ローサは密告された
ブリランテ・メンドーサ監督によるフィリピン映画。主演のジャクリン・ホセがカンヌ国際映画祭のパルムドール女優賞を受賞しました。雑貨屋を営む傍ら、覚醒剤の密売もしているローサ(ホセ)と夫(フリオ・ディアズ)が警察に非公式に捕らえられ、見逃す代わりに5万ペソを要求された子供たちが金策に走るお話。
2016年6月にドゥテルテ政権が発足し、強硬な麻薬撲滅作戦が真っ先に行われた同国ですが、本作はその直前の様子をドキュメンタリー・タッチで描きます。不安定なハンディカムによる長回しや随所にみえるピンボケ、雑な編集はすべて意図的なものだと思いますが、激しく酔うのでFPSゲームを2分とプレイできない私には少々キツイ映像でした。劇場のスクリーンだったら最後まで見ていられなかったかも。
主人公夫婦の麻薬売買にしろ、警察の非合法逮捕~金銭要求にしろ、言い訳しようのない犯罪・悪事であり、同情の余地はまったくないのですが、それぞれにそうしないと生きていけない現実でもあるのでしょう。描かれる警察の腐敗っぷりはかなり強烈ですが、押収された薬や顧客リストは自分たちのものではないと言い張ったり、支払いを待ってくれた売人を(警察に脅されてとは言え)平気で呼び出したりする主人公もまた、それを糾弾できるほど立派な人間ではありません。私的には、呼び出されて逮捕され、気を失うほどぶん殴られた挙句にお金を要求される売人と妻が一番気の毒に思えました。
それを差し置いても、主人公夫婦、そして子供たちの現実を生きる力、生き延びようとする力は、けっしてピュアではないですがリアルです。正しいとか間違っているとかを大きく超えたところでギラギラしています。夫婦は邦題通り密告されて捕まるのですが、夫婦自身も売人を売ってるし、夫婦を密告した者にもそれなりの事情があったりします。みんな、他人を蹴落としてでも生き延びなければならない。夫婦を捕らえた警官たちですら、非合法に得たものをまるっと懐にできない事情もあったり。同情はしませんが、理解はできます。
意外だなあと思ったのが、子供たちが金策する先の人たちが、なんだかんだ優しいんですね。親戚の中には仲の悪い人もいて、ローサも「あの人から借りるぐらいならここ(警察署)で死ぬ」とか言うのですが、当の親戚はお金を借りに行った娘にぎゃんぎゃん文句言った挙句「母ちゃんの口に突っ込んでやんな」とか言ってお金を渡してくれたり。息子の『商売相手』のおじさんも、最後には多くお金を渡してくれたり。息子が『商売相手』をカフェで待っている時、離れたテーブルの育ちの良さそうな若者達がフィリピン語(数字など英語表現が混じるので、厳密にはタガログ語とは異なるようです)ではなく英語で会話しているのは「おや」と思いました。格差なんでしょうね。
子供たちが集めたお金がわずかに足りず、ローサは娘の携帯電話を質に入れに行くのですが、ムスリムと思しき質屋の男もローサのしたたかさに折れ、なんだかんだ言いながら言われたお金を出した上に小銭までせしめられたり。がめつさと温かさの同居に多少の戸惑いも感じましたが、これがフィリピン人の気質なのかもしれません。ラスト、ローサは屋台をしまう家族の姿をみて涙を流します。いろんな感情の入り混じった涙なのでしょうね。このシーンでカンヌ女優賞を勝ち取ったと言っていいでしょう。
ドゥテルテ以前のフィリピンのリアルを描きながら、横軸に家族愛という普遍的なテーマを据えた本作は、そのドキュメンタリー手法の過剰さを除けば、見て損のない作品だと私は思います。
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