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達人達 ~ 石取り遊び ~

私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
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※この作品は史実をもとにしていますが、フィクションです。

 

■登場人物

 

◎藺相如(りんしょうじょ)……趙(ちょう)の国の使者。

◎趙王……趙の国の王

◎趙王の家臣

◎役人

◎秦の使者

※廉頗(れんぱ)……趙の大将軍。

◎秦王(しんおう)……秦の国の王。

◎魏閃(ぎせん)……秦王の側近。宰相。

◎史鳳(しほう)……秦王のお気に入りの側室。

※白起(はっき)……秦の大将軍。

 

※は台詞無し

 




中国まるごと百科事典さま のサイトから引用
https://www.allchinainfo.com/

(この場面は省略も可)

BGM

馬の走る音。

使者:
秦王の使者である!

替え馬を願いたい!

(馬の走る音)

 ■

(音楽)

魏閃:
……趙王の所有する天下の宝物と呼ばれる『和氏の璧』と
我が国の十五の城を交換することを持ちかけましょう。
 
秦王:
そんなことをせずとも、国境付近に軍に展開している白起に命じれば、即座に趙国(ちょうこく)は、攻め取れるぞ。

 魏閃:
いえ、何の理由も無く戦いを起こすのもどうかと思います。
宝石一つで十五の城を交換すると
破格な条件を出しているのにも関わらず
断る無礼を働くなら
趙の国を攻めましょう。
もし、その『和氏の璧』を送ってくれば、
そのまま『和氏の璧』は秦王様のものになります。
馬鹿正直に十五の城と取り換える必要などありませぬ。

 史鳳:
その宝石……とっても楽しみだわ……ふふふ

 秦王:
史鳳……いつの間に入って来た!
お前は下がっていろ!

まあ良い。
その石取り遊び……付き合ってやろう……(笑う)

 ■

 語り:
古代中国、春秋戦国時代と呼ばれる時代だが、
五百年にもわたる戦乱が続いた。
悲惨な時代であったが、
様々な国で、戦乱の中、生き残るために、
否応なく政治や思想において多様な試行錯誤が行われ、
また、平和な時代では埋もれてしまいそうな
異質な能力を持った人物たちが躍動した時代でもあった。

これは、そういう時代、
紀元前二八〇年にあったと言われる
ある宝石にまつわる話である。

 藺相如:
宝石一つと十五の城と取り換える……

 
語り:
跪いた(ひざまずいた)まま、
改めて言葉にして、藺相如は大笑いした。
宮殿に集まっていた趙の国の王と、そばの者たちは、ぎょっとした。

 
趙国家臣:
控えよ、藺相如!

 (藺相如の笑い声が続く)

 
趙王:
笑いごとではないわ。相如。

 
趙王:
秦王は、わしが所有している『和氏の璧』と、
十五の城を交換したいと言ってきた。
いくら天下の至宝(しほう)と言われる『和氏の璧(かしのへき)』とはいえ、
こんな、くだらない取り引き、
わしとて笑い飛ばしたいが……

 
藺相如:
大王様、笑い飛ばしてやりましょう!

 
趙王:
笑っていられるか! 

……秦の大将軍白起が率いる大軍が、
我が国近くに展開している。
断れば、これを口実に攻めてくるに違いない。

しかし、秦王に『和氏の璧』を渡したところで、
十五もの城を渡すとは思えん。

ただ強奪されて、
我が国の威信が傷つくのは、目に見えている……

 
藺相如:
欲しい玩具(おもちゃ)を渡さねば、殴りつけるというのは、
まるで、子どものような言い分です。

安心してください。

この藺相如、秦王に使いして、懲らしめてきて差し上げましょう。

 
語り:
皆が、唖然としているうちに、藺相如は、宮殿を退出した。

  藺相如は『和氏の璧』の実物に見たいと言って、
それが許されたので、保管庫に言って箱の中のそれを見た。

 『和氏の璧』は、
リング状に削り出され磨かれた特殊な宝石だった。
じっと見ていると、
静かな音が聞こえそうなくらい澄んだ色をしている。

保管庫の役人が『和氏の璧』に見とれている隙に、
藺相如は止める間もなく『和氏の璧』を手に取り、
それを空中に放り投げた。

役人は叫び声を上げたが、
藺相如は、難なく落ちて来る『和氏の璧』を手で受け止めた。

 
役人:
藺相如様! 
戯れ(たわむれ)も、大概にしてください!

『和氏の璧』が壊れたらどうするのです! 
城と交換したいと言われるほどの
天下の宝物(ほうもつ)ですぞ!

 
藺相如:
そう騒ぎたてなさるな。

 
語り:
藺相如は『和氏の璧』を、箱の中に静かに置いた。


 藺相如:
……こんな玩具一つで、人々が大騒ぎするのが、面白くて仕方がない!

 
語り:
藺相如は笑った。

 

 
語り:
趙の都『邯鄲(かんたん)』と
秦の都『咸陽(かんよう)』との距離は、
現代の道路地図上では約七百キロメートルほどだが、
道路が整備されていない当時は、
さらに何百キロメートルも迂回した経路の旅だったと思われる。
馬と徒歩しか交通手段のない当時は、
どれほどの日数がかかったのだろうか。

 そんな中だったが、
藺相如は、馬車に揺られながら、
のびのびと道中の壮大な山脈の景色を見ていたり、
休憩中には、大きく伸びをしたり、
まったく気負っている様子は無かった。

 やがて、藺相如の一行は、秦の国の都、咸陽に着いた。

到着して、すぐに、秦王の使いがやってきたので、
藺相如は疲れも見せず、従者を伴って招待された宮殿に上がった。

 藺相如と従者たちが、座って頭を下げている中、
鐘の音がして、秦王と家臣たちが入って来た。

家臣だけではなく、秦王は、美しい女性を連れていた。

 
史鳳:
どうしても一目見たくてたまらないのです。

 
秦王:
仕方のない奴だな……

 
魏閃:
面(おもて)を上げよ。

 
魏閃:
『和氏の璧』をここへ。

 
語り:
箱に入った『和氏の璧が、秦王の傍に運ばれてくると、
秦王は、それを手に取った。
しかし、秦王の持っていた『和氏の璧』を女が秦王から取り上げた。

 
史鳳:
これが和氏の璧! 素晴らしい……

 
秦王:
(顔をしかめて)こら! 史鳳! その璧を置け!

 
藺相如:
……『和氏の璧』には、わずかですが傷があります。
それをお教えいたしましょう。


史鳳:

ほう? どこに傷があるの?

 
藺相如:
とても小さな傷です。璧をお貸しください。

 (走る音)


語り:

史鳳が藺相如に『和氏の璧』を渡すと、
藺相如は宮殿の大柱(おおばしら)のそばに走り去り、
巨大な礎石(そせき)の上に皆が止める間もなく登ってしまった。
そして叫んだ。


藺相如:

我が主君、趙の国の王は、
秦の国に対して、五日間、身を清めて、盛大な儀式を行い、
この天下の宝物を藺相如に持たせてくださいました! 

それに対して、大王様におかれましては、
こともあろうに、正式な手続きを踏んでいないにもかかわらず、
軽々しく璧を、ご婦人に見せびらかし、
はしゃいでおられる!

これは、わが国に対する侮辱です!

もともと、この宝物は
十五の城と引き換えに、お渡しする約束のはず。

大王様におかれましては、
その誠意が無いものと私は判断いたしました!

 
魏閃:
その者を取り押さえよッ!

 
藺相如:
誰一人として、近づくなッ!

もし、この藺相如を捕えようとするならば、
私は、この礎石から飛び降りる! 

『和氏の璧』も私の頭もこの柱のもとで砕け散るぞッ! 

それでも、良いかッ!!

 (静寂)

秦王:
…………魏閃! 無礼を働いた、その女を捕えよ!
そして斬れッ!

 魏閃:
……はっ! 

 史鳳:
え? ちょっと! あっ!

(連れて行かれる音)

 

秦王:
藺相如殿、大変な失礼をお許しくだされ……

魏閃! 急ぎ地図を持って参れ! 
それを、藺相如殿にお見せしろッ!

 
語り:
 
秦王配下の者たちが、大きな地図を持ってきた。
そして、それを持って立ち、広げた地図を藺相如の方向に見せた。

 
秦王:
藺相如殿! そこから、この地図が見えるかァッ!?

 
藺相如:
よーく、見えまするッ!

 語り:
秦王は、ゆっくりと、地図に近寄り、
記載されている城を指さしながら、城の名前の一つ一つを叫んで言った。

 秦王:
郭安(かくあん)、義城(ぎじょう)、甲景(こうけい)、范陽(はんよう)、棟維(とうい)、新弦(しんげん)、喜諸(きしょ)、弁安(べんあん)、鄭櫃(ていひつ)、綿陽(めんよう)、東黄(とうこう)、士菖(ししょう)、維門(いもん)、隆火(りゅうか)、金安(きんあん)、

占めて十五の城を割譲することを約束しよう! 

藺相如殿、そこから、降りて来られよ!

 藺相如:
……趙王は、五日間の間、身を清められ、
盛大な儀式を行い、この宝物を秦に贈られました!

秦王様におかれましても、
五日間、身を清め、正式な受け取りの儀式を行って頂けなければ、
この宝物(ほうもつ)は渡せませぬ!!

(間) 

秦王:
言われる事もっともだ! お疲れであろう。

そこから降りて宿舎にて休まれよ。
五日の後に『和氏の璧』を受け取る儀式を執り行う。

魏閃、五日後、大臣全員を呼べ! 
蒼穹殿(そうきゅうでん)にて、
『和氏の璧』を受け取る儀式を執り行う準備を致せ!

 
魏閃:
はっ!

 
 

 

史鳳:
お帰りなさいませ大王さま……

 
秦王:
魏閃! 下がれ!

 
魏閃:
はっ


 史鳳:
衛兵に連れていかれたときは少しだけ驚きましたわ……

 
秦王:
史鳳……お前のお陰で水を差されたわ! 
地図と城の名前を用意していなかったら、藺相如に食い下がれぬ所であった。

 
史鳳:
咸陽一のじゃじゃ馬を側室などにするからですわ……

 
秦王:
やかましい! 

 
語り:
秦王は、史鳳を乱暴に抱き寄せた。

 
秦王:
あら? 大王さまは私を斬り、五日の間、身を清めるのでは無かったのかしら?

 
秦王:
うるさいッ! 五日後には、『和氏の璧』は、我が手中に落ちる。奴らは、もう、断る理由が無い! 

誰が宝石一つと十五の城など取り換えるものかッ!

 
語り:
秦王は、史鳳をそばにあった寝床に押し倒した。

 ■

 
語り:
五日後、前よりももっと大きな広間で秦王は正装し、大臣全てが参列した儀式が行われた。音楽が鳴り響く中、藺相如は箱を両手に掲げて、広間の真ん中を、ゆっくりと歩いてきた。そして、ぴたりと歩みを止めた。

  藺相如は箱を開けた。

   そこには、何も入っていなかった。

 (騒然となる声)

 
藺相如:
『和氏の璧』は既に我が国、趙へ送り返しました……

(間)


藺相如:

秦の国はまことに強い国でございます。

それを傘に着て、秦の国が約束を破ったことは、数知れず。

万一、秦王様が、『和氏の璧』を強奪するようなことがあれば、
趙の国の面目は、丸つぶれどころではありませぬ。

秦の国の兵力は、わが国の何倍でしょうか?

秦は強く、わが国は弱い!

我が国が、宝石一つで
秦の国と戦争をするとでも、お思いですか?

もし大王が誠意をもって、先に十五の城を割譲してくださるならば、
わが国は宝石一つ惜しむ事などありえませぬ!


秦王:

(怒りを声堪えて)ううううう……


藺相如:

しかしながら、この藺相如、
大王様に数々の無礼を働きましたゆえ
存分にご処分ください!

(秦王配下たちが藺相如に近寄る音)

秦王:
やめろッーーー!

(秦王の大きく息を吐く音)

 
秦王:
この状況で藺相如を殺しては三つのものが損なわれる! 

一つ! 宝物が手に入らぬ!

二つ! 何の利益も無く、両国の友好が損なわれる!

三つ! わしは、これだけの知恵と勇気のある者を殺した愚かな君主として、まさに天下の笑い者じゃ!

国に帰してやれ!!

城を先に割譲する!

趙の国とて、宝石一つで我が国と戦争などいたすまい!

 

 
魏閃:
……大王様、申し訳ありません。

まさか、こんなことになるとは……
これでは大王様の面目が……

 
秦王:
気にするな。
これは、あの場に史鳳を連れていったわしの落ち度だ。

しかし、あの藺相如とかいう奴。
史鳳が余計なことをしなくても、
我らを出し抜いたに違いない。

あんな肝の座った知恵者が趙国にいると初めて知った。

見事に『璧を完う(まっとう)』しおったわ!

趙の大将軍、廉頗(れんぱ)よりも
藺相如は手強いぞ……(笑い)

 これだから、乱世は面白い! 
久しぶりに血が滾って(たぎって)きたわ!

魏閃、責任を感じるなら
藺相如を出し抜ける策を練ってみよ!

 
魏閃:
はッ!

 

 語り:
歴史書によると、
古代中国、春秋戦国時代、
趙の国に藺相如という人物がいた。
彼は趙王に『和氏の璧』と呼ばれる宝石と
『十五の城』の交換という
困難な交渉を任された。

当時の秦の国は強大で、
かつ秦王が傲慢な性格だったため
交渉に失敗すれば、宝物が奪われたり、
戦争にさえなる恐れがあった。
しかし、藺相如は、見事にそれらを回避し、
璧を全う(まっとう)した。
この故事は『完璧』という言葉の語源になった。


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