見出し画像

重辰の先祖を振り返る①(~鎌倉時代後期)

追記:タイトル ~室町時代後期としてありましたが、『鎌倉時代あたり』が正確でした。失礼いたしましたーー2023年10月2日 11:30am 


はじめに

家系図には清和天皇から記載されているため、清和天皇以降を書いていく。

清和天皇~江戸時代初期(1630年)までの家系図

上記家系図の詳細が以下のとおり。

鎌倉時代までの家系図詳細 (これは上記とは別の家が保管する家系図を基に記載)

分からないこと

しかし、家系図を見ていると首を傾げてしまう記載がいくつか見られる。

何度もの模写を経ているためか、誤字や誤記が見受けられる

①『源平藤橘』の強調か 

前述のとおり家系図の始まりは清和天皇になっている。所謂『清和源氏』だ。本姓では源の氏族ということになる。

歴史がお好きな方には説明が要らないと思うことだが、ここで注意をしなければならないことがある。
平安時代以降に『源氏』『平氏』『藤原氏』『橘氏』の流れをくむ出自であることが武士の間では非常に好まれたという。

清和源氏の流れをくむという言葉は、過去の書物で合致する情報が見つからない限り、『先祖が云うことには』と捉えた方が良いと思われる。

ざっとした流れのみを理解するためであれば、Wikipediaは非常に有用だと思う。さらに深い理解をしたい場合、学生の方が論文を書く場合はあまりお勧めはしない。

②参河守

清和天皇の第六皇子・貞純親王から七代後、従五位下参河守・頼継の三男ーー。

また貞純親王より七代後、従五位下参河守・頼継の三男ーー。こちらも色々な文献を調べたのだが、頼継という名、また、参河守(参河の国司)という記録が見つからない。
これを先祖が云うことには、と捉えた方が良いと思われる。

③熊野別当・鈴木庄司清之

複数の遠い親戚から家系図をお借りし、付き合わせてみていると以下の齟齬が生じている。

  • 民部助 頼重=鈴木庄司清之

  • 民部助 頼重が鈴木庄司清之の養子となった

タイムスリップしない限り、正答は分かりかねる。

ただ、少なくともこの書物が作られたとされる1630年には、上記の系譜が一族の正当で疑いようのない系譜として存在したことだけは否定できない。

八柱神社の由緒との相互点について

2023年6月の八柱神社(当方が撮影)

八柱神社に在る『御由緒』をご覧いただきたい。

本殿近くにあります

源平の戦に加わり戦利無く難を逃れて三河国碧海郡桜井村に渡り住む

八柱神社『御由緒』

上記にある家系図・重治の詳細に記したとおり、

源牛若丸の武勇を恐れ主人と頼む、鈴木三郎と改め、一之谷、屋島の合戦で軍功あり 文治2年(1186年)、藤代に卒

鈴木家家系図より

重治の嫡男・重純に記したとおり、

健保元年(1212年) 右大臣・源実朝公から 鈴木は武功の者なれば、として子孫を訪ね給い、重治の軍功を勘じ給い 藤代に於いて一ケ之庄賜ふ

鈴木家家系図より(※但し、健保元年は1913年とみられる)

先祖の名誉のために書くが、治承・寿永の乱(源平合戦)で軍功はあると家系図に記されている。
一ケ之庄という物が何か分かりかねるが、藤代で少しの土地を実朝公から授かったと考えることが妥当かと思う。

あくまで家系図によると、これが鈴木甚四郎重辰の鎌倉時代までの先祖が成したことである。

まとめ

あくまで個人的な意見ではあるが……と前置きしてーー。

誤りを認めることは『今まで自分が信じてきたモノ・コト』『過去の自分を形成する考え方』を否定することになる。
非常に辛い工程だ。私も出来ることであれば避けたい。
しかし、辛いことに目を背けると本来あったことは黙殺され、真実はやがて消え、本来の歴史とは異なる歴史が新たに生まれてしまう。

何より、命を懸け戦ってきた先祖が繋いでくれた『命・思い・考え』などを否定することに繋がるのではないかと私は考える。
近世や今を生きる一族のメンツを守るか、多くの先祖が成したこと・先祖の尊厳を守るかーー。

もし、今、残っている文書や歴史に齟齬が生じている場合。
私はここまで命を繋いでくれ、今なお、遺してくれた土地に住まわせてもらう立場として、先祖の尊厳を守りたいと思う。
それこそ、子孫がすべきことではないのではなかろうかーー。

補足

個人的には八柱神社さんの『ご由緒』を作り直す必要はないと考える。
ただ、フライヤーなど比較的安価で対応できるものは変えた方が良いのではなかろうか。
※但し、現所有者の神社さん・歴史学者の方々の意見が最優先されればよいと。議論はその先ではなかろうか、と個人的に思う。

当方、歴史は明るくなく、今年に入りもう一度しっかりと勉強し直した程度。致命的な勘違いなどが見られましたら、ご教示ください。


【注意事項】
著作権の観点から、無断引用・転載はお控えください
引用・転載の際はお声がけください。

出典
八柱神社

引用
wikipedia

Thanks;
canva様   https://www.canva.com/                                                       ACフォト様 https://www.photo-ac.com/








いいなと思ったら応援しよう!