
♯17私と私と私と私
昔から私という私は一つでなかった。
昔は私は私が1つだと思っていた。だから私と思っている私でない私をどうしていいかわからなかった。居心地が悪かった。
家族と私はいろいろと違うことが多く、家族から大きくはみ出している私は居心地が悪かった。
一緒でいることが当たり前だと思っていた子供のころの私は、家族という小さくも濃い社会になじめず過ごしていた。
親は優しい両親だと思っている。自分たちの生活も大切にしながら、子供のこともほどよく関わる。
良く言うと子供のことを尊重する親
悪く言うと子供のことを放任する親
親を尊敬をしているが、実家にいくと居心地は良くない。
それはマイノリティな私の存在を、私自身が認められてないからなのではないか。
私は私。他人に関心が少ないが、まったくないわけではない。周りの空気感を見て、和を乱したいとは思っていない。そこまで強くもない。
興味関心を持っていない分、今まで会話、対話の練習をしてこなさなかった為、いざとなった時に、すごくあせる。私の弱い部分だなと思っている。
私は私という集合体で出来ている
陰気な私 私の下地 根っこの部分
ぼーとしているのが好き。部屋の隅でジーと座っている。
人としゃべるのは得意ではない。というか人に興味がないので、しゃべる意味が見いだせない。一人が心地いい。ネガティブではない。
陽気な私 ワクワク・ドキドキが大好き
誰にもある自分の好きなこと、もの、人のときだけ、やたらとしゃべる。多くのことに興味関心がないから、しゃべることがないと思っているが、好きなことには、いつまででもしゃべれてしまう。平均的な範囲の人よりも、関心事の幅は狭く、あきやすい。
衝動的な私
衝動的な行動
いい人の仮面をしている私
人からむやみに攻撃されないように、この人は害がない人と思われたい。
困っている人の助けはしたい。これは私の正直な気持ちである。
私は子供のころから落ちこぼれだった。何をして頑張ってもうまくいかない。常に低位置にいた。ステータスポイントが全体的に低い。
そんな私が見つけた全振りポイントは優しい人だった。これは私の生存戦力だった。だから誰かに必要とされることに飢えている部分があった。
私は私、他人は他人と切り分けて、能力で争わないようにしてきた。
負ける土俵では戦わない。
私は私を必要としてくれる土俵で働く。誰かとは争わない。戦うとは勝者と敗者を作ること。私は私の満足のいく働きがしたいだけなのだ。
私と私と私と私で出来ている。いろいろな私で私は出来ている。昔は一つに決めないといけないと思っていたから、昔は苦しかった。
私は私たちでいい。
この旅は、これからも続く。時々私は入れ替わるかもしれない。私は変わっても、私たちは変わらない。変わり続けることが変わらない。
一日一感謝 今日もありがとうございました。