旅をするわたし 神保町あたり 2022.6.13
都内へ出かけることが少なくなった。電車で30分も揺られれば都心に着くのに、興味のある展覧会やイベントがあっても、二の足をふむ。不安に思っていたら、いつまでたっても出かけられないのはわかっている。誰かと会うのでなければ、リスクも少ないはず。そう言い聞かせて、神保町まで行ってみることにした。
これも、ちいさなひとり旅だ。
フォローしてる映画情報サイトのTwitterがリツイートしていた映画関係者のツイートをたまたま見て、ちょっと興味を持った映画があった。ドイツの映画監督、ベルナー・ヘルツォークが、親交のあったイギリス人作家、ブルース・チャトウィンの足跡をたどるドキュメンタリー映画。上映は来月で閉館になる岩波ホール。この映画が、最後の上映作品になるらしい。一度行って見たいと思っていたから、これが最後のチャンスだろう。
横浜駅から京浜急行、三田で乗り換えて神保町へ向かう。京浜急行には、久しぶりに乗った。実家が沿線なので、若い頃はいつもの電車だったけれど、乗るたびに酔っていた。通学も通勤も、何度も途中下車していた。とにかく揺れる。何度乗っても、慣れない揺れ。スマホは見ない。車内に掲示されている広告も見ない。とにかく文字を目に入れないようにしながら、緊張の時間を過ごす。座れたのがせめてもの救いだった。
岩波ホールは、神保町駅の真上にあった。次の上映開始は1時間後。とりあえず先に映画のチケットを買っておく。1時間あったので、少し周辺を歩いてみることにした。
数日前のNHKドキュメント72時間の舞台になっていた、絵本専門店が並びにあった。テレビで放映されたばかりだからか、本棚の通路を人が埋めている。人と人の隙間に入って、何冊か絵本を手に取る。
懐かしい本が目に入った。福音館書店の「たんぽぽ」だ。初版は1976年。物語ではなく図鑑のような科学絵本で、たんぽぽの植物としての魅力がたっぷり詰まっている。好きだったのは、根っこの絵。地面のなかをぐんぐん伸びる根っこを断面で見せてくれる。この絵を見て、子どもだった私は、庭のたんぽぽの根っこを掘った。確か根っこは最後まで掘れず、途中で切れてしまったような記憶がある。今の子どもも、この絵本を見てたんぽぽを掘ったりするのだろうか。
絵本のあとは、ほぼ日へ行ってみる。ほぼ日のTOBICHIで「ひびのこづえ ふくであそぼ!」が開催中のはず。地図で見てなんとなく覚えていた位置を思い出しながら、あてずっぽうに歩き出す。古書店ばかりだった道から、飲食店が増える細い路地へ。広い道路へ出たら、ビルのうえに「1101.com」の看板が見えた。ほぼ日のTOBICHIは、南青山からこのビルの1階に移転していた。
息子がEテレ「にほんごであそぼ」を好きで、ひびのこづえさんの作品はたくさん目にしてきた。ふわふわしていて、自由で、大きくはみ出していて、カラフルで、美しい。ひびのさんのタオルを何枚か持っているので、夏に向けて買い足す。ほぼ日のグッズも少し手に取る。床屋かなぶんさん作のフェルトマスコット「つなぐり」の神田パンダを探してみるが、在庫なし。スタッフのお兄さんもいっしょに探してくれた。また来ます。
岩波ホールへ戻る。ちょうどひとつ前の上映回が終わって、人がたくさんロビーに出ていた。平日の昼間なのに、かなりのにぎわい。チケットを先に買っておいてよかった。開場時間になると、チケットに書かれた番号順に入場できる。中央あたりに席を取る。
上映作品は「歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡」。僻地を旅して、原住民と交流して、ノンフィクションにフィクションを交えたような小説、というか、旅行記を書いていた人らしい。旅行というよりは、放浪で、そもそも映画のタイトルは、NOMADだった。だから、ブルース・チャトウィンがどんな放浪の旅をしていたのか知りたかったのだけれど、この作品はあくまでもベルナー・ヘルツォークを通してのブルース・チャトウィン像が描かれてて、ブルース・チャトウィンと私、を語るような内容だった。
全裸で水玉とか縞々に体を塗装する原住民の映像と、監督が撮影先の雪山で遭難しかけた話のインパクトが強すぎた。
知りたかったことを埋めるために、パンフレットと「パタゴニア」を買った。
せっかく神保町へ来たのだから、喫茶店に入ってみよう。いくつか有名店がある。独特なレトロ感、昭和の雰囲気が残る「さぼうる」に決める。
2階の空いている席へどうぞと言われて、あがってすぐの席に座ったら、店員さんがエアコンの風が直接あたりますと教えてくれた。向かい側に座り直す。映画のパンフレットを読みながら、青いクリームソーダをいただいた。クリームソーダは7色もあった。
もう少し神保町界隈を歩いてみる。小川町から駿河台、ニコライ堂へ。正式名称は、東京復活大聖堂。門は閉じられていた。聖母のイコンが見える。こんな近くでこの聖堂を見たのは初めてだ。
聖橋まで行って、神田川と御茶ノ水駅を眺める。電車が行き来する。湯島聖堂まで行ってみようかと思ったところで17時。閉館時間だった。
線路沿いに坂を下って外堀通りへ。近江屋洋菓子店に寄る。おみやげにケーキを買った。
神田駅まで歩いてJRに乗って帰ろうかと思ったけれど、駅が見えたあたりで思い直す。せっかく非日常のこんな場所にいるのだから、もう少し歩いてみよう。オフィスビルのあいだを通り抜けて、皇居へ向かう。随分遠まわりした。
神田錦町あたりから内堀通りへ。皇居のお堀が見えた。水面が水草に覆い尽くされていた。何の植物だろう。写真に撮って拡大して見たけれど、よくわからない。しばらく歩いて大手門の橋でお堀が途切れたあたりで、水草は無くなった。
和田倉噴水公園を曲がる。和田倉濠に白鳥が一羽。ポーズをとってこちらに向かってきたので、写真を撮る。正面に東京駅が見えた。
この日の、ちいさなひとり旅のゴールにする。