2%のインフレ目標は完全に恣意的な数字
2%インフレ目標の謎
少し前まで、人々はインフレが良いものだということを信じていた。インフレと円安を目指すインフレ政策を行なう政治家が当たり前のように当選し、人々はインフレと円安を待ち望んだ。
そして実際にインフレと円安が起こった時、人々は怒り始めた。インフレは実際には物価が上昇するという意味だったからである。
彼らは辞書さえ持っていなかったのだろうか。この件に関して政治家は悪いのか? 彼らは正々堂々とインフレを引き起こすと言っていた。完全にフェアである。流石の私も政治家を責められない。
しかし疑問は残る。何故政治家はインフレを望むのか、そして何故インフレ目標は常に2%なのか、ということである。
もちろんそれは恣意的な数字である。デフレを心配しているというのが彼らの理屈だったように思う。
だが、状況をマクロ経済学的に考えてみよう。物価は需要と供給で決まる。デフレとは需要に対して供給が多過ぎること、インフレとは需要に対して供給が少なすぎることである。
つまり、簡単に言えばデフレとはモノが溢れていること、インフレとはモノが不足していることである。モノが溢れている状況(デフレ)は、モノが不足している状況(インフレ)よりも悪いのだろうか? 誰がそんな馬鹿げた話を言い出したのだろうか。それよりも謎なのは、何故人々がそんな話を信じたかである。
経済学的な説明
もう少し真面目な話をしよう。マクロ経済学的には、インフレもデフレも両方とも避けるべきである。経済のなかに需要があるのであれば、その需要分をきっちり生産することが一番効率が良いのであって、多すぎても少なすぎても経済学的には非効率である。
一応はまともなマクロ経済学者である日銀の植田総裁も、インフレ率はゼロであるのが一番効率的だと言っていた。
では何故2%ということが言われたのか? マクロ経済学の知識のある人間に対しては、もう少しまともな説明が与えられていた。
インフレ率の目標がゼロや0.5%なら、景気後退やコモディティ価格の下落など何らかの要因でデフレ圧力がかかったとき、インフレ率がマイナスになってしまう。それが彼らの理屈だった。
インフレ率がマイナスになって問題なのは、彼らの理屈では金利による経済のコントロールが出来ないからである。金利はインフレ率よりも上か下かが問題なので、インフレ率がマイナスの状況で緩和を行なうためには、金利をそれよりも下にするしかない。
だが金利をマイナスにすると人々が預金しなくなるので、マイナス金利には限界がある。
そもそも政府が金利をコントロールしていることが現在のインフレの原因であるので、その理屈も実際には成り立たない。
だが政府が金利をコントロールするという前提を仮に認めたとしても、やはりその理屈は成り立たない。金利がゼロになっても緩和の手段は存在する。それはまさに、黒田前総裁による大規模緩和に反対した白川前総裁が以下の講演会で指摘していたことである。(動画57:00~)
だがこの質問が秀逸だった。
白川氏の質問は中央銀行のインフレ目標に関するものである。中央銀行は一般に2%のインフレ目標を掲げることが多いが、実はこの2%という数字には大して根拠がない。
くどいようだが、アベノミクスが何年もの紙幣印刷によって目指してきた「インフレ」とは「物価上昇」という意味であり、それ以外の意味はない。物価が上昇するのは今のように需要に対してものが不足するような状況であり、インフレ政策の支持者たちはものが不足する状況が良いなどとよくも言ったものだ。
実際には、政治家がインフレを目指した理由は、インフレが良いものだからではない。その理由は別にある。
だが白川氏はアベノミクス以前の最後の日銀総裁である。白川氏はアベノミクスのリフレ政策を受け入れることを拒否し、政治的都合で紙幣印刷をやりたがった安倍氏によって日銀総裁の座を降ろされた。
インフレターゲットの意義
その白川氏は、完全に政治的な産物であるインフレターゲットを疑問視している。
繰り返しになるが、日銀の現総裁である植田氏も言っていたように、インフレ率は0%を上に離れても下に離れても経済にとって非効率となる。需要と供給が合致していない状況が、インフレ率がゼロではない状況だからである。
では何故2%などという話になるのか。インフレ目標にも一応建前上の理屈はある。インフレ率が0%になったとき、金利は0%より下に下げることが難しいので、インフレ率がゼロになると利下げによってインフレ率を操作することが難しくなってしまう。
だからインフレ率は0%ではなく2%にしておこうということだ。インフレ率が2%で金利も2%なら、まだ利下げの余地がある。だが白川氏はリフレ派のこの理屈に異を唱えている。
白川氏の質問
白川氏の議論は、コロナ後のインフレを踏まえたものである。コロナ後のインフレは現金給付が引き起こした。
世界的には、ウクライナ情勢でインフレがどうのというデマは、マスコミの出鱈目を鵜呑みにする日本の素人しか信じておらず、専門家の間ではインフレの原因は明らかなので、白川氏もそれを前提に次のようにサマーズ氏に質問している。
お分かりだろうか。
インフレ政策が遂に引き起こしてしまったインフレは、複数の意味でリフレ派にとって打撃だった。
まず1つは、インフレが起こらない限りいくらでも緩和を続けて良いというのが彼らの主張だった。だがインフレが起こってしまった。
リフレ派の頼みの綱がデフレだったという事実は皮肉だが、白川氏の指摘によれば彼らへの打撃はもう1つある。財政政策でインフレが引き起こせるならば、金利がゼロ以下にならないことを理由にインフレ目標を余裕をもって2%にしておくというリフレ派の議論が根拠を失う。
サマーズ氏の回答
この白川氏の指摘は秀逸である。リフレ派にぶつけたならば彼らはうろたえるだろうが、残念ながらサマーズ氏はリフレ派ではない。
ではサマーズ氏はどのように反応したか。彼は次のように答えている。
最後の部分はサマーズ氏の冗談である。痛みを受け入れたくないためにインフレ目標を上げようとしている政治家たちに、インフレ目標を下げる話をすればどうなるかというジョークである。
サマーズ氏は、一通り冗談を言った後、次のように本音を話し始めた。
サマーズ氏の議論はある意味では的を射ているのだが、しかしこの回答は白川氏の質問に答えられていない。
白川氏の論点は、インフレ目標を公言するべきかどうかではなく、そもそも中央銀行はどのようなインフレ率を目指すべきかというものだからだ。
インフレ目標を数値で公言しなくても、目指すべきインフレ率はあるはずだ。そしてそれが2%である根拠はない。それが白川氏の論点である。
サマーズ氏は自分の回答の弱さを自覚していたのか、次のように続けている。
つまり、白川氏の論点がサマーズ氏にとって盲点となっていた論点であったために、頭の中に整理された回答を持ち合わせておらず、論点をずらして回答するほかなかったということである。
こう見るとノーパンしゃぶしゃぶ省出身の黒田氏以外の日銀総裁は比較的まともなようにも見えてくるのだが、いずれにしてもやはりインフレ目標はゼロで差し支えなく、インフレ目標を2%にするマクロ経済学的理由は存在しない。
インフレ政策の本当の理由
だが政治的理由は存在する。だから政治家は常に2%目標を置き続けるのである。
インフレとは紙幣の価値が下落することである。そして紙幣を大量保有しているのは誰か? 国民である。だがそれだけではない。インフレによって変化するものがもう1つある。借金の実質的価値である。
仮にりんご1個の価値が1億円になれば、多くの人がそれを買えなくなる一方で、1億円の借金をしている人は逆にりんご1個分支払えば借金を完済できることになる。
ここにからくりがある。インフレは預金の価値を失墜させる一方で、借金の実質的価値を減らす。それが戦後に敗戦国ドイツが莫大な賠償金を支払った方法である。GDPの100%を超える政府債務のある国の政治家は、インフレによって国民の預金を犠牲に借金を帳消しにすることを考えている。
だが急に大幅なインフレを引き起こしては、国民の反発を招く(インフレ率が100%とかになればどんなバカでもさすがに気付く)。まさにそこに2%の理由がある。
2%はマイルドで段階的な貨幣の価値下落である。莫大な財政赤字を垂れ流し続けるためには貨幣の価値下落が必要だが、年2%なら人々を驚かせない。だがいずれにせよこれは完全に恣意的な数字である。
「マイルドなインフレは経済にとって良い」というマクロ経済学的に何の根拠もない出鱈目を信じている人は、「少額ずつ盗んでゆく強盗はウェルカムだ」と言っているに等しい。彼らは愉快な人々である。