでしょうか。例えば先ほど話題にあげたレジ袋を代表として他にもペットボトルや衣類の合成繊維、タイヤや化粧品中のマイクロビーズなどプラスチックの用途は多岐にわたります。注目したいのは用途だけではなくその硬さや着色する前の色、熱に対する反応がそれぞれ異なるということです。つまり「プラスチック」というのは一つの物質の名前ではなくある性質をもった多種多様な物質の総称なんですね。一般的な定義としては「人工的に合成されたものであり、熱や圧力を加えることによって加工できる高分子化合物」のことを「プラスチック」と呼ぶようです。

 この中で気になるキーワード、「高分子化合物」について解説していきます。物質は細かく分割していくと酸素原子や水素原子といった「原子」という単位になります。この原子が複数結合し一定の性質を持った状態を「分子」と呼びますが、この原子の集団がさらに複数集まり数百から数万の単位で鎖状、または網状に結合したものを「高分子化合物」と呼びます。例としてレジ袋に使用されている「ポリエチレン」を見てみましょう。エチレンは炭素原子2つと水素原子4つが結合した物質で二つの炭素は二重結合、つまり炭素が持つ四つの手のうち二つを使ってつながっています。この二つある手のうち一つを結合から外すと、その手は他の手とつながることができます。ここに同じように二重結合を外したエチレン分子(正確には二重結合が外れた時点でエチレンではなくなりますが)がやってくると、空いていた手をお互いにつないで結合します。こうしてエチレン分子が二重結合を解除、そして隣の分子構造と結合、というプロセスを繰り返しその分子構造の数が数百から数万になると「ポリエチレン」と呼ばれる高分子化合物になるのです。なお正確には「高分子化合物」は同一分子が多数結合したものだけに限らず多くの原子が結合した状態の事を指しますのでこの解説はあくまで「高分子化合物の一例」として覚えてください。

 他のキーワードについても補足しておきましょう。まず「人工的に」という部分ですがこの文言があるということは当然「自然由来の」高分子化合物も存在します。例として一部の樹木から取れる「天然ゴム」、綿花から取れる「セルロース」、お米に含まれる「デンプン」も高分子化合物です。また「熱や圧力を加えることによって加工できる」という部分ですが一部のプラスチックは一度熱を加えると硬くなり加工できなくなってしまう物もあります。場合によってはこれらの物質はプラスチックの定義から外れることもあるので注意が必要です。

プラスチックのなにが悪いのか

 続いてはプラスチックがなぜ環境に悪いのかについて説明していきます。今では環境問題の代表としての悪い面が目立っているプラスチックですが、じつは発明された当初は環境保護の観点からその利用を推進していたという経緯もあります。その根拠としては主に二つあり、その一つ目は「野生動物の保護」です。従来装飾品を作るためにたびたび象牙やウミガメの甲羅などが乱獲されてきました。これらを丈夫で質感や色味を再現できるプラスチックに代用させることによって象やウミガメを保護することが可能になりました。二つ目は「石油廃棄物のリサイクル」です。一部のプラスチックは製油所からの副産物を原料としています。これらの副産物はそのまま廃棄すれば環境に悪影響を与えますし、処理するのにもお金がかかります。プラスチック製品としてリサイクルすれば環境的にも経済的にも負担が減らせる、まさに一石二鳥の手段だったのです。そのほかにもガラスの容器からプラスチックの容器に変更することで重量が減り輸送エネルギーを減少させたり、断熱性、耐衝撃性の優れたプラスチックで食品を梱包することによって貯蔵寿命が増え食品ロスを減らすことができるなど、とにかくプラスチックは環境に対して良い面もあったことは事実として間違いないでしょう。


 環境問題の原因となる物質はどれも最初は人の役に立ち、その利便性だけが着目されます。しかし時がたつとともにその問題点が浮き彫りになってきます。プラスチックも例外ではなく、現代では様々な点が問題視されています。次からはそのいくつかの問題点についてみていきましょう。

 まずプラスチックの物理的性質として、「比重が小さく分解されにくい」というものがあります。この性質のために陸上で捨てられたプラスチックは雨水や河川の流れに乗ってはるか遠い海まで運ばれます。実際に海洋を漂っているプラスチックごみのうち、80%は陸上由来であるという報告があります。(ユーノミア・リサーチ&コンサルティング社のレポート)さらに海に出たプラスチックは、分解されずに長ければ数千kmを移動します。研究によれば、マリアナ海溝や北極、南極でも小さくなったプラスチックごみが発見されており、今や地球上のどこにいてもプラスチックごみの汚染からは逃げることはできないそうです。そうして海をただようプラスチックを魚類や海鳥、ウミガメやアザラシなどの生物はエサと誤認して食べてしまいます。その結果として器官閉塞を引き起こし、動物が死亡するというケースは世界中で報告されているようです。同じく海中のプラスチック製ロープが動物の身体に絡まり、身動きが取れなくなって死亡にいたるという例もあります。

 プラスチックを摂取するのは身体の大きな生物だけではありません。プラスチックはその高い耐久性のために分解されにくい性質がありますが、時間とともに劣化すると性質はそのままにどんどん細かくなっていきます。本日のメインテーマであり昨今よく耳にする「マイクロプラスチック」とは5mm以下の大きさに劣化して分かれた、もしくはあらかじめ5mm以下の大きさだったプラスチックのことを指します。(実際の大きさや重さを表す「マイクロ」の意味ではない事に注意)この極小のプラスチックは比較的身体の大きな生物だけではなく、小型の魚類や貝類、動物プランクトンに意識的、あるいは無意識的に摂取されます。

 こうして魚類や貝類に摂取されたマイクロプラスチックは食卓を通じて人間の身体に入り込んでいる可能性があります。摂取されたマイクロプラスチックが人体に及ぼす影響について、目下研究がなされている最中ですが、その中で特に注目されているのがプラスチックに付着する有毒物質です。プラスチックは石油廃棄物から作られているがゆえに水を嫌うという油と似た性質、疎水性をもっています。マイクロプラスチックは海水をただよううちに同じく疎水性をもつ物質を吸着していきます。その中にはかつて「カネミ油症事件」で知れ渡ったポリ塩化ビフェニル(PCBs)や「沈黙の春」で話題に上がったDDTなどが含まれています。海水中プラスチックに吸着する有毒物質の濃度は周辺海水中より十万~百万倍のオーダーで高いとされ(東京農工大学 高田秀重教授ら)、これらの有毒物質がマイクロプラスチックを経由して生物の体内に移行していることを示唆するデータもあります。

プラスチック規制について

 さて、最後のセクションはプラスチック規制についてのはなしです。マイクロプラスチックはいまだ研究の最中でわからないことも多い環境問題の分野です。しかし近年の研究ではこれから50年先では海水中のマイクロプラスチック量が増加し、生物に与える影響が目に見えるほどまでに悪化するとの見方もあります。予防原則からみてもプラスチックの規制は早急な課題と見てよいでしょう。そこでプラスチックの規制のはなしになってくるのですが、その前に世界の動向について触れておきましょう。

 プラスチックに関する議論ははずいぶん前から国際社会でされてきました。そのきっかけとなったのは2016年1月の世界経済フォーラム(通称ダボス会議)で発表されたひとつの報告書です。その報告書に書かれていたのは「このままのペースで世界がプラスチックの利用を続ければ、2050年には海洋中のプラスチックの総量が重量ベースで魚の量を越える」という衝撃の内容でした。同時にこの頃世界ではすでにウミガメやクジラの胃袋の中からプラスチックごみが発見されたことがニュースとなって話題になり、大学や企業でマイクロプラスチックに関する研究も盛んに行われていました。これらの情勢を受け同年5月のG7伊勢志摩サミットで日本を含む先進7ヶ国は海洋ごみへの対処を再確認、続く2018年のG7シャルルボワサミットではそれぞれ自国内のプラスチック規制を強化する「海洋プラスチック憲章」を発表しました。このとき日本はアメリカと共に署名を見送ります。しかしのちに自らが議長国をつとめる2019年G20大阪サミットで2050年までに海洋プラスチックごみによる新たな汚染をゼロにすることを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」を共有、具体的な行動を促す枠組みも策定されました。

 日本は一度署名を見送った際、各国から非難を受けることになります。日本のプラスチックごみ問題に対する取り組みに世界が注目するのは、まず使い捨てプラスチックの国民一人当たりの廃棄量が米国についで世界第二位であること、そして日本周辺海域のマイクロプラスチック個数が南半球の海域より二桁も多いという研究結果が報告(九州大学磯辺教授ら)されたことなどがあげられます。


 世界中で問題視されつつあるプラスチックの問題。この問題を解決するためには何が必要なのでしょうか。プラスチックごみが問題になるのは使用されたプラスチックが適切に処理されずに環境中に流れ出してしまう時です。このとき解決方法として大きく分類すると「プラスチックごみを流出させない」「流出してしまったプラスチックごみを回収する」に分けられます。

 まずどちらを優先するべきかについては、やはり前者の意見が多いようです。いくらがんばってプラスチックごみを海岸で拾ったところで、あとから途切れなくプラスチックごみが捨てられていくのではきりがないからです。いわば「蛇口を閉める」というようなものですが、この蛇口を閉めようとする前に、ひとつ考えるべき要素があります。日本のプラスチックごみの廃棄量は年間900万t、そのうち14万tが環境中に流れ出しているというデータがあります。14万tと聞けば「そんなにたくさん流れ出しているのか!?」と驚くかも知れません。しかし計算上この流れ出したプラスチックごみの量は1~2%で、残り98~99%は適切に処理されているのです。どんなにモラルが上がり、高度な処理方法が開発されたところでこの1~2%を上げきるのは容易なことではありません。であれば対応としては「プラスチックの使用を減らしていく」ということになるでしょう。

 ここで重要なのは単純にプラスチックの生産や使用をストップすればすべてが丸く収まるわけではないという点です。前項でも触れた通り、プラスチックにはさまざまな恩恵があります。食品や医療品を清潔なまま保存するというのがその例のひとつですが、これが急になくなれば食中毒や感染症などによって多くの人が命を落とすことになるでしょう。環境問題はこのように複数の要素とからまりあって存在していることがほとんどです。シンプルな足し算引き算の問題ではないことは、常に頭にいれておくべきでしょう。

 より現実的なルートとして「必要な部分はプラスチックをそのまま使い、代用できるものはプラスチック以外の素材に徐々にシフトしていく」というものが挙げられます。この認識のもとに今世界中の国々で取り組まれているのが使い捨てプラスチックの規制です。レジ袋やペットボトルをはじめとして、世界には一度使われただけで捨てられる使い捨てプラスチックが溢れています。これらの使い捨てプラスチックは一年間にペットボトルであれば4800億本、レジ袋であればなんと1~5兆枚が世界中で消費されていると言われています。各国ではこの使い捨てプラスチックを減らすために、すでに様々な規制が行われています。いくつか例を見てみましょう。

 

 とりわけ積極的に規制を行っているのは環境先進国と呼ばれるヨーロッパ諸国です。ベルギーのブリュッセル地域では2017年にレジ袋の提供が禁止され、フランスでは2016年にレジ袋が提供されなくなりました。イタリアでも2014年以降、生分解性ではないレジ袋の配布は禁止されています。ヨーロッパ諸国だけでなく途上国でも日本より厳しい規制が存在しています。例えばルワンダでは2008年からレジ袋やビニール袋の製造、輸入、販売、使用が禁止されています。現在日本では有料で提供されているレジ袋ですが、世界的な情勢を見てもいずれ使用禁止の方向に向かっていくと見て間違いなさそうです。

 少し話題はそれますが、レジ袋のはなしに関連して「生分解性プラスチック」のことを解説しておきましょう。昨今よく話題に上がる生分解性プラスチックですが、生分解性プラスチックが普及すればプラスチックの問題は解決するのでしょうか。実はそうとも言えないようです。生分解性プラスチックは環境中でバクテリアの作用によって二酸化炭素やその他の無機物に分解するプラスチックのことです。この定義はISOやJIS規格などの条件を満たす必要があり、その基準をきちんと満たしたものが生分解性プラスチックとして認められます。しかしここで定義されている「分解」とは、多くの場合完全な自然環境下ではなく土壌中の温度が50度以上になるコンポストなどでの条件下で示されたものがほとんどのようです。であれば土中よりも温度が低く、プラスチックを分解する微生物も少ない海中ではその分解にもかなりの時間を要するでしょう。現在ではこの矛盾を解消するため、海洋中でも分解可能なプラスチックを別の枠組みとして定義し直す取り組みもなされ始めています。ですが、まず認識としてすべての生分解性プラスチックが海洋中でスムーズに分解するわけではない事は念頭においておくべきでしょう。他の問題点として分解されやすいという性質上リサイクルの阻害要因になってしまう懸念もあったり、「どうせ分解されるから」と言ってポイ捨てが増えるなどモラルハザードが起こる可能性を指摘する声もあります。技術的には改善される余地のある生分解性プラスチックですが、現在のところそれだけに頼るというわけにはいかなさそうです。

 ここまで「蛇口を閉める」という観点で話をしてきましたが、もちろんすでに流出してしまったプラスチックごみを回収するのもまったく無駄というわけではありません。海岸の清掃活動はその代表的な例で、マイクロプラスチックの問題を少しでも緩和するために重要な要素と言えます。陸上で環境中に流出したプラスチックごみは雨水や、河川の流れにのってやがて海岸に到達します。流れにのってそのまま沖合いに出るプラスチックもありますが、ほとんどのプラスチックは潮の満ち引きによって海岸と、その近辺の海域を行き来します。打ち寄せる波に揉まれたプラスチックは摩擦によって微細化しマイクロプラスチックに姿を変えていきます。これが現在有力とされているマイクロプラスチックが生まれる仕組みです。ひとたびマイクロプラスチックになってしまえばその回収は困難を極めます。この説を頼るのなら、海岸で清掃活動をすることはマイクロプラスチックを発生させないために立派な働きと言えるでしょう。

まとめ

 さて、ここからはまとめになります。これまでの話で特に重要な点は次の3つになります。ひとつ、プラスチックとは「人工的に合成されたものであり、熱や圧力を加えることによって加工できる高分子化合物」である。ふたつ、プラスチックには環境を保護するという恩恵もあったが、「比重が小さいため長距離を移動する」「分解されにくい」「疎水性によって有害物質を吸着する」という性質のため人間や他の生物への影響が懸念されている。3つ、世界的な動向として、レジ袋など使い捨てプラスチックは使用禁止の方向へ。日本もそれに倣い規制がさらに進む可能性が高い。

 いかがだったでしょうか。研究としていまだ不明な箇所もあるプラスチックごみ問題ですが、徐々に私たちの生活に影響を及ぼしつつあります。このコラムがプラスチックごみ問題について正しい知識を得るきっかけになれば幸いです。

参考文献

「プラスチック汚染とは何か」 枝廣淳子 著
岩波書店 ISBN:978-4-00-271003-7

「プラスチックの現実と未来へのアイデア」 高田秀重 監修
東京書籍 ISBN:978-4-487-81260-8

「環境汚染化学-有機汚染物質の動態から探る-」 水川薫子 / 高田秀重 著
丸善出版 ISBN:978-4-621-08968-2

「海洋プラスチックごみ問題の真実」 磯辺篤彦 著
化学同人 ISBN:978-4-7598-1686-0

「海洋プラスチック汚染―「プラなし」博士、ごみを語る」 中嶋亮太 著
岩波書店 ISBN:978-4-00-029688-5

「プロブレムQ&A プラスチックごみ問題入門-安心して暮らせる未来のために」 栗岡理子 著
緑風出版 ISBN:978-4-8461-2106-8


※本コラム中の画像はPexels様(https://www.pexels.com/ja-jp/)の掲載画像を使用しています。

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