木の文化(小原二郎著)… 上
昭和47年(1972年)発行の「木の文化」は、今読み返しても興味深い内容です。文化というと社会学系のイメージですが、著者は人間工学の研究者です。特に印象に残った箇所をまとめ引用し、つたない感想も加えご紹介します。
小原二郎 こはら じろう
1916年 長野県木曽生まれ 京都大学卒 /専攻は専攻は人間工学、住宅産業、木材工学など
著 書 「人間工学からの発想」、「日本人と木の文化」、「法隆寺を支えた木」、「インテリア大辞典」など
古代人と木
我々の祖先は有史以前から木の材質についてかなりの知識を持ち、適材を適所に使い分ける能力を持っていたと考えられる。大野俊一氏の研究によれば、古事記と日本書紀に書かれている樹木の種類は53種で27科40目に及ぶという。(地球の樹木は約2万種で、その1割の2000種が日本には生育している。)
日本民族の木材への愛着の深さ感受性の鋭さは、他の民族とは比較にならないほど強い。その由来は、生きた樹木を見て感じる日本人の信仰にまでさかのぼる。
我々の祖先たちは、「産霊神 むすびのかみ」がいて、この神が住む土地にも山川草木にも霊魂を与えると信じていたようだ。木霊(こだま)、木魂(こだま)という語は、木には精霊や霊魂が宿っているという意味である。木は神が天から降りてくる「よりしろ」であつた。
〈 感 想 〉古代の話は遠い昔すぎて、また古事記などの内容については学校で教わらなかったので、私にはやや分かりづらく感じました。
ただ、今でも巨樹にはしめ縄が張られていること、神社には鎮守の森があることを思うと、わずかにその痕跡を見出せるようです。そういえば、子供の時お守りの袋を開けてみたことがあります。すると、木片か紙のお札が出てきました。紙は木から作られるので、木に準ずる尊いものと考えられていたそうです。
「二股に分かれた幹が上方で一つになっているような木は、神様が宿っている木だから決して切ってはいけないという言い伝えが、木地師にはあるよ」と、父から聞かされたこともありました。
「木は神が天から降りてくる「よりしろ」であつた」という驚嘆する一文も、思いを巡らせてみると、古代人には真実であったのかもしれません。
天然材料と人工材料
明治以降わが国では木の暮らしを捨て、新しいものへ新しいものへと人工材料を追いかけてきた。それは天然材料より人工材料の方が優れていると信じたからである。だが今、鉄は万能ではないしコンクリートは永久的な材料ではないと分かってきた。
それが木を見直そうという動きを生んだが、それよりもっと大きな理由は鉄やコンクリートには人の心をひきつける何かが欠けていることに気づいたからだ。
木綿や木に囲まれていると何か心がなごむ。それはこれらの材料がかつては生き物であって、その生命のぬくもりが人の肌にほのかな体温を与えてくれるのである。
*上記に関する実験を、著者の「日本人と木の文化」(1984年発行)より引用します。
材料の嗜好調査 昭和59年(1980) (強度や機能により)材料を縦割りする従来の評価とは別に、人間の親しみやすい材料から順次並べる横割り式の評価も考慮すべきではないか?それに関連する実験を行った。
実験方法は日常的な15種類の建築材を並べ、被験者は大学生男女25名ずつの50名に、視覚と触覚から嫌な感じのする違和感のある材料の順位を決めてもらうのである。
結果は違和感が少ない材料として木質系が右上に集まり、金属系や鉱物系のものが左下に集まっている。この実験前は若い学生では木の好みはそんなに出ないと予想していたが、結果は木肌への志向が強く表れた。
〈 感 想 〉天然材料と人工材料について、まず評価方法を検討するというのは、とても斬新だと思いました。縦割り評価では、機能や経済性などを軸として優劣の順位をつけていきます。そこでは人の心への視点はありません。それで著者は人間の感性から評価する横割り評価を考えたのです。
そうです。今日むやみと費用対効果という言葉が幅を利かせ、理屈は合っていても気持ちがついていけないことがあります。人間中心の横割り評価方式、もっと広がってくれれば…。
そして、「材料の嗜好調査」は面白い実験ですが、40年も前なので今では結果が違ってくるかもしれません。例えば、昭和の終わりころには、小中学校の鉄筋コンクリート校舎は98%にも及んだそうです。また、住宅販売の広告を見ても、和室のない家は少なくありません。
クロス壁とフローリングの家に育ち、ずっと鉄筋の校舎で学んできた若者の感性は、40年前と同じでしょうか。現代っ子は和室を知らないから、旅館に連れて行くと色々勉強になる、というテレビ番組に驚いたことがあります。ふすまや障子などの建具と柱に囲まれた自在な和室は、いつの間にか特殊になっていたようです。
人はなじんできたものに影響を受けますが、今の若い人にも木肌への強い志向は表れるのでしょうか?
◎次回は、「木の文化(小原二郎著)… 下」です。