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ケア日記ーケアと呼ばないで 7月28日

4か月くらいぶりのケア日記です 母は短期記憶障害がずいぶんありますが、元気で力持ち、一日三食食欲旺盛、自分のことはほとんど自分でこなし、娘である私の世話を焼きたがって暮らしています 

ベテラン主婦のプライドなのか、いくつになっても娘は娘という母親としてのプライドなのか、母は「ケア」という言葉をいやがります

「ケア日記」もやめてほしいというわけで、わたしはnoteのケア日記をやめ、頭と心から「母のケア」という言葉を追い出してやってみることにしました 

4か月が経ち、「母と暮らし、母のケアをする」のがどういうことなのか、わからなくなりました ケア日記を書いていたころは、「母のケアをしながら暮らす」ことをテーマにしていたのに、頭と心がどうも止まってしまったのです

ケアとは何だろう、ケアならどうすればいいのだろう この問いかけを自分に対して発しなくなると、ひとって不思議 無責任というべきか、ほんとうにわからなくなるものです

母のケアをしているという気持ちを追い出して捨ててしまうと、母をケアの対象とみなくなる 母に対してどういうケアをすればよいかといちいち自分に問いかけなくなる それは母がわたしに対して望んだ普通の暮らしだったのです

わたしが「脱ケア」をはじめてから、母は至極満足気でした ベテラン主婦として、ベテラン母親として、母は普通の生活を取り戻したようでした 母が少しくらい短気記憶が混乱しても、わたしはいちいち母の記憶違いを直してあげようと気にしなくなりました 余計なおせっかいから解放されて楽になったと感じました

母はベテラン主婦として台所仕事が生きがいらしく、短気記憶が混乱すると火の始末に困ります ガス台やオーブントースターを使うときに、点火したことを忘れてしまうのです なので、母に知られないように火だけは予防に気を配っていました あとの生活はほとんど放任でした

和服の虫干しも、娘に手を出されるのを嫌うので、母にちょっと手伝ってと声をかけられるとき以外は、母一人でやり遂げてしまいました たいしたものです👘

4か月たち、母の短期記憶はますます混乱しているようにみえます いえ、前とたいして変わらないけれど、久しぶりに母の短期記憶障害に直面してわたしがびっくりしているだけかもしれません

母は自身の記憶障害に手をやいているようです 毎日のように物忘れでなにかを探していると、本人も疲れるのでしょう それでも母は記憶障害のサポートを娘に求めるのはどうしてもいやなのです

3月ころにスタートした脱ケア生活も4か月になるのだなあと感慨にふけっていたら、母はこのところ毎日のように施設に入れてほしいというようになりました わたしのケアではなく、施設の職員さんのケアを受けて心おきなく暮らそうと考えているようです

「あなたに迷惑はかけたくないの これ以上一緒にいても迷惑になるだけだから、わたしはここにいないほうがいいのよ だからどこかへやってちょうだい」

短気記憶障害の母は、毎日このセリフを生まれてはじめて言うのよといいながら繰り返しています わたしは少しでもケアする生活に戻るべきなのか、母がこれでもかと言葉を尽くして望むように他からのケアにゆだねていくべきなのか、答えをみつけられずにいます

母と二人の生活にケアを取り戻すことはわたしたち二人にとっていいのかどうか ワンオペは大変といえばそうなのですが、わたしたちの場合、ワンオペが大変という話とはどこかちょっと違うような気がしています

脱ケアし、ケアについて自分でも考えることをやめてしまった思考停止からカウンターパンチをくらったように困ってしまいました

向こうっ気が強く、自分を頑としてまげない母と落とし所を探したいわたしの四苦八苦はまだまだ続きそうです 頭と心の整理のため、わたしにはnoteにケア日記という居場所があったことを思いだして、久しぶりに書いてみました

雑文を読んでいただき、ありがとうございました☆


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土庫澄子
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