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誰でも使える交渉術! ストーリー#6

前回まで

武井は仕事を終えて帰宅し、千田のアドバイスを振り返っていた。そのとき、恋人の美優から連絡が入った。商社に勤める彼女は大阪出張を控えていた。
翌日、武井は本山自動車から追加の打ち合わせ依頼メールを受け、対応を始めた。人気のなくなったオフィスで資料をまとめ終えた頃、美優から「大阪出張が長引きそう」とのメッセージが届く。
彼女が困っているだろうと、急いで会社を後にした。

第六話

武井青はアパートに着くと、鞄をその辺りに投げ出し、上着を椅子の背もたれにぞんざいに掛けると、携帯を取り出し美優に電話をかけた。

「もしもし、青くん。ごめんね、急に予定が変わっちゃって…」

「それはいいよ。 でもトラブってるって、大丈夫?」

青は心配そうに尋ねた。

美優はため息をつきながら説明を始めた。
「取引先が、急に契約内容を変更したいって言い出してきて…。私のチームが対応しているんだけど、相手が譲らなくて、交渉が進まないの。それで、しばらく大阪に滞在することになったの」

青は状況を理解し、少し考え込んだ。

「取引先は、具体的にどんな要求をしているの?」

「納期を短くしてほしいって言ってるの。しかも、追加の注文も含めて。でも、リソースが限られていて、それは現実的じゃないの。うちのチームリーダーも頭を抱えてるし、どうすればいいのか…」

(もし千田さんなら、こんな時どうするだろうか…)

青は思いを巡らした。彼は一度深呼吸をしてから、慎重に言葉を選びながら話し始めた。

「美優、取引先が納期を短縮したいって言うなら、彼らにも何か事情があるはずだよね。まず、その背景を聞き出してみるのはどうかな?どうして急に納期を短縮する必要が出てきたのか、その理由を探れば、解決の糸口が見えるかもしれない」

美優はしばらく沈黙してから答えた。

「そうね…確かに、背景を聞けばもう少し対策が考えられるかもしれない。でも、私たちのチームは今、それを聞く余裕もないくらいバタバタしてるの」

青は少し戸惑いを感じた。

「じゃあ、例えばだけど、追加注文の一部だけでも別の納期で分けるとか、相手の負担を少しでも軽減するような提案はどうだろう?」

美優は微かに笑い声を上げた。

「青くん、なんか一生懸命アドバイスしてくれてるのは伝わるけど、正直、それだと相手が納得するかどうか…」

青はその言葉に、少し悔しさを感じた。彼のアドバイスが完全には的を射ていないことを、彼自身も理解していた。

「そうだよな…ごめん、的確なアドバイスができなくて」

「そんなことないよ、青くん」と美優が優しく言った。
「こうして話を聞いてくれるだけで、私も少し気持ちが楽になった。でも、やっぱり現場の判断は難しいな…」


青は電話を切った後、しばらく考え込んだ。自分のアドバイスが頼りなかったことが悔しいし、美優の困りごとを解決できなかったことが歯がゆい。(やっぱり、まだ千田さんのようにはいかない…)

彼はデスクに座り、ノートを開いて思考を整理し始めた。
(問題の背景を掘り下げること、相手のニーズを深く理解すること。そして、相手にとって最も価値のある提案を考えること…)

千田が常に心がけている姿勢を思い返しながら、武井はひとつの仮説を立てた。
(相手が納期短縮を急ぐ理由を突き止めた上で、こちらが提供できる最大限のサポートを示す。それが、信頼を築く第一歩になるはずだ)

その夜、彼はデスクに向かい、美優の問題をどう解決するかをさらに考え続けた。

(打てる手はなんだろう?)

一通り書き出してみることにした。

(武井)青はノートを広げると、まず深く息を吸い込んだ。頭の中で考えを巡らせるよりも、紙に書き出して整理する方が良いと感じた。ノートの中央にアイデアを書き込んでいく。



「まず、背景のヒアリング が重要だ。取引先が納期短縮を急いでいる理由をさらに掘り下げてみる。急いでいるのは、どのプロジェクトのためか?材料不足はどの程度深刻なのか?」
武井は、自分が美優なら、まずこの質問をして相手の状況を理解することが最初のステップだと思った。

「次に、分納の提案だ。納期を一括ではなく、分割して納品する提案。優先度の高い部分から順次対応する形なら、取引先の急ぎのニーズを満たせるかもしれない。」
書きながら、武井はこれが現実的な手段だと感じたが、相手がどれだけ妥協できるかが鍵になると考えた。

「代替材料の使用 を提案してみてはどうか。品質に問題がない範囲で、コストの安い代替材料を提案する。鋼材の不足が深刻な場合には、有効な手段になるかもしれない。」
しかし、武井は美優がこの案を受け入れるには、取引先の技術的な承認が必要だろうと感じた。慎重に検討する必要がある。

「リスクシェアリングでフェア、かつ攻めの交渉に臨むことも一案だ。 納期短縮に伴うコスト増加を、商社側と取引先で分担する。負担を共有することで、双方のリスクを軽減することができる。」
書きながら、武井は「これなら美優も交渉しやすいはずだ」と思った。取引先も、負担を分け合う提案には応じやすいかもしれない。

「現実的には、プロジェクトの優先度調整 は必要だろう。取引先が複数のプロジェクトを抱えているなら、優先度を再調整してもらうように提案。緊急性の低いプロジェクトから調整を行うことで、急ぎの納品にリソースを集中させる。」
武井は、これが美優にとって説得しやすい案かもしれないと考えた。

「情報共有の強化は 相手の理解を深めるのに役立つだろう。鋼材の市場状況や供給リスクの最新情報を取引先に定期的に提供する。これにより、取引先は納期短縮のプレッシャーを減らし、より冷静に対応できるだろう。」

武井はこれを書きながら、「千田さんも情報共有を重視しているな」と思った。


武井はリストを書き終え、一度椅子に深く座り込んだ。自分なりに考えた対策は出揃ったが、それでも完璧な解決策かどうかはわからない。
また、余計なお世話かもしれないが、多少なりともヒントになってくれれば、それでいい。

「よし、これを美優に伝えよう」

(千田さんのようにはいかないかもしれないが、今の自分にできることは全力でやろう)

武井はノートを見ながら、PCを開いた。もう一度深呼吸をしてデスクに向き直り、美優あてにメールを書き始めた。


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