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選ばれし者
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■その他の作品の目次
男……60代、イギリス人
女……50代、イギリス人
語り……男か女の兼ね役も可
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1940年5月9日
女:
まだ、起きてるの?
明日は、大事な日なのに夜更かしさんね。
男:
就任式は、午後の6時だ。心配ないさ。
女:
……それは確かにそう
でもぉ
男:
君も眠れないんじゃないか?(食い気味)
女:
ぁ、ぇえ、まぁ
あなたのお陰で退屈なんて程遠い生活をしてはきたけど
この歳になって
こんな日が来るなるなんて、思ってもみなかったんですもの。
男:
そうだなぁ
君と一緒になってからも、いろんなことを潜り抜けてきたなぁ
女:
…(ふふ笑い)あなたと一緒になって23年も経ったのね
男:
ぉや
こんなガサツな男と結婚したことを後悔してるかい?
女:
どうかしら?
あなたの評判は最悪だった
子どもの頃、ラテン語のテストを一問も解けなかったとか
校長先生の大事な帽子を踏み潰したとか
兵隊時代のことも、色んな武勇伝を聞いたわね
男:
それは……(笑う)若いときの話だろ?
女:
いいえ!
あなたは、今でも
おもちゃを欲しがる子どもみたいに、いろんな高価なものに手を出したり……そういう部分が残っているもの
若いなんて話じゃないわ
男:
(うんざりしたように)
ぁ"、ぃや…
わかってる
わかってるから!
自分でも、無茶なことやってるなって思うときがある。
ぁあ、わかってるとも。
我が家の家計を守りし財務長官殿!
女:
(調子いいわねという感じで笑う)
プロポーズされたときは、本当にびっくりしたのよ?
貴族生まれの軍人さんが、家庭教師をやってる財産もない女を熱烈に口説くんですもの。
男:
君は、美しくて魅力的だった。
そして、知性と品格があったよ!
いや、過去形ではないな
今でも、君は、素晴らしく実に魅力的だ!
女:
(調子いいんだからという感じで笑う)
あなたが口説いてきたとき、
あらあら、この人は…なんて思いもしたけど、
しばらく経って
とっても、おもしろい人だと私は気づいたの。
そして、とても勇気のある人だって。
男:
(ため息)
ノルウェーみたいな大失敗することもあるけどな……
チェンバレン首相が、責任をかぶってくれたが、あれは、明らかに僕の責任だ。
僕が主導した戦争で……
(天を仰いで、悔しさと悲しさ、兵士たち一人一人への思いをこめて)
我が軍は……大変な犠牲が……
女:
そうね……そんなふうに、大失敗をすることもある。
そんなとき、あなたが、平気なわけじゃなくて、
とても悲しみ落ち込んだりしていることも、私は、よく知っているわ……
男:
僕のことを…………
君だけが、僕のことをわかっていてくれている。
今まで君が僕のそばにいてくれたことに
感謝しかない……
女:
あなたは
たぶん、子どもの頃から変わってないんだわ……
あなたは、パワーがあって
まわりと違う視点があるから嫌われてのけ者にされたりもする。
そして、やり過ぎることがよくある。
私でさえも、あなたを、ひっぱたいてしまいたい時があるもの(笑う)
男:
(……苦笑)
女:
でもね?
あなたは、破天荒なように見えて、自分を律している。
あんなに、お酒が大好きなのに、酔いつぶれないようにしていたり…
葉巻をくわえてポーズ取ってるけど
ほとんど吸ってない
多くの人はそこまで自分にきびしくないものよ
あなたは、信念を持って挑戦し、
いろいろな経験を……
失敗も何もかもひっくるめて自分のものにしていった。
そうやって、進んできた……
……私は、そんなあなたを心から愛してる。
これからも、ずっとね……
男:
…………
女
……ドイツの潜水艦が
商船への攻撃を続けているわよね……
男:
たくさんの人が酷い形で犠牲になっている上に
我が国の補給線にもジワジワと打撃が……
今後、あの男はもっと大きく動くだろう。
多くの人間が、愚かなことに
ヒトラーは、なだめれば落ち着くだろうと
そう思っている!
だが
そんなわけがないッ!
あれは、自分で、思いとどまる男ではない。
ヨーロッパどころか……すべてを……
世界ですら手に入れようとする男なんだ。
女:
私も、そう思うわ
あなたほど、情勢がわかってるわけじゃないけれど、
ヒトラーは絶対、自分では止まらないと思う。
自分の本営に「狼の巣」なんて名前をつけるぐらいですもの
まともな人がすることじゃない……
男:
あぁ、やつらの考え方は、まともなんかじゃない。
まともではないが、奴とその仲間たちは、恐ろしく頭が切れるし粘り強い。
新しい兵器や戦術を編み出してくる、やっかい極まりない相手だ。
我が国は、これからも
厳しい戦いを強いられることだろう……
それでも、戦い抜く必要がある。
少しでも妥協すれば、ヒトラーは、ポーランドでやったように、イギリス全土を蹂躙するだろう。
ヨーロッパが終われば、その次は世界へも……
女:
……そうね
……そんな、まともじゃない相手だから
《良くも悪くも、まともじゃない、あなた》が、
この難局において
神さまに、選ばれたんじゃないかしら?
あなただからこそ、
ヒトラーに勝てると、私は信じてる。
男:
おいおい!
ヒトラーと同類みたいに言われるのは、心外だぞ!
女:
……あなたは、やり過ぎることはあるけれど、
人を愛せる人間だわ。
ただの直感だけど、ヒトラーは、たぶん、自分しか愛せない人間よ。
素晴らしく頭はいいんでしょうけれど、それしかないの。
この世で一番……誰よりも寂しがり屋で
孤独で……愚かなんじゃないかしら。
もしかしたら自分しか愛することができないから、愛せるようにと世界を自分のものにしてしまいたいのかもしれないわね……
(ため息)やっぱり、愚かね
そんな男とあなたは
同じように頭がいいけれど
あなたの中にはきちんと愛があって、それは国や国民にも向いてる
たまに私が嫉妬するくらいに…
だから同じじゃないわ
男:
孤独、か…
あいつには
人を心酔させ熱狂的にさせるチカラもあるんだがな
愛を持たないやつがそんなチカラを持つと
こうなっていくのかと哀れにも感じるな
女:
あら、もう、こんな時間!
……さすがに、そろそろ寝なくちゃダメよ!
明日、バッキンガム宮殿で居眠りしたら、陛下に、
「やっぱり、首相の任務はお預けだ!」
って言われちゃうわ!
男:
(笑いながら)そりゃあ、困るな!
(猫の声)
女:
ほら、ネルソンも「心配だ。早く寝なさい!」って
言ってるわ。
さあ、寝ましょう……ウィンストン!
男:
ぁあ
クレメンタイン。
わかったよ。私の美しい奥様。一緒に寝てくれるかい?
女:
……(笑う)ほらね?
いいわよ、子守唄も必要かしら?
子供みたいだけど、素敵な私の旦那様。
語り:
1940年5月10日。
イギリス、バッキンガム宮殿において、ウィンストン・チャーチルは、首相に任命された。
彼が65歳のときのことで、ヒトラー率いるナチスドイツ軍が、ヨーロッパの各地に激しい攻撃を加え始めているときのことである。
宿敵ヒトラーは、当時51歳。
イギリスは、ヨーロッパで孤立していた上に、何度も危機的な状況に陥り、身内からヒトラーと交渉する案が出たりもしたが、
ヒトラーの野心は絶対に暴走することを見抜き、チャーチルはそれに断固反対した。
困難極まりない状況の中で「ヒトラーに対して一切の妥協をしない」という、チャーチルの決断は、歴史上まれに見る英断と言われている。
彼は、ドイツ軍がイギリスも含めた連合軍に降伏し、第二次大戦が終結するまで国のかじ取りを続けた。
チャーチルは、33歳の時に、のちに妻になる、クレメンタイン・ホージアと出会い結婚。
彼が90歳で亡くなるまで、二人は生涯、愛情に満ちた、おしどり夫婦だった。
チャーチルは大の猫好きだったことでも、知られていて、
当時の飼い猫<ネルソン>も、首相就任式に同行したと伝わっている。
Special Thanks 人外薙魔様!!
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