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【古道を歩く】愛知県岡崎市の古道・道根往還⑦完 ~終点・「鍛冶屋」から起点・「欠の三本松」へ歩く・伍~


はじめに

今回を含め7回にわたって辿ってきた、愛知県岡崎市に在る古道・道根往還。
今回の記事でその行程も終点に辿り着く。
歩けば約8km。ほんの4時間弱の道のり。但し、山道。

先ずは、写真と共に道のりを追っていきたいと思う。

道根往還を歩く

行程の概要

以下に今回の記事での始点・終点をお示しする。

「道根往還之図」 東公園・ひょうたん池近くの案内板
※加工はネコチャーンによる

旅を続ける(高隆寺付近から)

前回、少々まっすぐな道根往還で記事を一旦区切った。今回はその先をいく。
道根往還を歩いた時は3月下旬。17時を過ぎれば途端に日が傾いてくる。その焦りも感じていただけると幸いだ。

16:18 道根往還の石碑と石のオブジェ(?)

そろそろ焦りが出てくる

16:19 鍛冶屋→欠では平坦、若しくは下りの道が多くなってくる

人の通った形跡を辿る

16:21 雨水などによる侵食と木の根の堤防など、長い時間をかけ自然によって作られたであろうすり鉢状の古道に自然の繊細と力強さを覚える

断面が美しい

16:21 上記の写真を逆サイドから

鎌倉時代にはあったとされる(道がいつから使われているか不明とのこと)
900年近く、多少カタチを変えこそすれ、今尚、存在することに感謝

16:22 素朴な古道がまだ続く

陽の光(サンピラー)
太陽も随分と傾いてきた

16:22 苔とシダが美しい

16:22 上記2枚の画像を逆から

向きで古道の顔も変わる

16:25 緩やかな下り道が続く

少々、足元が悪い(トレッキングポールがあると心強いかと)

16:29 赤土が雨水と踏みしめられ固まったのだろうか、亀の甲のような紋様になっている

土地柄、赤土なのだろうか
拙宅(旧欠村内)も長く触っていない土(例:コンクリ下)は赤土だ

16:34 山道から降りてきた雰囲気

これまでなかった進行方向に「空が見える」という有難さ

16:35 舗装された道に出る

心の底からホッとした
来た道を振り返っての一枚

16:37 小呂池

岡崎の「大正池」と呼ばれているようだ
恐らく、池の中の木がそう呼ばせるのだろう
※後日、別の写真記事を載せる予定

小呂池の西側は私有地。
所有者様の許可なく立ち入らないよう注意したい。

小呂池の反対側に目線を移す。

この写真は2024年5月に撮影

「ここは……」と明確なことは言えない。
しかし、『新編岡崎市史』に次のような文がある。

「虎石の大松」は国治天文台の入口から三五〇メートル程東の左側にあって、右側には茶屋もあったという。

「ウキサの店」 二 伝承 第三編 地域を結ぶ民俗諸相 第一章 街道と民俗
『新編岡崎市史 民俗12 』より引用

今回の「行程の概要」で使用した「道根往還之図@東公園・ひょうたん池近くの案内板」にも「茶屋跡」・「南無阿弥陀仏之碑」とあるため、ここが道根往還にあった茶屋2軒のうちの1軒(虎石の茶屋跡かーー)ではないと推測。
石碑は名木・虎石の大松の碑なのだろうかーー。

茶屋跡と思われる場所の隣に南無阿弥陀仏と書かれた石碑もあり
この写真も2024年5月に撮影

さて、先を進む。

16:39 この先は1.5kmほど舗装された道根往還を進む

写真左側中央あたりに碑があり

舗装され歩きやすい道になったが、採石場がこの奥(小呂池より奥か)にあるため、大型ダンプカーに注意しながら先を進む
※小呂池より東(舗装された道)は私有地もあり、加えて道幅も狭いため、車で訪れることは控えた方が良いかと思う

16:51 舗装はされているが、まだ山道だ

舗装されているだけで十分に歩きやすい

蛇足だが、航空写真などで「小呂池」から「欠の三本松」までの道を見てみる。

緑色:道根往還 赤:欠の三本松、小呂池横の道根往還(山道)への入り口付近
上記はネコチャーンによる
画像出典元:Googleマップ

高低差を見てみる。

赤の印:小呂池と欠の三本松あたり
上記はネコチャーンによる
現在は山と平野がクッキリと分かれて見える
画像出典元:Googleマップ

16:53 東公園・北駐車場までたどり着いた

山の稜線が美しい
山の向こうは蒲郡市辺りか

16:57 東公園のひょうたん池・菖蒲園を望む

この近隣にもイノシシが出るようだ

16:58 「道根往還之図」
    東公園・ひょうたん池付近と岡崎墓園内に各1あり

できれば鍛冶屋にもほしかった

17:06 「欠の三本松」に到着

無事に辿り着いて良かった

まとめと旅の総括

東公園を認識し、「欠の三本松」を望んだ際に心を過ったこと。
「無事についた」。そういう安堵の気持ちだった。
心底ホッとした。
これが古の方に当てはめたらどうだろう。
それこそ心を過るのは岡崎城下の一歩手前の村にはなるが無事に人里に降りてこれたという安心感ではないだろうか。

「鍛冶屋の五本松」と「欠の三本松」がそれぞれ古道「道根往還の始点・起点」として道行く人の灯火に似た存在であったのではないか、少なくとも私にはそう思えた。

また、この旅の前に過度に理不尽な目に遭い、「この状態で古道を歩くのか」と少し後ろ向きな気持ちでいた。
しかし、歩いたらどうだろう。
聞こえてくるのは木々のさんざめき、小鳥の鳴き声、自らの息。怠けた体には割とキツイ山道(元々、山は苦手だった……という)。
目の前には自然な形が残る古道。

自分という存在がとても小さく、また、抱えている悩みもほんの些細なこと。それを気付かせてくれる自然の雄大さ。
何千年、何百年以上かけて形成された自然(地形の隆起含む)の前には等しく無力であることを実感したと云えばよいだろうか。
それまで漠然としか理解できなかった「熊野信仰」というものの概念がほんの少し深く理解できた気がするのだ。

今回、様々な巡りあわせで歩いた「道根往還」。
歩いて良かった。これ以上の感想はない。

「道根往還」を歩いた日の歩数など
距離は迷った場所、写真の撮り直しなどで多少多いと思われる

今回の「道根往還」は次の一節を『新編岡崎市史』から引用し、締めたいと思う。

新聞などで、「ロマンを秘めた道根往還」と言われる。道根往還のロマンは、沢山通った馬の鈴の音にもある。

ーー中略(ネコチャーンによる)

すれ違う馬の鈴の音は、そうした感情をいやが上にもふるわせたに違いない。

「道根往還の馬糞拾い」 二 伝承 第三編 地域を結ぶ民俗諸相 第一章 街道と民俗
『新編岡崎市史 民俗12 』より引用



最終改定: 令和 年 月 日( 回目)
※後に読み返した際に変更があれば、改定日を修正いたします

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https://www.city.okazaki.lg.jp/

【参考文献/サイト】
新編岡崎市史 民俗12』
岡崎市HP  https://www.city.okazaki.lg.jp/
東公園HP https://www.city.okazaki.lg.jp/1100/1184/1170/p005344.html

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