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女は二度決断する

Aus dem Nichts / In The Fade (2017)

 ファティ・アキン監督、ダイアン・クルーガー主演のドイツ映画。クルド人の夫と息子をネオナチに爆殺された妻(クルーガー)が、裁判で無罪となった犯人に復讐するお話……とは言え、復讐に至るまでの葛藤をメインに描いているので、まったく爽快感はありません。後述しますが、ラストも「復讐」というにはやや微妙。スッキリする仇討ちが見たい向きは、マカロニウエスタンか赤穂浪士ものをご覧になるのがよろしいでしょう。

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 爆殺された夫(ヌーマン・アジャル)は麻薬取引で服役した過去があり、タトゥーだらけの妻も事件後についつい薬物を使っちゃったりして、正直言ってけして見上げた人たちではありません。が、そのことと妻が犯人たちに復讐心を抱くことはまったく関係ないことをまず観客は知るべきでしょう。実際にやるかどうかはともかく、妻の立場で「あいつらぶっ殺してやりたい」と思わないほうが不自然です。特に本作、犯人の周囲の人間(いちいち発言を「ダンケ」で締める弁護人とギリシャ人。2人とも無駄に強面)が犯人以上にムカつきます。どっちの肩を持つかを観客に考えさせる映画ではないので、同情すべき側とムカつかせる側の対比は実に明確。実はそうじゃないと、最後の妻の「決断」が生きなかったんじゃないかな、と思いました。

 邦題にある妻の決断とは、復讐と自殺のことなんだろうなと思います。義両親に息子(義両親にとっての孫)の死を責められ、妻は手首を切って自殺を図るのですが、犯人逮捕の報に自殺を思いとどまり、同時に司法の場での復讐を決意します。しかし推定無罪の壁に阻まれ、犯人たちは無罪に。妻はわき腹に入れていた侍のタトゥーを完成させますが、ここが妻の復讐心が別な形に変貌するタイミングです。法に頼ることなく自らが犯人たちを裁くと。

 ギリシャで犯人の居場所をつきとめた妻は、いったんは復讐を試みるも思いとどまります。友人の弁護士からは上告を説得する電話が入りますが、妻は観客が思わぬ方法で復讐を遂げます。この結末、すっごくヨーロッパ映画っぽいですよね。ハリウッドでは到底許されないんじゃないかな。私は男ですが、この妻の決断が何となくわかる気がしています。裁判前にリスカした時の血と、生理の血。再び子をなせることのサイン。そしてスマホに保存されていた、海水浴に行った時の「ママ来てよ、お願い」という息子の声。「復讐を遂げて家族の元へ行く」というメンタルは、米国人より日本人のほうがより共感できるかもしれません。ひたすら切なく残酷な結末ですが、別な見方をすればハッピーエンドなのかもしれません。妻が自らの決断により、自らの手ですべての目的を達成したんですから。

 本作の音楽監督ジョシュア・オムは、米国のロック・バンド、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジのリーダー。あまり映画音楽っぽくない劇判で、素晴らしい仕事をしたとは思わないですが、エンディングのリッキ・リーの曲はいいですね。 

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