8月のインコ🦜たち
◼️想像以上だった魔境の深さ
現地時間の8月15日(木)、24-25シーズンのラ・リーガが開幕した。シーズンは早くも4節を消化、国際Aマッチウィークのため1週間の中断期間に入っている。フリック新体制のバルセロナが順調に滑り出し、レアル・マドリーやアトレティコ・デ・マドリー、ビジャレアルが順当に彼らを追走する一方、セビージャやレアル・ソシエダ、ベティスといった第2勢力候補が下位に低迷するなど、少々波乱含みの展開となっている。
筆者がサポートする昇格組のRCDエスパニョール(以下「エスパニョール」)が、この4試合で積み上げた勝点は4。連敗スタートからアウェイのアトレティコ・デ・マドリー(以下「アトレティコ」)戦を引き分けて初の勝点1を手にすると、直近の第4節ではホームに先期17位のラージョ・バジェカーノ(以下「ラージョ」)を迎え、追加タイムでの劇的な決勝弾で勝点3を獲得した。連敗スタートからの2試合負けなしでまずは一息…というような状態だ。
ラージョ戦で決勝弾を挙げた新加入のアレホ・べリスは、感極まってか瞳を真っ赤にしての試合後インタビューで話題にもなった。2節、よく似たカウンターの形から絶好機を迎えるも、2トップのパートナーであるハビ・プアドからのプレゼントパスをヒットできなかっただけに、感激もひとしおだったろう。ポストワークでは非常に高い貢献度を示していただけに数字への期待も高まっていたところ、果たして、最高の形で期待に応えてくれた。爆発的なスプリントの速度を持つフランス人イルヴァン・カルドナに、開幕後にナポリからローンで加入したモロッコ人の巨漢ワリド・シェディラという、新加入の選手たちで完結させたカウンターの成果である点も、強調しておきたい。
一般的に、リーグ残留に必要とされる勝点は試合数と同程度とされる。そのような一般論に照らせば、エスパニョールの勝点獲得ペースは悪くない。しかし、この4試合の内容からは、この先のレースが極めて過酷であることを覚悟せずにおれない。絶望的ではないが、容易でも全くない。冒頭で述べた強豪の低迷に象徴されるように、1年間、留守にしていたプリメーラは、以前にもましてハイレベルな生存競争が繰り広げられる魔境と化していたのだ。
以下、エスパニョールが戦った開幕からの4試合の内容を概観するとともに、他クラブの数試合も見ながら感じたリーグの趨勢や傾向、そして、その中で戦うエスパニョールの今後の見通しについて、思うところをまとめていきたい。なお、先期のエスパニョールについては、配信権の関係から全ての試合をチェックできてはいない。また、怠惰にも「エスパニョールとの対戦がない」という理由により、先期は他クラブの試合も、ほとんど観戦していない。それゆえに、特に他クラブへの評価について、拙い点が多々あることを、先にお断りしておく。
◼️プレッシングの微修正による試合の安定化
まず、4試合の結果を列記する。
第1節 バジャドリー(A) ●2-0
第2節 ソシエダ(H) ●0-1
第3節 アトレティコ(A) △0-0
第4節 ラージョ(H) ○2-1
4試合のうち、1試合は自分たちと同じ昇格組と、1試合は先期17位のチームと、そして残る2試合は当然のように欧州進出を狙うチームとの対戦である。順位表の上下の端にいるチームと対戦しただけあって、こちらの力量を測るには格好のサンプルと言えた。この4試合で得た最大の学びは、ハイ/ミドルプレスのための3バック運用が、現在のエスパニョールにとっては困難であると明確になったことだ。
開幕節のバジャドリー戦。直近のハイデンハイム戦と同様に5-3-2の布陣で入ったエスパニョールは、"3"の選手のタスク分担が曖昧であるところを突かれ、4-3-3の布陣を敷くバジャドリーの左側から前進させられるケースを頻発させてしまう。"3"の右に入ったペレ・ミジャが、インサイドに入ってきたバジャドリーの左SBとインサイドMFとの双方をケアする状況に置かれ混乱をきたし、このミジャの左右移動と、さらに5バックシステムを放棄しての4バックへの変更と、布陣変更が20分過ぎまでで二度あるというドタバタを演じてしまったのだ。4バックへのシフトが一定の安定をもたらすも、それから程なく、新加入の右SBアルバロ・テヘロがインサイド進出の際に喫したパスミスをかっさらわれての速攻から被弾。同じ昇格組に喫するにはあまりにも情けない試合を演じてしまう。
インサイドMFに対しては、5バックで中央に3名を置いているCBから1名を駆り出すことでの対応に一本化することも可能だったはずだ。しかし、前回の投稿にも記載した通り、各トレーニングマッチではこのやり方でむしろ穴を広げるシーンも散見されていた。それを問題視のだとすれば、マノーロ・ゴンサレス監督は幾分消極的な理由で、4バックへの変更を指示したことになる。23年4月から現職にあるバジャドリーのイタリア系ウルグアイ人監督パウロ・ペッソラーノは、シティ・グループのひとつモンテビデオ・シティ・トルケのトップチームを引退直後からすぐに率いた41歳の気鋭。本家ほどのアバンギャルドさはないものの、エスパニョールを苦しめるだけのギミックを仕込んできた敵指揮官による緻密な設計ぶりは、ユースチームの指導を始めた16歳のときから下部リーグでの指導経験をコツコツと積み上げてトップリーグに到達し、かつては副業で路線バスのハンドルを握っていたゴンサレス監督に何を思わせただろうか。
結果以上に落胆を誘った前半の試合内容を「就任以来最悪」と評したゴンサレス監督は、4-4-2の布陣を次節より本格採用、以後の基本布陣としている。5バックはアトレティコ戦のように、敵にボールを渡すことを前提とした籠城戦用の布陣という位置づけとなった。そして、4バック時のプレッシングの方法論も、いくらか保守的な方向に調整されている。ハイプレスというよりはミドルプレス、トップ下に入るプアドが敵のセントラルMFを消す一方、中盤ラインはハーフラインやや後方に構える手法がメインになっている。ホーム初戦のソシエダ戦ではミドル/ローブロックで慎重に戦いつつ終盤まで持ち堪え、アトレティコ戦は前述の通りの籠城戦でなりふり構わず勝点1をもぎ取った。ラージョ戦では、バジャドリーほどのギミックはないまでも、同サイドを速く突くことに長ける敵に苦しむも、互いにカウンターを繰り出すオープンな展開に持ち込んでからは、新戦力のパワーとスピードで、勝点3をやはり「もぎ取」った。
ミドルプレスへの一本化により、試合内容は明らかに小康した。ドリブラータイプのジョフレ・カレーラスと、本職SBのテヘロのいずれかが担う右SHは、どちらが入っても深追いは控え、同サイドで縦を切りつつ敵が迷ったところでボールを狩りにいくという手順を踏んでいるように映る。そして、縦を切られた敵の斜め前に立つ新加入のセントラルMFアレックス・クラールのデュエルの強さは十分だ。ただ、左側では、左SBに入るカルロス・ロメロがサイドでのデュエルで後手を踏んでいる印象が際立つ。初期段階でボールをこちらの右サイドに誘導する方向づけは必須となるだろう。
ローブロックの堅牢性は悪くない。8割方敵にボールを渡していたアトレティコ戦では、敵のやり方の問題もあるが十分に耐えられていた。特に、サイド深くに侵入された状態での各選手がポジションへ戻るタイミングに統一感が見られるようになっており、センタリングに対しての耐性が強い。このうえで、GKジョアン・ガルシアが、予測の面でも、シュートスピードの吸収といった技術面でも長足の進歩を遂げているので、ゴールマウスの堅牢性は十分だ。これは、本来はゾーンディフェンスの安定度を売りにしようとしていたディエゴ・マルティネス体制ですら作れていなかった仕組み。高く評価したい。
尤も、レアンドロ・カブレラに加え、フェルナンド・カレロが負傷者リスト入りしたことは不安を誘う。特に後者はパワーに欠けるぶん、ポジショニングに注意を払うクレバーなタイプで、アトレティコ戦でのプレイは出色だっただけに気に掛かる。新加入のアルバニア代表マラシュ・クンブラが、細身だがボール「だけ」にプレイできるイタリア仕込みの確かな技術を見せているものの、頭数が減っているのは単純にマイナスである。
◼️前進の鍵を握るアグアドとクンブラ。プアドに求められる進化
さて、深追いを止め、高くない位置に一度築いた城の安定度はまずまずだ。ただ、その状態からどうボールを前に進めるか?という点では、大いに改善の余地がある。なんとか引っ掛けたボールも1本目であっさりと敵に返却するシーンがしばしば見られる。改善の必要性は明らかだ。
前回も触れたが、主体的にボールを握ることを志向するチームであれば、その中心は10番のポル・ロサーノだ。ところが、現体制の志向は真逆。中盤の中央を担う2名の序列はクラールが最高位で、次ぐのはグラヘラとアルバロ・アグアドだ。前者がラージョ戦で前半限りで交代を命ぜられる一方、後者が明確にチームに改善をもたらした。おそらく、後者が現状では上にいそうだ。
セグンダでプレイしていた先期の試合内容からも察せられていたが、ゴンサレス監督は所謂「ポジショナルプレイ」といった、ボール保持状態での幅/奥行の双方向での全体配置が敵に与える影響を最大化し、こちらが主導権を握る状態の再現度を高める方法論への関心が低そうだ。よって、攻守両面での速度に対応でき、さらに敵が手近にいる状態でのプレイを苦にしない強さという最低スペックを充したうえで、さらに縦にボールを運ぶ手段を持つ個人がどの程度いるか、がポイントになるだろう。身も蓋もない問いだが、これが弱者としてプリメーラを戦うチームの現実なのだ。
まず、首尾よくミドルプレスでボールを引っ掛けられた場合には、クラールの推進力が武器となる。シャルケで降格争いを戦い、ウニオン・ベルリンでCLを戦った彼の、あらゆる意味での「強度」への耐性は別格。引っ掛けたボールをそのまま自分で運んでいく様は勇猛で、先期の所属クラブのアンセムが唄う"Eisern(ドイツ語の原義は「鉄」だが「不屈」と意訳される)"という在り方が体現されているようだ。
他方、ローブロック状態からの前進ツールは下記の4つだ。
①カブレラ→ベリスへのロングフィード
②ロメロの内側へのドリブル
③アグアドの中央でのパスレシーブ
④クンブラのコンドゥクシオン(=「運ぶドリブル」)
①は、ベリスが極めて古典的な9番タイプであるがゆえに成立する。ロングフィード以外でも、とにかくベリスは敵を背負ってファウルを誘うことに長ける。長時間押し込まれている状態を強制終了させるツールとしても有効だ。②は、左SBを争うブライアン・オリバンには課されていないことから、チームとしての狙いではなく彼に固有の技術に依るものと位置付けられる。インサイドに入ってプレーメーカーとしてもプレイできる資質は有用で、前述した対人の問題を差し引いてもお釣りがくるものだ。③は、これまた前述の通り、ロサーノとグラヘラがプリメーラの「強度」に適応できていないがゆえの消去法的な解決手段かもしれない。だが、パサーとしての才能では前述の2名に劣るであろうアグアドが、現状、最も「使える」セントラルMFである。敵の近くでボールを受けることを厭わない(=敵に体を寄せられてもバランスを崩さない)だけの強さを兼ね備えており、仲間に状況を整えてもらうことなく、自力でパスを繰り出せる状況を作れるからだ。
そして、最も遅く発現し、尚且つ興味深いのは④。ローマに引き抜かれたキャリアを有するだけあって、このイタリア生まれのアルバニア代表の才能の大きさはかなりのもの。191cmの大型ながら機動力があることで既存選手とは一線を画しており、長いリーチを活かしてボールを奪える技術には、流石にイタリア育ち(エラス・ヴェローナの下部組織出身)と唸らされる。そして、運べる。ラージョ戦ではカブレラに代わり左CBに入ったクンブラが、右利きであることを忘れさせるような大胆かつスムーズなコンドゥクシオンを見せたシーンがあった。無慈悲なほど強い縦パスが誰にも届かずに終わってしまったのだが、セントラルMFを意図的にフリーにする形を持たないチームにとって重要なのは、自ら持ち運んだうえで、その速さでパスを出せることそのものである。
ただ、カブレラが繰り出すロングボールと異なり、クンブラがコンドゥクシオンから繰り出す縦パスはグラウンダーのそれ。よって、しっかりと受け手との呼吸を合わせていく必要があるだろう。純粋な戦術面の要請に則れば、この「受け手」は、4-4-2でセカンドストライカーを担うプアドになるはずだ。ただ、彼はプロデビュー以降、どちらかといえばサイドからドリブルで内側に侵入していくプレイで飯を食ってきた。ある程度はパス出しの仕事も求められるところ、この点でも見劣りするのは否めない。金銭面の条件を主たる理由として、エスパニョールと入れ替わりでセグンダに降格したアルメリアに移籍したニコ・メラメッの離脱が恨めしくなるが、こればかりは致し方ない。主将も務めるプアドの一層の研鑽が求められる。右外での上下動に特化した選手であるカレーラスにこの点での貢献は求められないから尚更だ。ただ、新加入ながら先発はソシエダ戦の1試合に留まるカルドナと、移籍市場のクローズ直前にアヤックスからローン加入したナジ・ウニュバルについてはこの限りでなく、部分的にトップ下の仕事をシェアできるタイプである可能性はある。
◼️これから向き合う「痛み」
以上、4節までのエスパニョールの特徴をまとめてきた。振り返ってみて実感するのは、ただでさえ重鎮3名(マルティン・ブライトバイテ、ケイディ・バレ、メラメッ)が抜けたところ、残された先期までの主力メンバーたちの多くが、プリメーラでのプレイに苦労しているように見えるというハードな現実である。
開幕戦で如実に序列を落とし、出場時間を得られなくなったロサーノとミジャがいい例で、ラージョ戦の後半の内容を考慮すればグラヘラも序列を落とす可能性がある。前段落で述べてきた特徴部分は、大なり小なり新加入選手個人のクオリティによってもたらされたものであり、既存選手で個人としてプリメーラでも一廉と評せるのは、プリメーラのクラブどころか海の向こう側(アーセナル)からオファーを受けたガルシアくらいのものだろう。新加入の選手たちも、テヘロとロメロはポジショニングに器用さが窺えるものの肝心のデュエルでは後手に回ることが多いなど、傑出した存在でない。それくらいに、プリメーラは進歩しており、もはや中堅どころではなく悪い意味での「古豪」であるエスパニョールは、少しでも研鑽を怠れば、電車から振り落とされることだろう。
これまで、目を引くの他チームをいくつか挙げていこう。まずはセルタ。3バックと2MFの立ち位置がしっかりと固定されたプレス回避の構造に、前述のバジャドリーとは布陣こそ違え、緻密に設計されていることが窺える。
レガネスとラージョは、若手監督に率いられているという点で彼らと共通するが、サッカーの中身は彼らと異なり至ってリアリスティックなものだ。全体のコンパクトネスを重視する前者と、縦に速いサイドアタックと戻りの速いDFラインの合わせ技を駆使する後者との間には更なる違いがあるが、プレイ選択の判断に迷いがなく、プリメーラの「高速化」に対して自覚的であるようだ。
オサスナは1部定着の立役者ジャゴバ・アラサテ監督がチームを離れたものの、手持ちの材料で「無難」に戦える(そして不思議と決して「無難」以上にならない)チームを作ることに長ける元エスパニョールのビセンテ・モレノ監督の手で、やはり「無難」であるものの、それでいて従来から備わっていたパワーとスピードはしっかり保存されていて、それらを必要に応じて小出しにしながらしぶとく勝っていくチームに映る。そのオサスナからマジョルカに転出したアラサテ監督は、より多彩なタイプのスカッドを手にし、旗印だった「ダイナミック」なスタイルにボール保持の独特な色付けをしている。浅野拓磨の加入により日本語実況の試合が増えたこの離島のクラブを率いる、実年齢に対して貫禄のありすぎるこのバスク人指導者は、いずれ国を飛び出すような気もしている。
順位こそ振るわないが、バレンシアのカンテラーノたちの完成度の高さには目を見張らされた。極めて古典的な手法で運用される4-4-2の構造の安定度ゆえでもあるが、独力で敵を仕留められる強度の高さは、エスパニョールの選手たちと比較すると格段に上に映る。順位表上でこそエスパニョールよりも下だが、エスパニョールのようにカテゴリーの「上下動」を繰り返すことなくプリメーラの進化にキャッチアップし、生き残ってきた経験の差は大きい。エスパニョールは彼らに対し戦術面で同じ土俵での戦いを挑むしかない立場。試合はナイフエッジ・デスマッチの様相を呈するだろう。
毎試合、何も出し惜しみすることなく戦って、それでも勝てたのは1試合。ラージョ戦の直後、現地メディア"La Grada"のコメンテーターであるフランセスク・ビア氏は、このような内容を自身のXアカウントに投稿した。
「血を流すことになるが、希望はある」。この一言が示唆するものは様々だが、筆者はこれを、進化の過程で容赦無く直面させられる痛み、と解釈した。
まだ4試合だが、ソシエダやセビージャ、さらにはベティスといった強豪がボトムハーフで苦しんでいる。これを一概に「縦志向」の隆盛と断ずることができないのは、この点ではむしろ先駆者だったリーガ随一のヒール役、ホセ・ボルダラス麾下のヘタフェも同じような立ち位置にあるからだ。私見では、レガネスにしろラージョにしろ、単に「強い」とか「速い」だけでなく、最後尾からのプレス回避の際には緻密なパスワークを小出しにすることで、いざ「強い」とか「速い」を発揮する段になってより優位に立てるよう、種々の戦術要素を採り入れているように見える。いわば「いいとこ取り」をした、重層的に強いチームになろうとしているように見えるのだ。1つのことだけを愚直に極めるだけでは優位性を確保できない。
筆者がそうだったように、セルジ・ダルデルという救いに縋ることで、いつかはボール保持型のチームになることを願っていたペリコは少なからずいるはずだ。しかし、ダルデル本人が去り、ロサーノを後釜に据えてボール保持路線を維持しようとしたルイス・ガルシア前々監督を見切り、その後任にルイス・ミゲル・ラミス氏を据えた時点で、クラブはその方向性を本格的に捨てたのだと思う。さりとて「強い」「速い」路線で進んでいくにせよ、前述のバレンシアのようなアドバンテージを有しているクラブに対して、少なくとも優位とは言えまい。
SDと監督を短期で挿げ替え、サッカーの方向性も行ったり来たりのチームの積み上げは小さいものだ。そのことを自覚したうえで、弱者として進んでいかねばならない。金銭的な余裕のなさを考慮すれば、下部組織での育成の仕方にもメスを入れなければならないかもしれない。車体の側面に「進化」と書かれた電車は、哀れな古豪を待ってはくれない。先行者を突き飛ばしてでもその電車に乗り込み、振り落とされないように必死で車体に手をかけ続けなければならない。背負った子供が振り落とされ、谷底に突き落とされることになろうとも、振り返ってはいられない。
次のAマッチウィークまでの試合は5つ。アラベス、マドリー、ビジャレアル、ベティス、そしてマジョルカが相手だ。ラージョ戦で勝利をもたらした結束を失わず、しかし躊躇うことなく新メンバーたちのクオリティに賭け、ゴンサレス監督が駆るバスに乗って、進化への道を愚直に駆け抜けるしかない。その過程で、何人かはバスから振り落とされるだろうし、残った一行もときに足止めを食い、山中で食糧と水を求めて彷徨う過程で多くの苛烈な経験をし、多くの血を流すことだろう。無心で駆け抜けた先でたどり着いた真っ白な境地で生き残っているのは、果たして何人で、そして誰だろうか。その結果を知るのは怖くもあり、同時に楽しみでもある。