『フリー・ガイ』感想 笑って泣けて熱くなれる暖かな人生讃歌
夏休み映画が次々上映開始される中、『フリー・ガイ』を公開日に鑑賞できた。出演は『デッド・プール』(2016)のライアン・レイノルズ、『キリング・イヴ』(2018)のジョディ・カマー、『ゲット・アウト』(2017)のリル・レル・ハウリー、『ジョジョ・ラビット』(2019)のタイカ・ワイティティほか。監督は『ナイト・ミュージアム』(2006)のショーン・レヴィ。
あらすじ
オンラインゲーム「フリー・シティ」のNPC・ガイ(ライアン・レイノルズ)は銀行の窓口係として銀行強盗に襲われる毎日を何の疑問も待たずに暮らしていた。しかし、ある日、プレイヤーキャラであるモロトフ・ガール(ジョディ・カマー)に一目惚れした彼は彼女に近づきたい一心で、自身に設定されたプログラムから逸脱した行動を取り始める。次第に、犯罪が横行するフリー・シティ内の平和を、ガイは勝手に守り始めるのだが......。
精巧に作られた暖かな人間讃歌のストーリー
「ゲームのモブキャラが勝手に動き出したらどうなるのか?」という非常にコメディ向きなテーマで、主演があのライアン・レイノルズということで、サクッと観られてアハハと笑えればいいなという軽い気持ちで鑑賞に臨んだのだが、これが予想を裏切る大傑作。もちろんコメディとしての満足感もバッチリなのだが、それだけにとどまらない人間讃歌とも言える暖かく多幸感のある作品に仕上がっていて、今年No.1レベルの作品であった。よく練られた設定が完璧なストーリーテリングで語られていくので115分間一度もダレることなく、明るく楽しく手に汗握り、最後にはホロリさせてくれる。
本作は現実世界とオンラインゲームの世界の2つの世界が舞台の作品だが、舞台となるオンラインゲーム「フリー・シティ」は銃撃戦やら強盗やらが日常茶飯事、街中を戦車が走ったり戦闘機が飛んだりとなんでもありの世界観。その中で主人公のガイはこの世界の危機に立ち向かっていくことになる。しかし、こういった「なんでもあり」的なSF作品の場合、なまじ設定がどうとでもなるがゆえに、世界が危機に陥る理由やどうやったらそれが解決できるのかといった部分の理屈が往々にしてふわっとなりがちである。そのため、主人公たちが何を目的として行動しているのか、なぜ主人公たちの行動が問題解決に繋がるのかが観ているうちにだんだんと分からなくなって、話についていけなくなる作品が非常に多い。その点、本作ではこれらの理屈が非常にロジカルに組まれており、かつ、それらがスマートに提示されるため、スッと物語の中に入っていくことができ、そのため、全くノイズを感じることなく、クライマックスの熱い展開に乗ることができる。
また、主人公のガイたちNPCがどういった存在なのかという設定と、その設定の作品内での提示の仕方も実に上手く、その正体が明らかになっていくことでさらに物語の勢いが推進されていく巧妙な作りになっている。本作は主人公ガイの冒険を通して、物語が「高度に発達したAIはもう一つの生命と言えるのか?」という王道かつ難解なSF的展開に踏み込んでいくのであるが、そこから物語が小難しいSF的哲学論に転がるのではなく、「人から押し付けられた社会的役割を我慢して引き受けるのではなく、小さなことからでよいから自分らしく生きてみようよ」という普遍的な人間讃歌のストーリーへと着陸していく。このストーリーが押し付けがましくなく温かい眼差しに溢れており、明日からまた頑張って生きてみようという元気がもらえる作品になっているのがまた素晴らしい。子どもたちが観ても楽しい作品だと思うが、日常生活に疲れた大人たちの心にもきっと染みる作品だ。
ゲーム描写のディテールの確かさから生まれる信頼感
本作のようなゲームが舞台となっている作品の場合、ディテールの作り込みがいまいちなせいで、結局作中に出てくるゲームがどういったものなのかよく分からず冷めてしまうことが非常に多い。これに対し、本作はその点の作り込みがとてもしっかりしていて、全くストーリーの足を引っ張らない。小さなことのようだが、ストーリーへの没入度という点で非常に重要なことだ。
たとえば、フリー・シティの世界のNPCたちは実写の俳優たちが演じており、街の建物などもすべて実写(もしくはそのように見えるCG)である。しかし、作中の視点がフリー・シティから現実世界に移ると、PC画面上に移るフリー・シティの世界がオンラインゲームらしい若干チープなCGに切り替わるようになっている。このように、フリー・シティの世界がその世界のNPCたちと現実世界の人間たちにそれぞれどのように見えているのかが丁寧に描写されており、作品としての説得力を高めている。それ以外にもプレイヤーキャラのみが見ることが出来るステータス画面や、街中で拾えるドロップアイテムなどのゲーム的あるある描写のクオリティの高さから、制作陣がちゃんとゲームのことを分かって制作していることが伺える。こういった抑えるべきディテールをしっかり抑えているので、案外設定的に緩い部分もたくさんある作品なのだが全く気にならない。また終盤に今の20世紀スタジオだから出来る、そして、ライアン・レイノルズ主演だからこそ笑える、堪らない演出が入る点も見逃せない。
魅力たっぷりなキャラクターたち
とにもかくにも、主演ライアン・レイノルズの演技がまず素晴らしい。家と職場の銀行を往復するだけの人生しか知らなかったNPC・ガイが、自分の生きたいように生きることの素晴らしさに目覚めていく、その無垢な感動と好奇心をライアン・レイノルズが説得力満点で演じており、その真っ直ぐさに誰もが心を打たれてしまう。また、ゲームデザイナー兼プログラマーのミリーと彼女のフリー・シティ内でのアバターであるモロトフ・ガールの二役を演じるジョディ・カマーも良い。ゲーム内での隙がなく妖艶さも兼ね備えた女戦士然としたモロトフ・ガールと、現実世界でのちょっと野暮ったくパッとしないミリーをバッチリと演じ分けており、最初は別の俳優が演じているのかと思ったほどだ。また、フリー・シティを運営するゲーム会社「スナミ」の社長で本作の悪役であるアントワンを演じるタイカ・ワイティティも抜群の存在感を示している。気持ちが良いほどの悪役をエキセントリックな芝居で演じており、観客のヘイトをしっかり集めつつ、作品の空気が悪くなりすぎないように適度なコミカルさも振りまく良い塩梅の仕事ぶりを見せてくれている。そして、何より、ガイの同僚の銀行の守衛・バディを始めとしたフリー・シティ内のNPCたちが、皆、無垢で非常に愛おしい存在として描かれており、観終わる頃には彼ら彼女らが可愛くてたまらなくなっている。
総括
お気楽コメディ映画かと思って蓋を開けてみると、笑って泣ける暖かい人間讃歌の物語で良い意味で大きく予想を裏切られた本作。ストーリーよし、演出よし、キャラクターよしで文句のつけどころがない。子供は純粋にワクワクと楽しめ、疲れた大人の心にはジンと染みる作品になっているので、ぜひ幅広い世代に観てもらいたい。
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