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ラジオで人生は変えていける―藤也卓巳『夜の檸檬にリクエスト 1』

 ラジオ好きの僕からすると「待ってました」といわんばかりのマンガだ。

 毒親の母に付きまとわれたのをきっかけに人間関係にひびが入り、人間不信の引きこもりになった休学中の大学生・太田桃音が主人公。面倒を見てもらっている叔父に連れられ、勤め先のコミュニティラジオ局に夜行ったことがきっかけで、声の良さを見出されラジオパーソナリティに抜擢される……という物語だ。

 コミュニティラジオ局を舞台に、ラジオを通して主人公の日常や人生が変わっていく。何かで人生が彩り豊かになったり、助けられたことのある人にはおすすめのマンガである。共感できる要素があるはずだ。

 電波の上での桃音は、薔薇園檸檬という架空のキャラクターとしてパーソナリティを務める。「桃音」では対人コミュニケーションがうまくできずしゃべる自信もないが、「檸檬」であれば自分(桃音)ではない。だから話せるのだ。

 この設定が面白い。なぜならラジオは「声から人間が出てしまうもの」だと僕は思っているからだ。声はウソをつけない。カッコつけているとすぐにバレてしまいかえってカッコ悪い。どんなに自分じゃない何かになっても、そこから自分を消すのは難しいのだ。

 檸檬の中にどんな桃音が出てくるのか。「桃」と「檸檬」がどのように重なりあい、そのとき彼女にはどんな変化が起きるのか。今後の展開が楽しみだ。

 ラジオが題材のマンガといえば、沙村広明『波よ聞いてくれ』が今人気だ。ただ、このマンガが本作と似ているわけではない。どちらも面白いので読んで欲しいが。むしろ、浅葉なつ『どうかこの声が、あなたに届きますように』という小説が非常に本作を連想させる。

 この小説は、本作と設定に通じる点があるのだ。

 主人公の奈々子は、毒親の母の影響などがありマスクを手放せず息をひそめるように暮らしている。引きこもりではないが可能な限り社会との接点を持たないようにしてる。そんな彼女はひょんなことからラジオ局員にパーソナリティの才を見出されラジオパーソナリティになる。しかも名前を変えてだ。

 ラジオを通じて彼女の人生は大きく変わる。そして彼女の声によって他の人の人生も人知れず変わっていく。そんな物語だ。僕がぐっときては何度も読み返している本である。

 『どうかこの声が、あなたに届きますように』の奈々子は自分だけでなく誰かの人生もラジオを変えていった。本作で人生が変わっていそうなのはまだ桃音だけだ。しかし桃音もパーソナリティとして活動するうちに、その声が誰かの人生の接点になるかもしれない。いったい誰の人生が人知れず変わっていくのだろうか。楽しみで仕方がない。

【本と出会ったきっかけ】
 X(Twitter)で『ラジオの時間』編集部(https://x.com/time_of_radio)さんが、本作の連載開始ニュースをシェアしていたことを見つけて。

◎沙村広明『波よ聞いてくれ』

◎浅葉なつ『どうかこの声が、あなたに届きますように』

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