交渉の3段階とは?=「理解」「納得」「行動変容」 (その1) 理解を得る
交渉の3段階(理解→納得→行動変容)という考え方があります。
交渉ではまず、主張を相手に理解してもらわなければなりませんよね。
しかし、相手が「理解した」としても感情的な理由などから、やりたがらない、気が乗らなければ、結局意味がありませんよね。
仮に相手がやる気になっても、実際に行動に移されるかどうかは様々な外部要因のハードルを超えなければならないかもしれません。
交渉とは、相手が理解しても、納得しても、具体的なアクションにつながらなければ、結局意味がありません。
しかし、一足飛びにそのアクション、すなわち、相手が行動を起こしてくれるものではありません。相手の額にスイッチがあって、それを押せば行動を開始するのはロボットではあり得ますが、人は必ず、「理解」し、「納得」しなければ、行動を起こしません。
この一連のプロセスを通過してはじめて、「交渉が成功した」と言えるのです。
少しだけ具体的な内容に踏み込んでみましょう!
<まず『理解』>
この段階は、交渉の基本である「情報の共有」と「意見交換」に対応します。
関連理論:
アクティブリスニング: 相手の話を正確に聞き取り、理解するためのスキル。
コミュニケーション理論: 効果的な伝達とメッセージの受信が重要。
興味と立場の明確化: フィッシャー&ユーリーの「Yesを引き出す交渉術」における、相手の立場と利益を理解するプロセス。
<そして『納得』>
ここでは、相手の感情や理性に訴え、合意を形成するプロセスが中心です。
関連理論:
相手を納得させる際の心理的要素(社会的証明、希少性、権威など)。
ロジカルピラミッド: 説得力のある主張を構築するための論理的なフレームワーク。
共感形成: 相手の視点を取り入れることで納得感を高める。
<最後に『行動変容』>
理解し納得した後、実際にアクションを起こしてもらう段階です。
関連理論:
行動科学: 人が行動を変えるプロセス(例: トランスセオレティカルモデルの行動変容段階)。
目標設定理論: 明確な行動目標がアクションを促す。
インセンティブと罰: 行動を促進するための動機付け。
交渉理論では次のプロセスが含まれます。
準備: 自分の目的、相手の利害、BATNA(最善代替案)を明確にする。
意見交換: 情報の共有と相互理解。
提案と譲歩: 提案を提示し、交渉の余地を探る。
合意形成: 双方が合意に至る。
実行: 合意事項を実行に移す。
3段階(理解→納得→行動変容)は、このプロセスの要素を要約したものとも言えます。
3つの段階を一気にご紹介することは冗長になるので、今回は『理解』について、もう少し具体的に深掘りしていきたいと思います。
交渉の「理解の段階」は、交渉相手に自分の主張や意図を伝え、相手の意見や状況を正確に把握するためのプロセスです。この段階が成功することで、後続の「納得」や「行動変容」がスムーズに進む基盤が築かれます。この段階を分解して説明します。
1. 自分の主張の明確化
交渉の開始時には、自分が伝えたいメッセージを相手に正確に理解してもらう必要があります。曖昧さや誤解を避けるために、以下の点に注意します。
明確な言葉選び: 専門用語や曖昧な表現を避け、簡潔かつ具体的に伝える。
目的の明示: 「何を達成したいのか」をはっきりと示す。
背景情報の共有: 自分の主張の根拠となるデータや事実を提供する。
ピラミッド構造: 最も重要な結論を先に述べ、その後に補足情報を追加する。
2. 相手の情報を引き出す
自分の主張だけでなく、相手が何を考え、何を求めているのかを理解するために、積極的な情報収集が不可欠です。
アクティブリスニング: 相手の話に耳を傾け、要点を確認する。
例: 「あなたが仰った点についてもう少し詳しく教えていただけますか?」
質問の技法:
オープンクエスチョン: 相手の考えや感情を引き出す質問。(例: 「この提案についてどのように感じますか?」)
クローズドクエスチョン: 明確な答えを得る質問。(例: 「これに賛成いただけますか?」)
非言語コミュニケーションの観察: 相手の表情、声のトーン、身振りから感情や本音を読み取る。
3. 相手に理解されるための工夫
相手が自分の主張を正確に理解できるよう、伝え方を工夫します。
相手の立場に立つ: 相手がどのような価値観や優先事項を持っているかを考え、それに合った表現を選ぶ。
例: 「この提案は貴社のコスト削減目標に貢献すると思います。」
視覚的支援: 資料や図表を使って、複雑な情報をわかりやすく説明する。
繰り返しと要約: 重要なポイントを繰り返し伝えたり、要点をまとめることで、誤解を防ぐ。
4. 相互理解の確認
双方が理解に到達したかを確認するステップです。
要約の確認: 「私の提案について、ここまでで正しく理解していただけていますか?」
相手のフィードバック: 「何か気になる点や質問はありますか?」
同意の確認: この段階で相手が納得していなくても、まずは「理解した」という点を確認する。
この段階の成功がもたらす効果
信頼関係の構築: 相手が「自分の話をきちんと聞いてもらえている」と感じ、信頼が生まれる。
摩擦の軽減: 誤解やすれ違いを未然に防ぐことで、交渉の障害を減らす。
次の段階への準備: 「納得」や「行動変容」に進む土台を整える。
「理解の段階」は、単に情報を伝えたり受け取るだけではなく、双方向のやり取りを通じて、双方が同じ土俵に立つための重要なプロセスです。この段階が丁寧に行われるほど、交渉全体がスムーズに進む可能性が高まります。
次の段階は「納得」と「行動変容」になりますが、これらは次の機会に説明します。この回では、『理解』について、最後に具体例を示して結びたいと思います。
次の例をご覧ください。
ここに登場するのは、A社と取引のある、B社の営業担当、池田さんです。
A社の山下さんと打ち合わせを行なっています。
<背景>
B社(池田さんの会社)は、新しい物流ソリューションを提案し、A社(山下さんの会社)の物流コストを削減するための交渉を進めています。ただし、提案内容が複雑で、山下さん(A社)は内容を完全に把握していない様子です。池田さんは「理解の段階」で、山下さんが提案内容を正しく理解できるよう努力しています。
A社 山下さん:
池田さん、確かに物流コスト削減はうちにとって大きな課題ですが、今回の提案内容が少し複雑に感じています。具体的にどういう仕組みでコストが削減されるのか、もう少し詳しく説明してもらえますか?
B社 池田さん:
もちろんです、山下さん。では、今回の提案を3つのポイントに分けてお話ししますね。まずは現状を確認させていただきたいのですが、現在、御社は商品の配送に複数の物流業者を利用されていますよね?
山下さん:
はい、そうです。商品の種類や配送先によって業者を使い分けています。
池田さん:
ありがとうございます。その結果、配送業者ごとに料金体系が異なり、管理コストがかさんでいる点がお悩みの一つではないかと伺っていますが、この認識で間違いないでしょうか?
山下さん:
ええ、その通りです。業者ごとの管理も手間ですし、トータルで見たときにコストが上がってしまっています。
池田さん:
そうですよね。そこで、今回の提案では、御社の全配送を一元化できる新しい物流プラットフォームをご提案しています。このプラットフォームを使うことで、業者ごとに異なる料金体系や管理業務を統一できます。
山下さん:
なるほど、配送を一元化するということですね。ただ、それで本当にコストが削減されるんでしょうか?
池田さん:
ごもっともなご質問です。具体的には、こちらのプラットフォームでは、配送ルートの最適化アルゴリズムを利用します。これにより、従来よりも効率的な配送ルートが自動的に計算され、無駄な移動が減ることで配送コストが最大で20%削減される見込みです。
山下さん:
20%も削減できるんですか?それはかなり大きいですね。でも、導入には初期費用がかかりますよね?
池田さん:
はい、初期費用はかかりますが、これについても試算を行いました。初期費用は約6か月以内にコスト削減効果で回収できる見込みです。また、導入後のサポートはすべてこちらで対応しますので、御社の負担は最小限に抑えられます。
山下さん:
わかりやすい説明ですね。それなら、この仕組みがうちの業務にどれくらい適しているかをさらに確認してみたいです。
池田さん:
ありがとうございます。では次に、御社の具体的な配送データを基に、このプラットフォームを試算した結果をご説明します。これにより、実際の効果をより具体的にイメージいただけると思います。
池田さんの「理解の段階」での工夫は何だったのでしょうか?
具体的に見ていきます。
現状確認:
相手の状況や課題を明確に確認し、相手に「自分の状況を理解してもらえている」と感じさせる。簡潔な構造化:
提案を3つのポイント(現状の課題、解決策、効果)に分けて説明し、複雑な内容を整理。具体例とデータの活用:
物流ルート最適化や20%削減という具体的な効果を示すことで、信頼感を高める。質問を歓迎:
相手の疑問に対して前向きに回答し、双方向の理解を深める。次のステップを明示:
試算データを使ってさらなる理解を進めることを提案し、次の段階にスムーズに移行。
このように、丁寧な説明と相手への配慮が、交渉の「理解の段階」の成功につながります。
さて、交渉における「理解」の段階について一通り説明をさせていただきましたが、いかがでしょうか?
しかし、交渉はこれで終わりではありません。
次回は、最終的に『行動変容』に導くためのプロセス、『納得』について、詳しく述べたいと思います。
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