見上げる空の高さを
最近、上向きの人生を送っている。
なんの話かってバドミントンのことなのだけど、この間スーパーで買い出し中に無性にやりたくなって、100円ショップを巡りラケットとシャトルを入手した。
雨の日以外は毎日、仕事帰りの夫を誘って、誰もいない近所の公園でプラスチックの羽を全力追いかける。
下手っぴだから、ファールボールみたいに遠くへ飛んでいく。
何も考えず、空を見上げ、ただ走る。叫ぶ。
それが、めちゃくちゃ楽しい。
しばらく鬱が悪化して、ベッドに転がる日々が続いていた。
運動といえばトイレに通うことくらいで、些細なことでさめざめと泣いた。
「そんな日もあるよ」と背中をさすり慰める夫に、もう二度と笑えない外に出られないと、事あるごとに噛み付いた。
私の空の限界は、仰向けで見る天井の高さしかなかった。
青空の午後、大きく振りかぶった右腕から、ラケットの首がもげてスポンと飛んでいった。
「あっぶない!」
「そんなことある?」
ふたりで豪快に笑った。
視線を上げると、雲が綿のように解れて流れていく。
どこまであるのか、その奥行の深さに吸い込まれるようでくらくらする。
ちゃんと、時間は進む。
どんなにおしまいだと思ったとしても、それが残酷で優しい世界の仕組みだ。
私は新しいラケットを握る。
空を見上げて、シャトルを追いかけて走る。
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