5月19日付朝日新聞、ウイグル特集に思うこと。
ウルムチ事件から10年、当時を振り返る
2009年7月5日、中国の新疆ウイグル自治区ウルムチ市において、ウイグル人への偏見に根ざした大規模な騒乱事件が発生した。いわゆる、ウルムチ事件、ウルムチ騒乱である。
事件は、同年6月末に広東省韶関市の工場で、多くの中国人によってウイグル人従業員が襲撃され、数十人のウイグル人が殺害されたことにはじまる。多数の死傷者が出たにもかかわらず、当局は事件を曖昧に処理し、これに反発したウイグル人大学生らが抗議デモを開始した。
デモは次第に拡大し、数千人から1万人を超える規模になった。7月5日には事件の解決を願い、ウルムチ市内で、大学生らが中心となって中国当局に対する抗議デモを実施。およそ1〜3千人の人々が参加した。
しかし、当局はこの抗議デモを弾圧した。抗議集会の指導者らを逮捕し、解散を命令したのである。これを集会参加者らが拒否した前後から、暴力がはじまったとされる。中国当局の発表によると、死者は197名。一方、世界ウイグル会議議長のラビア・カーディル氏の証言によると、「デモが起きた7月5日、日没までの間だけで、約400人のウイグル人が殺されたという情報」を得たという(参考: 有本香「【カーディル議長 独占取材】ウイグル弾圧の実像」-WEDGE)。
中国当局の発表には続きがある。なんと死者197名のうち、その大半がウイグル人の「暴動」に巻き込まれた漢民族であるというのである。しかし、さらに驚くべき事実をカーディル氏は語る。
各国メディアは、事件による被害者だけでも最低数百名から数千名規模であると報じた。それに加えて、報復による死傷者・行方不明者が1万人近く存在するとの証言は、言語に絶するものである。ましてや、平和的デモに対する言論弾圧事件を、ウイグル人らの「暴動」にすり替える中国当局の虚妄は、断罪に値する。
近年、共産党政権とウイグル人との対立が激化したターニングポイントとなったのが、このウルムチ事件であった。2019年は、この事件からちょうど10年目の節目の年である。
朝日、渾身のルポタージュが描くウイグルの現在
今朝、新聞各紙に目を通していると、朝日新聞に「ウイグル族女性『私は中国人』 新疆ウイグル自治区『再教育施設』ルポ」と題したルポタージュが掲載されているのが目に留まった。一面から二面にかけて、紙面のおよそ8割を使った大特集。国際面(7面)もその大半が、ウイグル問題の関連記事で占められていた。この問題に対する朝日の本気度が窺える。本節では、これらの記事を手掛かりに、ウイグルの現在を描いていく。
記事によると、「中国政府は4月17、18の両日、新疆ウイグル自治区の2カ所の訓練センターを内外メディアに公開」し、日本からは朝日新聞社、それ以外に「米ロ韓シンガポールの各1社と中国メディア4社が参加」した。取材は、中国政府・党関係者の監視下で行われ、自由行動は認められなかったが、質問内容の制限や中断、記事の検閲等はなかったという。
同ルポを取材執筆した記者は、この公開取材について、「取材を厳しく規制する新疆に政府がメディアを招いたのは、そうした批判(=人権侵害が行われているとの疑い、筆者注)を打ち消す狙いからだ」と書き、取材を行う中で、再教育施設で取材をしたウイグル人について、「いずれも言葉遣いや話し方が似通っている分、模範的な回答を暗記させているのではないかという疑念もわいた」と感想を述べている。続けて、この疑念を学長にぶつけると、それは彼らが思想を改めたからだ、と「色をなして反論した」と書く。「色をなして」とあえて書くということは、学長の言葉に説得力がなかった、と暗に示しているようなものである
渾身のルポ、その具体的内容は是非紙面を読んでほしいのであるが、筆者が最も生々しさのようなものを感じた一説を紹介しておきたい。
記者が、ある「職業技能教育訓練センター(=いわゆる、再教育センター)」を訪ねた場面での一幕である。
なんとも、おぞましい。一体、彼女はどのような心情で「私は中国人です」とメモに付け足したのだろうか。新疆ウイグル自治区に蔓延する異常性を、このルポはよく描き出している。そう感じた一説であった。
二面の事実関係を書いた記事によると、2009年のウルムチ事件を契機に、共産党政権とウイグル人の対立、双方の不信と憎悪は深まった。その後、当局がウイグル人の集まりや宗教的習俗への抑圧を強めるのに比例するように、過激な事件が続発。当局はこれらを「分裂主義勢力」の犯行とみなし、海外のイスラム過激派組織とのつながりを強調することで、中国政府の言動の正当化を試みた。
記事はこう続く。
党派対立を超えた先にある一縷の希望
朝日のウイグル特集は、ルポ、解説記事と続き、最後に国際社会に視野を広げる。国際面トップ「ウイグル問題 鈍る批判」は、中国の経済力増大を受け、その恩恵にあずかりたい各国が、問題から目を逸らしている現状を批判する。
記事によると、たとえば、フランスのマクロン大統領は今年3月、訪仏した習近平国家主席と会談した際、パリ中心部でチベット・ウイグルの救済を求めるデモ行進が行われていることを尻目に、これらの人権問題に直接言及せず、「いくつかの個別の(人権問題の)事例を取り上げた」と述べるにとどめた。この会談では、中国側が仏エアバスから航空機を購入するなど、約5兆円規模の契約が締結された。
この記事の真横に配置されていたのは、ウイグル人たちを取り上げた「私たちも人間。忘れないで」という印象的なタイトルのインタビュー記事であった。メッセージ性の強い、意図的な配置と考えるのが自然であろう。
また記事は、トルコ・フランスと対比する形で、アメリカがウイグル問題では、党派を超えた強烈な対中批判を展開している点にも触れる。日本では誤解されがちだが、トランプ米政権は、中国におけるチベット・ウイグルでの民族問題、日本の拉致事件など、各人権問題にも注力している。そして、記事の指摘通り、対中批判にあっては、民主・共和の垣根を超えた挙国一致体制で問題に取り組んでいるのである。
ウイグル問題の凄惨な現状を知った今、私たちにできることは何か。この点においても、朝日が非常に示唆に富む提言をしている。2018年9月24日付社説「ウイグル問題 進めるべきは民族融和」から少し引用してみよう。
同社説には、ウイグル問題を考える上で、外してはならないポイントが散りばめられている。
まず、前提として、ウイグルはかつて「東トルキスタン」建国を目指して2度の大規模な独立運動を起こした歴史を持っているという点である。何事を考える上でも、前提となる歴史を知ることは重要である。
次に、ウイグル問題の中核は、強引な「同化政策」の失敗にあるという点である。これが、ウイグル問題が、共産党政権による文化的ジェノサイド、民族浄化(ethnic cleansing)といわれる所以である。
最後に、問題を改善するためには、第一に共産党政権が、同化政策を中心とした一連の政策の過ちを認める必要があるという点である。その上で、ウイグル人の民族自決を尊重した、民族間の信頼醸成に努めるべきであろう。
しかし、共産党政権が過去の過ちを認めることは容易ではない。5月18日、共同通信の配信した「中国でウィキ遮断、天安門規制か」との記事がネットで話題となっていたが、共産党政権とは、そのような政権なのである。であるからこそ、ひとりでも多くの人がウイグルの現状を知ることが重要なのである。ひとりでも多くの人が、この苛烈なる人権問題について問題意識を共有し、国際社会が一貫して毅然とした態度で、この問題を告発し続けることこそが、共産党政権に揺さぶりをかける唯一の方法なのである。
SNS等で「朝日 ウイグル」と検索してみると、朝日のウイグル特集について、様々な反応が確認できる。一部左派からは、人権問題を取り上げただけだというのに、「安倍政権への迎合か」などと批判され、一部右派からは、「朝日がこうした報道をすると何か勘ぐりたくなる」と心無い言葉を浴びせかけられる。どうしてこうなるのか。
ウイグル問題は、左右の対立や政治思想、利害関係にかかわらず、糾弾し、救済すべき人権問題である。右に紹介した声は、何れも少数意見ではあるが、こうした対立を乗り越えて、アメリカでみられたような、超党派の流れが、日本でも形成されることを期待したい。