10月11日
アラームが鳴って目を覚ました。
休みの日だというのに起きなければいけないのは何故なんだろう、と思いながら「明日は午前中に起きて洗濯や掃除を済ませよう」とアラームをセットした自分のことを恨む。
ひとまず歯を磨いてからシャワーを浴び、体にもうすぐ昼になってしまうぞと伝える。目を覚ますという行為が昔からほんとうに苦手だ。
今日は何も予定を入れていない休みなので、普段洗えないものもみんな洗ってしまおうと、洗濯機を2回まわした。
洗濯をしている間に、ラグにコロコロをかけクイックルワイパーで床全体を掃除する、トイレとお風呂に洗剤をかけたら数分待ち、水で流していく。
掃除や洗濯はやっただけ綺麗になってとても心にいい。どれだけやってもおわらない仕事や、考えてもらちがあかない悩みに比べたら、汚れが落ちるというのはとても単純明快で気持ちがいい。
朝昼ごはんを済ませたら、炭水化物を摂取してあたまが回らなくなったのでソファでYouTubeを見ながら休む。
風になびく洗濯物と秋の風が心地いい。
今の部屋は目の前もアパートなのであまり窓を開けられないが、誰もいない平日の昼間には存分に季節を堪能できる。
いつの間にか眠っていた。
窓を開けたまま半袖で眠ってしまっていたので、おそらく軽い風邪を引いたらしい。すこし鼻をかむ。
夕方になってしまったので、このままではいけないと思い洋服を着替えて外に出てもいいくらいに髪を整える。休みの日にはいつも、どうしてゴロゴロしているだけで一日を使ってしまったんだと後悔するので、少しだけ外に出ることにしている。
あたまがスッキリしないので、普段は歩かないところまで家の近くを探検する、スマホはできるだけ見ないようにし、人がそれぞれの生活を営んでいる様を眺め、知らなかったお店や景色を発見する。
散歩をしているとくだらない悩みや不安を感じなくて済むからいい。
帰り道、数年ぶりに本を買った。
文字というものをうまく認識できないわたしにとって、連なった文章というのは精密に描かれた絵画のごとく意味をつかむのが大変むずかしい。
そんなわたしでも、綴る言葉が好きな方たちのエッセイや、宮沢賢治や星の王子さまのような、情景を写した物語を読むのは好きだ。
通勤の時によく聴いている「星野源のオールナイトニッポン」や、Netflixの「LIGHT HOUSE」を観てから、星野源さんの選ぶ言葉たちのことが好きで、このエッセイ集を読みたいと思っていた。
ずっと仕事に忙殺されていて、人間関係の悩みが尽きなかったことから、頭から自分の思考をなくしたかったというのもある。
部屋の明かりを暗くしたら、集中するためにヘッドホンを着けて、好きなBGMがループする動画を流す。変わらずに同じものが繰り返し続く、それがわたしにとっては一番心地がいい。
誰も傷つけることのないやわらかい言葉が連なる。
風になびく洗濯物と秋の風のように、言葉たちがただ静かに時間のなかを流れていく。
わたしはスマホも持たずに言葉のなかを歩き、あたらしい景色や思考を発見する。まるで散歩みたいだ。
「この年になってあたらしい発見をしたな」と何故だか誇らしい気持ちになる。現実から逃げる方法というのをいくつも持っていると、この世界は少しだけ生きやすくなるものだ。
同じような日々のなかに、あたらしいものをひとつだけ見つける。
同じような日々が、そうしたら少しだけ生きやすくなる。
同じような日々を、そうして同じように繋いでいくのだ。