「関西女子のよちよち山登り 4.5 わだかまり、とける」(1)
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拝啓、小林優希さま。お元気ですか。私も元気です。
ところで、山に登っていることが次郞にばれました。
今、居酒屋で重い沈黙に包まれています。
この心の手紙が届いたら、助けに来てください。
とても気まずいです。 敬具
***
ビールから泡がゆるゆると消えていく。手を付けられないままの料理が悲しげに冷めていく。
テーブルの一角に視線を落としたまま、登和子は目を上げられずにいた。向かいの席の次郞も同じような状態になっている。
料理があらかた運ばれてきたときに「登和子、山に登ってるん?」と切り出されて以降、二人とも一言も発していない。
頭の中は疑問でいっぱいだ。なぜばれた?次郞たちが行っているような高い山には近づいていないはずなのに。
どう返すべきか迷っていると、次郞が先に口を開いた。
「登和子がさ、交野山にいるところ、佐藤さんが見たって」
ああ……。
「佐藤さんってのはおれの同僚で、山仲間の……」
あああ……。
「一回会ったことあるやんな。それで向こうが登和子の顔を覚えてて」
ああああ…。
「なんか登和子、独り言、多めやったって言うてた」
「ああああああ!」
まさか目撃されていたとは。しかも独り言をつぶやいているところを!登和子は頭を抱えて顔を伏せ、なるべく小さくなった。
「なんで山のこと、言うてくれんかったん」
登和子の嘆き方が面白かったのか、次郞の声には柔らかさが戻っている。
ゆっくりと顔を上げる。後ろめたさが勝って、次郞の顔を見ることはできなかった。
「言いたくなかってん。なんでか知らんけど」
本当のことでそれ以外に言いようがないのだが、言われたほうは突き放されたようで、気分が悪いかもしれない。
怒ったかな、と不安になり、次郞の顔を窺う。
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