すきのはなし
保護猫との暮らしにまつわるもろもろ
いちばん良い季節が来た。 冷房も暖房もいらない、適度に涼しく、ねこが身体に乗ってきてくれる季節だ。 ねこは、いつも尻を向けて私の腹の上に座る。予備動作もなく、ごく当たり前のようにそこに腰を下ろす。 特に撫でているわけでもないのに、ぐるぐるごうごうと喉の鳴る音が聞こえる。 腹の厚い皮膚の向こうに、とくとくと淡いねこの鼓動を感じる。 人間よりも高い体温が、湯たんぽのようにじんわりと温い。 目の前にある尻をぽんぽんと叩けば、尻尾が左右にぶんぶん動いて、顎の下をくすぐる。 指でつく
ペットは飼い主に似る、などと言われることがよくある。 ねこの元々の性質なのか、それとも似なくても良いところが似てしまったのか、ねこはあまり積極的に運動をしない。 とはいえ、お気に入りのおもちゃはあって、釣り竿状のとんぼの猫じゃらしには部屋中を走り回るし、ふわふわのボールをトンネルに投げれば追いかけて飛び込むし、5回に1回くらいはそのまま1人でボールを突っつき回して遊ぶ(ケージの下に蹴り入れてしまって、取れなくなって終了するところまでがセットだ)。 しかし、どのおもちゃも気
私の仕事はフルリモートで、休日もインドア派なものだから、ねこと同じ空間に居ないことの方が珍しいのだった。 だから、たまに映画を観に行ったりして3時間も外出して帰ってくると、ねこはドアの前で待ち構えている。 私からすると、外は何の変哲もなく、食事をしてきたわけでもないから、自分の服からは何の匂いもしない。 でも、ねこはなにかを感じ取っているのだろう。すんすんと音を立てて嗅ぎ回り、つめたい鼻先を腕に、足に、押し当ててくる。 撫でようとしゃがんだ膝に前足を掛け、半分立ち上がったよ
①眼 野良猫だった頃を忘れていないような、孤高を感じさせる眼光の鋭さが好き。 横から見たとき、不安になるほど透明で丸い眼球。黄色くてほんのちょっと緑がかっていて、暗がりから獲物を見つめるときは玉虫色に光る目。 膝に乗り、こっちを見つめてくる目の真っ直ぐさが眩しい。 ②鼻 淡いレンガ色をした鼻。 メンソレータムのリップを塗っていると、匂いが気になるのか、近くまで鼻を近付けてきて、すんすんと嗅ぐ。そのまま鼻に鼻を押し当てると、冷たく濡れた感触がする。 外出して帰ってきたあと、纏
今から約2年半前。保護猫の預かりボランティアをされている方がうちまで送ってくださって、ねこと私の同居生活はスタートした。 ねこは初めての環境に怯えて声も出なかったのかもしれない。移動用のネットから出されて暴れることも大きく鳴くこともなく、私がケージの中に用意していたダンボール造りのハウスにそっと身を潜めた。大きな目に不安が溢れているのが、言葉が通じなくても分かった。 籠もったままでもいいから飲食はちゃんと取ってほしくて、隠れ場所から出なくても届くように、すぐ近くに水とごは
ねこは元々外で暮らしていた保護猫だったので、正確にいつ生まれたのかは分からない。 保護された当初に動物病院で推定された月と、うちで一緒に暮らしはじめた日を合わせて、仮の誕生日としている。 ねこは今日3歳(仮)になった。 猫の3歳は、人間でいうアラサーくらいに当たるらしい。まだねこの方が少し歳下ではあるものの、あと数年すると私を追い越してしまう。 誕生日は、また1年をともに過ごせた喜びをもたらすと同時に、いつか絶対に来るその日を意識させる。 猫の平均寿命はどうしたって人間の
ザリガニやコオロギしか飼ったことのない人間には、猫を飼うという選択は重すぎた。 長年大きな壁だった「自分以外の生き物の面倒を見る余裕があるのか」という問いにYES!!と思えるようになってからも、猫を飼うにはまだハードルがあった。 家を空けざるを得ない時間が長いこと。ペット可のマンションは家賃が高いこと。自分に万が一のことがあったときに任せられる人がいないこと。 ハードルを飛び越えられるかも、と思ったきっかけは転職だった。フルリモートで働ける職場に採用が決まったのだ。 これは
長年、ほんとうに長年、ずーーっと猫と一緒に暮らすことを夢見ていた。 子どもの頃住んでいた地域は、野良猫がたくさんいたから、猫は身近な生き物だった。 餌をやっている人間が多かったからだろう、彼らはものすごく人馴れをしていて、生き物に対してびくびくする私のような者にも、でろりとその身体を預けてくれた。その温みに触れ、どれだけ心を安らげられてきたか分からない。 大人になり一人暮らしを始めてそこを離れると、ふつうは野良猫に出会うにも僥倖が必要なのだと知った。そして、たまに幸運に恵