2021年9月公開新作映画感想まとめ
シャン・チー/テン・リングスの伝説
映画のジャンルとしてはカンフー映画で、全編を通してかなりの時間が戦闘シーンに割かれているのだが、超高層ビルを囲う鉄骨の上や走るバスの中といったかなり突飛な場所で戦闘を行ったり、カンフーアクションにVFX盛り盛りの超常的なパワーが組み合わされたバトルが展開されたりと、全般的に派手な画作りがなされているため、カンフー映画というジャンルにさほど愛着がない人でも最後まで楽しめるようになっている。ただ、裏を返すと、オーソドックスなカンフー映画を楽しみに観に行くと、相当ファンタジーによった作風に肩透かしを食うかもしれない。
主要登場人物のメンタルが揃ってタフなので、ストーリーは割と重めであるにも関わらずカラッと楽しめる。また、要所要所でクスっと笑える描写も挟まれているので、全体的には適度にシリアス、適度にコミカルという良い塩梅になっている。
作品設定に合わせて、ちゃんとアジア人でキャスティングが固められているといった作品外の要素を抜きにすると、映像にしろ脚本にしろ、そこまで斬新な作品というわけではないものの、ヒーロー映画として客が求めるものはしっかり提供されるので、「そうそう、こういうのを観に来たんだよな」と満足して劇場を後にできることと思う。人気ヒーローが続々と卒業してしまった現在のMCUをこれから牽引していく新世代のヒーローのお披露目としては非常に優秀な作品で、MCUでのシャン・チーのこれからの活躍には期待せざるを得ない。
レミニセンス
「水没し荒廃した街を舞台に、影のある主人公が疾走した謎多き恋人の足取りを追うために裏社会で戦う」というストーリーが、ハードボイルドな雰囲気と緊張感を切らすことなく描かれるので、ノワールものの空気に浸るのには良い作品。また、この作品の肝である人の記憶を3D映像で可視化する装置のギミックが、実に映画的な創意工夫が凝らされていて素晴らしい。
ただ、全編に渡って主人公の行動が「恋は盲目」を地で行っているうえに、観る側の好感度がたいして上がらないうちにヒロインが失踪し作中から消えてしまうため、主人公が昔の恋人に偏執的に執着しているおじさんに見えて、正直言って少し気持ち悪い。ヒュー・ジャックマンのあのワイルドなスターオーラですら包み隠しきれないのだから、なかなかなものだ。
サスペンスとしての出来はそう悪くなく、作中に撒かれていた伏線が回収され、謎に包まれていたヒロインの足取りが徐々に明らかにされていくのは純粋に楽しい。一方で、脚本的に緩いところはかなり緩く、主人公の行動が基本的に「無策で敵陣に乗り込む→案の定ボコボコにされる→なんやかんやで何とか助かる」というパターンなせいで要所要所でモヤッとする仕上がり。
作中に漲る退廃的な空気とヒュー・ジャックマンお得意のワイルドさと哀愁が漂う演技で、ノワールの空気を十二分に堪能できるものの、最後にはちょっと主人公に引くという独特な味わいの一作。嫌いではないが積極的には人に薦めづらい......。
MINAMATAーミナマター
水俣病を世界に知らしめたフォトジャーナリスト ユージン・スミスの水俣での取材活動を題材とした伝記映画。
まず、人生に疲弊した老人の再生の物語として良質で映画的にシンプルに面白い。本作の脚本は実際のユージン・スミスの半生と比較するとかなり脚色が施されているようで、これが劇映画という観点では非常に功を奏している。これを是とするかは議論の余地のある部分かと思われるが、すでに水俣病を題材とした多くのドキュメンタリー映画が制作されてきたことを考えれば、劇映画としてこういったアプローチの作品が出てきても、これはこれで意義のあることと思う。
本作は、主人公にアメリカ人のユージン・スミスを据えていることもあり、実際に水俣病に苦しむ現地の日本人たちを少し引いた目線から捉えたような作品になっている。これは全世界の人に水俣病を今一度知ってもらうという本作の目指すところを考えると妥当な語り口であろう。また、特にエンドロールが象徴的だが、本作は、水俣病を始めとする公害病は決して過去のことではなく、世界中の人々が今も直面している現在進行系の問題であることを強く訴えかけている。この目線が本作に、今の時代に水俣病をテーマとした映画を制作する意味が確かに与えている。
アメリカ映画で日本を取り扱う場合、大体が考証の甘いガッカリな作品になってしまうが、日本描写がかなりしっかりしておりスタッフの本気度が伺える。ロケ自体は様々な制約の関係で日本ではなくセルビアとモンテネグロで行われているため、ところどころ惜しい部分があるものの、かなり違和感のない水俣の情景が再現されている。また、日本人の登場人物は基本的に日本人俳優がキャスティングされており、水俣の人々の会話シーンはちゃんと熊本弁になっているところも本作の誠実さが見えて良い。
空白
誰しも人生のどこかで一回は出会ったことがある「ネジが一本外れた人達」同士が衝突し、その煽りを食った心の弱い人達がただただ痛めつけられる様をテンポよく見せていく作品。どの登場人物もエキセントリックでありながらも実在感があり、人間的で憎めない部分を持ちながらも皆不誠実で、作品全体に実社会の理不尽さや無力感が凝縮されていて引き込まれる。
被害者遺族と加害者のそれぞれの葛藤が本作の大きなテーマであるが、これと同じくらい「毒親」も大きなテーマとなっているように思う。主人公である父親の、娘への支配欲や娘とのコミュニケーション不全、思い込み、モラルや想像力の欠如、人間的な弱さなどの様々な面が重層的に描写され、これによって全体として非常にリアリティのある毒親像が浮かび上がるようになっており息を呑む。
俳優陣の演技レベルが非常に高く、端役に至るまで圧倒的な実在感を発揮しているが、その中でも松坂桃李演じる青山が経営するスーパーで働く従業員・草加部役の寺島しのぶの演技が一番目を引く。社会奉仕活動に傾倒し、他人に善意を押し付ける草加部の、要所要所で常識の範囲からふらりふらりとはみ出てしまう危うい人物像に実にリアリティがあり、恐怖感と哀れみを同時に醸し出す非常に秀逸な演技を見せている。