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マイナークラシックの底無し沼(第31回)

2月22日は猫の日…。回数も31(みー)なので、今回は「猫にまつわるクラシック」でひとつやってみます。では参ります。


1.ジャック・オッフェンバック:オペラ『女に変身した雌猫』

ジャック・オッフェンバック(Jacques Offenbach : 1819 - 1880)
オペラ・コミック『女に変身した雌猫』 (1858)
La Chatte métamorphosée en femme

ジャン=クリストフ・ケック(Cond)
Orchestrion Sibeloformer (Orch)

オッフェンバックは『天国と地獄(地獄のオルフェ)』(1858)が飛び抜けて有名だと思われます。序曲(実はオッフェンバック自身ではなくカール・ビンダーという人物の編曲)の終結部『カン・カン』が運動会の定番。これは誰でもご存知でしょう。
日本では何かと一発屋のイメージが付き纏いがちですが、オペラと喜劇の融合を図り、時には他人の作品のパロディや際どい社会風刺を盛り込むなどしながら実に100作近くの舞台作品を世に放ち、「オペレッタの父」とまで呼ばれた重要人物です。

こちらは『天国と地獄』発表の半年ほど前、1858年4月19日にブフ・パリジャン座で初演された1幕のオペラ・コミック。台本はウジェーヌ・スクリーブ(1791-1861)とメルヴィーユ(1787-1865)。同名のフォンテーヌ寓話を原案として書かれています。

フランス語版Wikipediaのあらすじによれば、主人公はハンサムながら人嫌いで周りから見捨てられている若い独身の男、グイド。父親の債務も背負い金欠に陥った彼の元に残ったのは白猫のミネットだけ。そこへインディアン姿の謎の呪術師、ディグディグが登場。ディグディグはかつてグイドの父に借りていたという金を返すと、ミネットの正体は人間だと主張。言われるがままに金を渡し奇怪な儀式が執り行われると、何とミネットが美しい白服の少女に変身したではありませんか!びっくり!
…なんだかんだドタバタがあって最後は仕組まれたインチキと分かり、登場人物全員で「ニャー!」と叫んで丸く収まります。

残念ながら今のところ全曲録音なし。今回は序曲をどうぞ。4分40秒のライトな曲です。聞いたこともない怪しげなオーケストラ。音色がやや不自然なのでもしかしたら打ち込み音源かもしれません(自信なし)。


2.ゼズ・コンフリー:鍵盤上の子猫

ゼズ・コンフリー(Edward Elzear "Zez" Conffrey : 1895 - 1971)
鍵盤上の子猫 (1921)
Kitten on the Keys

ディック・ハイマン(Pf)

当コーナー初のラグタイムです。ラグタイムの作曲家と言えばスコット・ジョプリン(1867頃-1917)が一番有名で、特に1973年の映画『スティング』で使われた『ジ・エンターテイナー』(1902)は誰でも一度は聴いたことがあるでしょう。『パイナップル・ラグ』(1908)もよくCMで使用されます。もっと身近な所だと『スーパーマリオブラザーズ』のBGMもラグタイムの影響を受けています。

コンフリーは次世代型ラグタイム「ノベルティ・ピアノ」の作曲家の一角に位置づけられる人物。特にこちらの『鍵盤上の子猫』は上記の代表格。実際に祖母の飼い猫がピアノの上を歩く様子に着想を得て書かれたそうです。

それでは音源をどうぞ。3分弱の小品。演奏者のディック・ハイマンは1927年生まれのジャズ・ピアニスト。2025年2月現在ご存命です。

…パッと聴くとあまりジョプリンと区別が付かないかもしれません。1900年代のラグタイムより若干ジャズに接近した感じでしょうか。ジョプリンの曲が至ってシンプルな作りなのに対し、こちらはより技巧を凝らした造作に仕上がっています。

…恐ろしいことに、大西洋を渡ってヨーロッパで魔改造版が作られています。続いてそちらをご紹介します。


3.エルヴィン・シュルホフ:『鍵盤上の子猫』によるトッカータ

エルヴィン・シュルホフ(Erwin Schulhoff : 1894 - 1942)
5つのジャズ練習曲 - 第5曲『鍵盤上の子猫』によるトッカータ (1926)
Cinq études de jazz - Toccata sur le Shimmy “Kitten on the Keys”

レナーナ・ガットマン(Pf)

作曲家紹介:
チェコの作曲家。プラハ出身。ドヴォルザークの推薦でピアノのレッスンを受け、1904年プラハ音楽院に入学。1908年ウィーンへ行きマックス・レーガーに師事。ライプツィヒ音楽院を卒業後、ケルン音楽院でラザーロ・ウジェリ、フリッツ・シュタインバッハに師事。その後第一次世界大戦に従軍し、反戦的、左派的な考えを強めるようになる。そしてダダイズム運動に身を投じた。ジャズの語法を取り込むなどし、1920年代には当時ヨーロッパで最も前衛的な作曲家としてその名を轟かせた。しかしナチスの台頭とともに圧力が強まり、作品の演奏機会が奪われる。1941年ソ連へ亡命する寸前でナチスに逮捕。強制収容所となっていたドイツのヴュルツブルク城にて病没。

参考文献:日本語版Wikipedia『エルヴィン・シュルホフ』

第12回で「無音の音楽」を取り上げたエルヴィン・シュルホフ。紹介文は丸々引き写し。ホロコーストの犠牲となった作曲家としてはパヴェル・ハース(1899-1944)、ヴィクトル・ウルマン(1898-1944)と並ぶ重要な立ち位置でしょう。現代の耳で聴いても新鮮な作品群を遺しており、近年再評価が進みつつあります。

こちらの作曲背景は全く分かりません。「国際楽譜ライブラリー」によれば音楽評論家のアルフレート・バレーゼル(Alfred Baresel : 1893-1984)なる人物に献呈されているそう。
海を渡った「子猫」はどう変貌を遂げたのか?音源をお聴きください。

…原型を留めていません。ただでさえ技巧的だった原曲がさらにややこしいことに。こいつは普通の猫ではありません。尻尾が二股に分かれています。羽が生えて空を飛ぶと言っても過言ではないかと。

…シュルホフは20年代から30年代にかけてジャズのイディオムを積極的に導入しており、1923年にはガーシュウィンの『ラプソディ・イン・ブルー』に1年先駆けて『ジャズ風』と銘打ったピアノ協奏曲を発表しています。他にも交響曲から実験精神旺盛な小品まで色々ありますが、それらはまた少しずつ紹介して行きたいと思います。


4.クリス・ヘイゼル:3匹の猫

クリス・ヘイゼル(Chris Hazell : 1958 - )
3匹の猫(スリー・ブラス・キャッツ) (1990)
Three Brass Cats

ヘイゼルはイギリスの作曲家。バーミンガム近郊のスメスウィック出身。王立音楽大学を卒業し、1997年までDeccaレーベル専属の録音プロデューサーとして数々のオーケストラやアーティストの音盤を手がけてきたそうです。現在はフリー。

こちらは金管十重奏のための作品。世界中のブラス・アンサンブルがレパートリーとする彼の代表作。自身の飼い猫が題材との事。1991年には追加で『もう1匹の猫(Another Cat)』、1997年には続編『もう3匹の猫(Three More Cat)』が発表されています。

それでは音源をどうぞ。2017年9月12日に大阪府豊中市で開催されたコンサートの模様です。演奏時間約10分。

第1曲:Mr. Jums
バラード風で穏やかな曲想。どこか往年のポップスを彷彿させる親しみやすい旋律。どことなくゴダイゴっぽい雰囲気が漂うのは気のせいでしょうか。
第2曲:Black Sam
最も長い曲。平穏な曲調ながらムーディーな香りを漂わせてきます。シックで大人びた色合いの艶やかな音です。
第3曲:Borage
陽気にスウィングするジャズ調の曲。ここはブラスの本領発揮と言ったところ。英国と言うよりもアメリカン。どんないたずらな猫だったのやら。

…とても分かりやすく小洒落た作品です。クラシック初心者でも何の抵抗もなく受け入れられるかと思われます。ポップでキャッチー(今回はかなり良い意味ですので念のため)。世界中で愛され続ける理由が分かるような気がします。

参考までに、『もう1匹の猫』の音源もご紹介します。どのような猫だったのか想像も付きませんが、「Kraken」という名前です。

…前の3曲よりも少しばかり派手で煌びやかな曲。よりジャズに近い空気が醸し出されています。


5.フィリップ・ビムスタイン:オー・ソレ・ミャウ

フィリップ・ビムスタイン(Philip Bimstein : 1947 - )
キャッツ・イン・ザ・キッチン - 第2曲「オー・ソレ・ミャウ」
Cats in the Kitchen - O Sole Meow
シャーロット・ベル、ヒラリー・クーン(Ob)
猫(時々邪魔をする)

ビムスタインはアメリカの作曲家。イリノイ州シカゴ出身。ユタ州スプリングデールの町長を2期務めていた異色の経歴の持ち主。ロックバンドのリーダーだった時期もあるそうなのでますます奇異な人物です。

こちらはフルートとオーボエ…に猫の鳴き声、そして鍋やフライパン(公式サイトによればアツアツの)などの調理器具、さらに卵、タマネギ、バターを塗ったトーストまで加わるとんでもなく奇天烈な作品。『卵とトースト(Eggs and Toast)』『オー・ソレ・ミャウ(O Sole Meow)』『君のネズミはどこだい?マクジー(Where’s Your Mouse, McGee?)』の全3曲。ちなみに「マクジー」はビムスタインの飼い猫で、作曲直後に惜しまれつつ虹の橋を渡ったそうです。
ビムスタインの公式サイトで全曲(フルートとチューバ版)を聴けますが、今回は第2曲をどうぞ。2本のオーボエで演奏しています。かわいい猫ちゃんがいっぱい。

…猫好きなら思わずにやっとしてしまうでしょう。猫愛に溢れた曲。ニャオニャオ言っています。調理器具はまあ、予想通りと言いますか、打楽器のような扱いで伴奏に入ってきます。現代的な傾向が強めですが、ここまで及ぶと冗談音楽の域。冗談ですよね、冗談。

…ちなみに全曲聴いても「バターを塗ったトースト」がどう演奏されるのかさっぱり分かりませんでした。


ニャー!

…失礼致しました。何故かクラシックは猫を題材とした作品が多く、犬はだいぶ掘り下げてやっと出てくるほど取り上げられる機会が少ないです。この差は一体何に由来しているのでしょうか。ともかく、猫にまつわる曲はまだいくつもあります。来年も特集を組む…かどうかは気分次第。
最後までお付き合いくださりありがとうございます。では、また次回お会いしましょう。

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