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あなたのための星であること

わたしの住む星には、ほんの少しの美しいものがある。
そう感じたのは、ここ数年のことでした。

自分の星から旅立って、たくさんの誰かが住む星を巡って、自分が何者かさえ忘れてしまったとき、それぞれの星に住む人から、そんな美しさを教えてもらったのです。

カーテン越しに差し込んでくるやわらかい陽の光のことや、淹れたばかりのあたたかい飲み物から立ち上る湯気のこと、それらすべてを感じられること、わたしはそれをとても愛おしく感じるのです。

あの頃のわたしには、冬に吹く風が連れてくる、襟を正すようにツンとした空気の匂いさえ感じられなかったのですから。

わたしにはわたしの世界があって、あなたにもあなたの世界があって、星が巡るみたいにどこかですれ違うのかもしれません。いま、こうしてこの文を読んでくださっているように。

わたしの星にふらりと立ち寄った、あなたの星にある、あなたにとっての大切なものはなんでしょうか。

人はきっと、目に見える分かりやすいものばかりを求めて、誰かに伝えることのできる分かりやすい肩書きや数字を求めて、それがなくなったら自分のこれまでが崩れてしまいそうで、そんな風に自分のことを守りながらきっと生きていくのでしょう。

自分ではない誰かにやさしくできない人を見ると、いつもそんなことを思います。自分の世界を一歩出てしまったら、なにも分からないことを知りたくないのかもしれない。

そして、まっ暗闇の先にある光のことを、誰かにとってのそんな光を、その手で容易く隠してしまえることさえ知らないのです。

もし、あなたがそんな荷物を背負ってしまったなら、暗闇の中に立ち尽くしてしまったなら、ひとつポンと置いてわたしといっしょにこの星を歩いてみませんか。そこにお荷物預かり所がありますから、ぜひ。

昨日咲いていなかった花はすこし蕾を開いているし、あの家の洗濯物は空を飛ぶように羽ばたいている。

風に乗って春の足音は聞こえて、あの家の猫は今日も日向で寝転んでいる。

夕焼けはたくさんの層に分かれ空に色をつけて、満月に近くなったお月さまはいつもより明るく街を照らしている。

そんな、パンパンの旅行鞄に入らないものが、体を運ぶ乗り物からは見えない景色が、この世界にはきっとあって、誰かのくれたやさしさとか、交わした言葉のひとかけらとか、歩いた先で見つけた景色とか。

すこしでもちいさな光を見つけたら、誰かに隠されてしまう前に、その手のなかにそっと置いて、胸の奥にしまってあげてください。

それは他の誰にも侵すことのできないもので、あなたのために生まれた光で、あなたから放たれる、暗闇にも負けない光です。

誰かのために生きること、わたしのために生きること、わたし自身がわたしにやさしくできたらきっと、誰かにもやさしくすることができて、その水辺には同じような人が集まるはず。

それらは言い尽くされた言葉で、誰かにとっての綺麗事で、わたしにとっての祈りで。わたしにやさしくできなかったわたしが、これからを生きるために何度も繰り返している言葉です。

いまこの世界で息をするあなたへ、夜の海のなかでもがくあなたへ。

この世界は意外と、あなたを見てくる誰かのものではなく、あなたが見た景色でできています。大人になって忘れてしまった、ちらばった景色の欠片たちを拾い集めてみてください。

それを両の腕いっぱいにして、あなたを抱きしめるように、ぎゅっと抱きしめてあげてください。そうして「辛かったね、よくがんばったね」と呟いて。

美しいあなたがこの世界で、すこしでも息をしやすくなりますように。

わたしはあなたのことを、とても愛しく思います。

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