「どちらかなんて選べない」 京都 高桐院(新緑ver.)
高桐院は大徳寺の塔頭の一つです。
塔頭とは大徳寺境内にある小寺のことです。
大徳寺は1315年に創立され、20を超える塔頭を持つ禅宗寺院です。
この高桐院は、江戸時代初期の武将で茶人としても有名な細川忠興(三斎)が、父・細川藤孝(幽斎)のために建立した細川氏の菩提寺です。
そして、初代住職は、父(幽斎)の弟である玉甫紹琮とのこと。
(建立については、慶長6年(1601年)、又は慶長7年(1602年)などの説があるそうですが、どちらなのかはわからないみたいです。)
説明を読んだところで、では行ってみましょう。
門をくぐるとすぐに緑の世界。
参道です。
引き込まれる…
この先に何があるのだろうと思わせる不思議な感覚。
どこまでも続いて行きそう。
この参道があまりに素敵だったので、ここでかなりの時間見入っちゃってました(笑)
先に進まねば。
本堂の中に入るとこんな感じで、無駄のない雰囲気でとても綺麗です。
細川忠興(三斎)は、茶人としては利休七哲の一人といわれる名手で、
書院「意北軒」は千利休の邸宅の一部を移築したものといわれています。
(利休七哲とは茶人の千利休の弟子七人を指します)
また、その書院から続く茶室「松向軒」は、1628年(寛永5年)に三斎によって
造営(移築)されたものなんだとか。
ではお庭に目を向けてみましょう。
受付の左側には、客殿があります。
客殿の中は少し暗くて、その客殿から見える額縁庭園が美しいのです。
客殿前に広がる苔と紅葉による「楓の庭」は、江戸時代初期に作庭されたもので、庭園の中央にある石灯籠は鎌倉時代のものとされます。
いざ縁側へ出陣。
見渡すとこんな感じ。
この庭の端から端までの距離縁側が続いていて、ちゃんと座れるようになっていました。
縁側を移動して、少し違う角度から眺めるのも楽しい。
この時は、私以外に一人しかいませんでした。
のんびりできたので嬉しい( ´ ▽ ` )
こちらの境内には、細川忠興とその夫人ガラシャのお墓があります。
この利休燈篭は、忠興とガラシャ夫人の墓標だそうです。
忠興とガラシャ夫人は、忠興が生前愛好したこの燈篭をお墓とされたんですね。
忠興は正保2年12月2日に83歳で亡くなりました。
この説明を読むと、細川忠興の「遺歯」が納められているみたいです。
ちなみに最初の説明書きに、
「三斎の墓標の石灯籠は、利休が秀吉の望みを断って三斎に贈ったものと伝えられている」と書いてありました。
よほど贈りたいものだったんですね。
お隣には細川家歴代のお墓がありました。
では帰りましょうか。
帰りも美しい参道を何度も行ったり来たり…(笑)
しばらく離れられませんでしたとさ。
今回の新緑ver.のあとに紅葉ver.も書きますので、
ぜひそちらもどうぞ。
ではまた。