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マイナークラシックの底無し沼(第29回)

えー、いい加減まえがきを捻り出すのが億劫になってきました。そのうちなくなるかもしれません…。では参りましょう。今回も書き散らしです。


1.ヴォロディミール・ゾロトゥヒン:交響曲第2番

ヴォロディミール・ゾロトゥヒン
(Volodymyr Zolotukhin : 1936 - 2010)
交響曲第2番 (1982)

アナトリー・アヌフリエンコ(Cond)
ウクライナ国立交響楽団(Orch)

早速「誰なんですか?」な方がやって参りました。毎度のことですがどうかご勘弁ください。

ゾロトゥヒンはウクライナの作曲家。ハルキウ出身。情報はあまり多くありません。ウクライナ語版Wikipediaによれば地元ハルキウの音楽大学を卒業し、そのままハルキウで長い間教職を務めておられたそうなのでかなりローカルな方。1996年にウクライナ人民芸術家の称号を得ています。

交響曲の総数はどうやら5曲。今回は第2番。『朝』という副題が付いているようですが、力不足でウクライナ語の情報源に辿り着けませんでした。分かるのは「管弦楽とジャズ・バンド」なる編成ということ。第13回で取り上げたエドゥアルド・パトラエンコ(1936-2019)と同じ異様なオーラを放っています。鬼が出るか蛇が出るか、音源をどうぞ。19分弱です。

一応全4楽章と構成面ではオーソドックスですが…ドラムのエイトビート…?ありゃ、これ、再生する動画を間違えたのかな…。聴こえてくるのはポール・モーリアも慄く艶めかしいイージーリスニング…一体全体どこが『朝』なんだ!牛乳を飲み干して爽やかに始まる朝じゃねえ!こいつはソファーにもたれてウイスキーのグラスを傾けゆったり寛ぐ「夜」だ!クラシックに分類するのが躊躇われますが、作者が"交響曲"と位置づけているので仕方ないですね。ポップでキャッチーなのは確約できます。

…第13回で「コーヒーで噎せかけた」と言ったのはこの曲のことです。キッチュ(俗悪趣味)の頂点と言ってもいい作品。いやはや、旧ソ連はまさに魔窟。どうしてこんな曲が産み落とされたのでしょうか…。
ちなみに、この10年以上前に書かれた『交響曲第1番』(1970)もYouTubeで聴けますが、演奏時間30分ほどでショスタコーヴィチの影響が濃い至極真っ当な"交響曲"です。3番以降は録音がありません。


2.ペール・ヘンリク・ノルドグレン:雪女

ペール・ヘンリク・ノルドグレン
(Pehr Henrik Nordgren : 1944 - 2008)
小泉八雲の怪談によるバラード~雪女 Op.31 (1976)
Yuki-onna

舘野泉(Pf)

鹿児島にまで雪をもたらした大寒波は収束に向かっていますが、厳冬に相応しい曲があったのでひとつ持ってきました。その名も『雪女』。

ノルドグレンはフィンランドの作曲家。バルト海に浮かぶオーランド諸島のサルトヴィーク出身。ヨーナス・コッコネンに師事。1970年来日。東京藝術大学で長谷川良夫に学びました。フィンランド帰国後も日本との繋がりが深く、交響曲第6番『相互依存』(1999-2000)は仙台フィル・東北大学混声合唱団の組み合わせで初演されています。

こちらは1972年から77年にかけて個別に書かれた10曲から成るピアノ曲集『小泉八雲の怪談によるバラード』の中の1曲。このうち『耳なし芳一』と『おしどり』は現在フィンランド在住のピアニスト、舘野泉(1936-)氏のために書き下ろされたそう。『耳なし芳一』(1972)が作曲された当時、ノルドグレンは日本留学中でしたので、原著を読み霊感を受けたのかもしれません。2004年には脳溢血で右手が動かせなくなった舘野氏のために左手用の『II』が書かれています。

それでは音源をどうぞ。7分弱の小品です。

…東洋的な暗さを期待すると裏切られるかと思われます。あくまでも西洋の現代音楽の手法を用いて怪談の世界を具象化した作品であり、ジャポニズムの影は一切見られません。途中で内部奏法の音も聴こえてきて薄気味悪さを引き立てています。ここから何を想像するかはあなた次第。雪嵐の中に佇む白い着物を纏った女の姿が浮かんでくるでしょうか。

…今年1月13日に小泉八雲ゆかりの地、島根県松江市にてこのバラードをメインに語りを交えたコンサートが開かれました。プログラムにはこちらの曲も。以前の記事で触れましたが内部奏法はピアノ線を傷つけるため原則禁じ手。生で聴ける機会は稀。近所だし行けばよかった…。


3.エルンスト・トッホ:交響曲第3番

エルンスト・トッホ(Ernst Toch : 1887 - 1964)
交響曲第3番 Op.75 (1955)

ウィリアム・スタインバーグ(Cond)
ピッツバーグ交響楽団(Orch)

トッホはユダヤ系オーストリア人の作曲家。ウィーン出身。医学を修了した後、フランクフルトのホッホ音楽院に入学。1913年マンハイム音楽大学でピアノおよび作曲の講師に就職。ナチスが政権を握ると圧力が強まり、パリ、ロンドンを経て最終的にアメリカへ亡命。1940年代にはハリウッドの映画音楽をいくつか手がけ、アカデミー賞候補にもノミネートされています。アメリカ時代は西海岸に定住し、南カリフォルニア大学で教鞭を執っていました。カリフォルニア州サンタモニカにて没。

交響曲の総数は7曲。第1番完成が1950年と、全てアメリカ亡命後の晩年に集中しています。第3番の初演は1955年12月2日。ウィリアム・スタインバーグの指揮、ピッツバーグ交響楽団の演奏で行われました。翌年ピュリッツァー賞の栄冠に輝いています。
英語版Wikipediaによれば「hisser」なる二酸化炭素のタンクを備えた特殊な装置が任意で加わるそうです。どうも「シュー」という音がする模様。

初演時の組み合わせによる1956年の音源をどうぞ。3楽章構成で28分と中型。

第1楽章:Adagio - Agitato
霧がかかったような朦朧とした序奏に続き、管弦楽が威勢よく鳴って躍動的な主部へ。緊張感が高まるとオルガンとヴィブラフォンが加わり一旦静穏なムードに。なお、ヴィブラフォンは本来グラスハーモニカ。CPOレーベルの全集ではグラスハーモニカの音色を聴けます。やがて打楽器を伴い行進曲風に変化。皮肉めいた諧謔的な調子で進行しますが、トランペットが鳴ると暗転。オルガンが回帰すると静まっていき、ヴィブラフォン(ここはCPOでもヴィブラフォン)の音とともに低音管楽器が長く引き伸ばされて終了。
第2楽章:Andante tranquillo
ヴィブラフォンに続いてフルート、木管により子守歌のような抒情的な旋律が奏でられます。弦楽やウッドブロックが加わるとやや剽軽で飛び跳ねるような曲調に。緩徐楽章とスケルツォの両方の性格を兼ね備えている雰囲気。最後は各種楽器が代わる代わる現れ愛らしく終了。
第3楽章:Allegro impetuoso
金管が高らかに鳴り響く序奏が終わると「フシュー!」という音が。これが「hisser」でしょうか。厳格そうで少しユーモラスな旋律がフーガ風に展開し、勢いを増していきます。続くのはヴィオラのソロで始まるやや情緒の漂う部分。しかし長くなく、鉄琴とオルガンが鳴ると様々な楽器の音色が乱れ飛ぶドラマティックで猛烈な部分に移ります。ここで二度「hisser」らしき音が。前半で現れたフーガの主題が叩きつけられ締め括られます。(なお、CPOレーベルの全集ではどうやら「hisser」はシンバルで代用されているようです)

…分類的に新古典主義音楽の範疇と言えるかと。随所で神秘的な趣を漂わせつつも、全体としては余分な贅肉が削ぎ落されておりがっちり引き締まった細マッチョな質感。なかなか聴き応えがあります。ちなみにスタインバーグ版とCPO版ではオルガンの音色がだいぶ違っています。聴き比べてみるのも一興かもしれません。


…だいぶ疲れました。未知の領域に体当たりするとごっそり体力を削られます。山登りと音楽レビューは等しいかと。耳と脳の運動ですね。
最後までお付き合いくださりありがとうございます。では、また次回お会いしましょう。

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