【旅の記憶】最初のパリと夜明け
2012年、2月上旬。
真新しいパスポートを携えて、私は初めて日本の外に出た。
行き先がフランスになったのは母の希望が大きくて、私は、たとえ他の国だったとしても持ったであろう未知の現実に触れるただ大きな期待を胸に、空を飛んだ。
夜の便で日本を発つと、シャルルドゴールに着くのは早朝5時ころ。初めて降り立った外国で、人の疎らな空港はむしろ安心できた。無事に荷物を受け取り、予め手配されていたバスに乗車。旅は夜明け前、静かにゆっくりと始まった。
高速道路を降りると、パリの町は突然そこに開けたようだった。無人の、街灯に照らされた道を過ぎながら、「パリにいるんだ」と自分に言った。運転手さんは町をよく知っているのに違いなく、あえて回り道をして、パリのいろいろな街角を私たちに見せてくれた。バスに揺られ、無言でただ眺めた暗闇の、静寂のパリを、夢の記憶のように今でも覚えている。
カフェに到着したのは6時過ぎ。日の出はまだまだ遠そうで、「今朝パリで最初に開いたカフェだ」と、きっと他にも開いているカフェはあっただろうけれど、そんなふうに思った。
東京よりずっと寒く感じた冬の朝まだき。温かいカフェオレを飲んだ。
暗がりのパリを出てバスで向かうはシャルトル(Chartres)。
長時間の飛行の疲れもあり、移動と言うよりはただ乗り物に運ばれて、南へ進んでいた。窓の外は7時を過ぎても、7時半になっても明けない夜。冬のフランスはこんなに日の出が遅いのだと知った。
高速道路、最初のサービスエリアで休憩したころ、ようやく空が明るくなった。8時過ぎ。暗闇のパリの通りや建物は美しく記憶に刻みついたけれど、バスに揺られる道中、まだかまだかと焦がれていた朝。ほっとした瞬間だった。
シャルトルに着き、雪の道を歩きながら、大聖堂の尖塔が見えた時の強烈な、それこそ突き抜けるような感動は、一瞬のものながら決して忘れることができない。澄み切った、雲一つない高い高い冬の空の下で、ゴシック建築の鋭い塔がほとんど権力的なまでに聳えていた。
暗闇に見出した静寂のパリ、そしてフランスの夜明けと、言葉を失わせるような圧倒的な美しさで立ち現れた大聖堂。これらの記憶は一体となって、褪せることがない。