第十九首-どちらからともなく一番星を指す上手に笑えなくてもいいよ
十九首目。かなり間が空いてしまいましたが戻ってまいりました。
梅雨時は空模様だけじゃなく気持ちの方も不安定になりがちで、日々浮かんだり沈んだりを繰り返しています。でも、ずっとそこに居続けることなんてきっと誰にもできないから、浮かんだり沈んだり、そういうことを続けて行くしかないのかもな、とも最近では思うようになりました。願わくは、指差したその先、輝くそれがまだ明るさを保っているうちに手中に収めることができますよう。
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浩太はわたしの幼馴染で、だから小さい頃から知っている。それこそ、あいつの右耳が事故のせいで難聴気味なこととか(だからわたしはいつも浩太の左側を歩く)、初めて好きになった千夏ちゃんのこととか、その千夏ちゃんとはキスをする前に別れたこととか。それから、ずっと続けてたサッカーを怪我で辞めることになった夜、ひそかに泣いていたことも。全部、全部知っている。
「ほんとに、東京行っちゃうんだ」
「うん。なんていうか、うまく言えないけど、ここに残ってたら俺、このままずっと沈んで行っちゃうような気がして。サッカー辞めることになって、外にもあんまり出なくなって、どんどん……さ」
近所の公園はさっきまで赤く染まっていたのに今はもう薄暗くなり始めていた。遊具で遊ぶ子どもの姿はすでになく、ぐったりとベンチに肩を預けているサラリーマンがときどき口にする愚痴のようなことばが夕暮れの空に溶けていった。
サッカーを辞めたあと、浩太は家にこもりがちになった。それまで外でやることといえばサッカーくらいのもので、それさえあれば他に必要なことはなかったのだ。
だからその必要なものを求めて東京に行く、と浩太は言う。
「あ」
声をあげたのはほとんど同時だった。
頭上には、いつの間にか小さな、だけど強い光がわたしたちを照らしている。
「だいぶ陽、短くなったな」
浩太はベンチの背もたれにゆっくりと身体を預けた。安っぽいプラスチックのベンチはぎぎ、と鈍い音を立てる。
「行かないでよ」
「えっ……?」
浩太の瞳がわたしのそれとぶつかる。しばらくそのまま見つめあったあとでわたしは、
「なーんでもないっ」
胸の中のちくちくをまぎらわすようにおどけた声を出した。
わたしが笑うと、浩太は困ったような顔をした。
相変わらず笑うのが下手くそで、だけど、だからこそ浩太だった。
浩太はわたしの幼馴染で、だから小さい頃から知っている。
だけどきっと、浩太はわたしのこの気持ちを知らない。
知っているだけじゃだめなことはあって、人生はまだまだこれからもきっと浮かんだり沈んだりを繰り返して進んでいくんだろう。だけどわたしは浩太のあの、ちょっと困ったような笑い方を一生忘れないでいようと思う。思った。
どちらからともなく一番星を指す上手に笑えなくてもいいよ(本田忠義)
BUMP OF CHICKEN『天体観測』
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