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ファンベースとソートリーダーシップの、一丁目一番地は同じ ~ファンベースカンパニー代表取締役社長、津田匡保氏に聞く~

革新的な考えを世の中に提示し、「共感」によりステークホルダーを共創へ誘引することで、新しい顧客や市場を創造するマーケティング手法「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)」。その重要性を多角的に考察するために、各専門家にインタビューする第七弾。今回は『ファンベースなひとたち』を佐藤尚之氏との共著で著され、様々な企業や地域への伴走を通して「ファンベース」を実践されているファンベースカンパニー 代表取締役社長/CEOの津田匡保氏に登場いただきました。「共感」を得るためにソートリーダーには何が必要なのか。「ファンベース」と「ソートリーダーシップ」の共通項から、考えていきます。


そもそもソートがなければ「共感」は生まれない

――ネスレ日本に新卒で入社して16年間在籍。その頃の学びは活きていますか。

津田 ネスレではお客様をきちんと見ることが大切と学びました。2002年に入社して最初の6年間、私は営業/営業企画として小売店の店頭などを回ることが多かったのですが、店頭POPなどだけで自社商品の良さを宣伝するのは「難しい」と感じていました。そこで、ネスレの商品をたくさん購入してくれるお客様に「どうしてたくさん買ってくださるんですか」とお声がけして、そこで聴けた生の声をPOPに書いたら、店頭で売れ行きが伸びたんです。現場で思いつく様々な手法を、自分なりに試していました。

ファンベースカンパニー 代表取締役社長 津田匡保氏

そこで学んだのは「こうやってお客様の声が、ほかのお客様に伝わってモノが売れるんだな」ということ。SNSなどで今起きているようなダイナミズムを現場で体感できました。その楽しさや手応えがあるので、ネスレを卒業した今も当時からの思いを信じて貫いています。

――改めて、「ファンベース」とは何でしょうか。

津田 ファンベースとはファンを大切にし、ファンをベースにして中長期的に売上や事業価値を高める考え方です。ここでいう「ファン」は、企業やブランドが大切にする価値を支持してくれる人のこと。ファンは企業やブランドの理念に共感し、中長期で支えてくれる大切な「仲間」です。

▼「ファンベース」の概要はこちらに詳しく記載されています

今回思ったのは、ファンベースとすごく親和性があるのがソートリーダーシップだということです。ソートリーダーシップは自分の考える新しいソートを提唱して、ソートに「共感」する新しい仲間を増やしていくアプローチと認識しています。

ネスレ在籍時、私はピーター・ブラベック現名誉会長が提唱した「CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)」に強く「共感」しました。CSVとは「事業を通じて社会的な問題を解決し、経済的価値も同時に生み出す」という概念。これこそソートであり、このソートが私を動かしたといえます。

日本では何ができるかと、CSVに基づき考えて行動した結果が「ネスカフェ アンバサダー」でもあります。東日本大震災後、「社会を少しでも明るくしたい、職場から日本を元気にしたい」という私たちの考えに共感いただけるアンバサダーさんにコーヒーマシンをお届けしていきました。

そもそもソートがなければ「共感」も生まれないしファンも存在しません。その点はファンベースも、ソートリーダーシップも同じです。一丁目一番地として、自分たちの考え(ソート)をしっかりと整理すること。それを勇気を持って宣言すること。これはファンベースでもソートリーダーシップでも重要だと捉えています。

――自分たちの考え(ソート)を世の中に向けて、どのように宣言すべきでしょうか。

津田 まずは借り物ではなく自分の言葉で語り、その熱量が伝わることが重要です。そして、それを伝える相手をいかに「選ぶ」か、ということだと思います。

自分の考えを誰に話すかは重要なポイントです。本質を理解してくれそうな人に伝えたほうがいい。素晴らしい考えを持っていても、伝わるか分からない不特定多数に叫んだとて多分伝わらないですよね。

それよりも、自分と価値観が近い何人かに話して、「そうだよね」と言ってもらえたほうが、自信がつくじゃないですか。まずは、そこから始めるのがいいと思います。その場で仮に3人に伝わったら、その3人からまた近い価値観の人たちに伝播していくはずです。伝える中身も大事ですが、「誰に向けて伝えるか」を精査することもそれ以上に重要です。

情緒的な価値の創出を、ファンベースやソートリーダーシップの差別化要因に

――ファンベースを実践し、組織変革につなげている企業の取り組みはありますか。

津田 今年でファンベースカンパニーを創業して6年目に突入しました。これまで500件以上の企業や地域のプロジェクトに携わっています。

携わってきたプロジェクトの中から、ピエトロさんの事例についてお話しします。同社は福岡市の上場企業で、ドレッシングやパスタソースなどが有名ですね。ピエトロさんは2020年から「ファンベース経営」を掲げ、専属部署も立ち上げられました。(現在の部署名は「ファンベース推進部」)

ピエトロさんの始まりはレストラン。提供していたオリジナルのドレッシングがとても美味しいと評判になり、顧客の声に応えて商品化されました。創業来から顧客を大切にする文化が根付いています。

「ファンベース経営」の基に、マーケティング戦略も転換され、「ピエトロホームタウン」というファンコミュニティやファンイベントの開催など、ファンと向き合う活動を積極的に展開。業績も好調とのことです。

社内のカルチャー作りにも尽力されていて、ピエトロさんの社員一人ひとりの方の熱量がとても高いんです。社員自体がピエトロのファン。その社員の熱量がファンベース経営を支えられていると感じます。

ピエトロさんのように、最近では経営戦略として「ファンベース」を掲げる企業が増えてきました。大阪に本社を置く上新電機(ジョーシン)さんなどもそうです。我々は創業時から、ファンベースが一過性のバズワードではなく、文化として100年後も残ることを目指しています。じわじわと企業の経営戦略に組み込まれて、「共感」していただいているのはとても光栄です。

――顧客との絆を深めるための秘訣は。

津田 ファンベースにしろ、ソートリーダーシップにしろ、内容は「当たり前」のことだと思うんですね。ファンベースの「当たり前」は、自分たちを愛してくれている顧客を大切にしましょうということ。顧客を人として見ずに、大切にしなくなっているマーケティング施策も多いですね。例えば自動的にターゲティングして広告配信するのは楽ですが、入ってきてくれた顧客とどのように絆を深めるのかという観点が抜け落ちていると、どんどん離脱してしまいます。本当はその部分を先に設計すべきです。

顧客に、「この会社のこのブランドが好き」と思ってもらえるきっかけを作らなくてはいけない。それが機能的な価値だけだと、ほかに良い商品やサービスが出てきたら他にスイッチしてしまう。情緒的な価値をきちんとつくっていくことが求められます。

――なるほど。とはいえ情緒的な価値の創出はハードルが高くはないでしょうか。

津田 おっしゃる通りです。「ネスカフェ アンバサダー」をやっていたときは、このビジネスアイデアが競合に真似されることを見越していました。同じようにコーヒーマシンをオフィスに配ってしまえば、機能的な価値はコピーできますから。だからこそ、機能的な価値に情緒的な価値を加えようと思っていました。

重視したのは、アンバサダーと実際に会って人間的な結びつきを意識してつくること。これは我々と顧客だけの唯一無二の関係性なので、競合が真似しても同じものにはなりません。実際、長年アンバサダーをしている人に話を聞くと、いろんな意見が出てきました。

ある人は、「職場にホッとできる居場所ができることが嬉しい」と話してくれました。みんなが忙しく働いていて、お昼にデスクで弁当を食べることすらもサボっているようで後ろめたかった。だから「公然と一息つける場所がほしかった」と。癒やしやくつろぎを求める意見が他の方からも多くあったため、テレビCMの中でも情緒的な価値の訴求を加えたら、効果が上がりました。

ファン社員こそソートリーダーである

――ファンベースでは社内のカルチャーづくりも重要とお話しされていました。具体的には何をするのでしょうか。

津田 私もメーカーにいたので分かりますが、顧客って最初は「怖い」存在です。クレーム言われないかなとか悪い想像をしてしまう。でも、熱量高いファンに実際に会ってみると、すごく優しくて嬉しい存在なことに気づくんです。

我々はよく、クライアント企業とファンに傾聴する「ファンミーティング」を開催しています。ここではファンと社員でグループを作って、ブランドや商品の好きなところを一緒に話し合ってもらうんです。面白いことに、事後アンケートで「最も良かったことは何ですか?」と聞くと「社員と会えたこと」という回答が最も多い。社員さんの熱量がファンに伝わり、「ああ、こんな社員さんが作っているからこんなに良い商品なんだ」と思うわけですね。

そう考えると、社内にいながら、その企業のファンでもある「ファン社員」こそが、企業やブランドの理念を自分の周りの人やファンに伝えてくれるソートリーダーと言えそうですね。

実際にある企業のファンに、ファンになったきっかけを聞いたら「友だちが工場で働いていて、うちは本当に良い会社だと熱弁していたから」と答えてくれたことが印象に残っています。

我々は独自指標の「ファン度」を活用し、アンケートでファンがどれだけ存在するかを調査しています。縦軸で「現在の好意」、横軸で「ファンステージ(どのように関わっていきたいか)」を聞き、ファンの感情を可視化します。この指標は顧客にも社員にも活用できます。

設問1「現在の好意」と設問2「ファンステージ」の2つの回答を掛け合わせ、顧客の感情を分類する(出所はこちら

社内アンケートの結果を見ると、人事部からすれば「あれ、この人はこんなに自社のファンだったんだ」という人がいるそうです。隠れているけれど実は熱量が高い「サイレントファン」みたいな方もたくさんいらっしゃいます。社内にファン社員がどのくらいいるか、ファン社員たちは会社のどんなところを愛してくれているのか、その辺りをアンケートやインタビューで掘り下げていき、社内カルチャー作りに活かしていくことが重要です。

加えて、近年ウェルビーイングが経営やマーケティングにおいても注視されています。顧客に限らず、社員含めてすべてのステークホルダーを幸せにするための企業活動へと少しずつ変わっていくべきでしょう。そのために弊社では新しい指標「顧客幸福度」「従業員幸福度」などの調査・開発も行っています。

調査結果を踏まえてファンベースカンパニーがまとめた、「顧客幸福度」と「従業員幸福度」を高める要素とメリット(出所はこちら

――顧客向けはロイヤリティ、社員向けはエンゲージメントと表現されるのが一般的です。でもファンベースと言われたほうが伝わりやすいですよね。今は、言葉の使い方が軽視されている気がします。

津田 まさしくそうで、言葉のチョイスはすごく大事なんです。エンゲージメントって、日本語にすると「誓約」とか「婚約」ですよね。ロイヤリティに至っては「忠誠心」。顧客に忠誠を誓ってもらうって、かなり上から目線ですよね(笑)

それもあって我々は、言葉の使い方から変えることを意識しています。伝統的にマーケティングでは「戦略」「キャンペーン(軍事行動)」といった軍事用語が多用されていますが、違和感を覚えることなく刷り込まれているのが現状です。

それこそソートリーダーシップで多くの人たちの「共感」を得ようとするのであれば、言葉の選び方が極めて重要になります。使う言葉にその人や企業の人格や本質が表れますので。

顧客は対等な存在で、ソートリーダーシップでいうところの仲間です。だからソートリーダーこそ、自分たちが本当に良いと思う、仲間同士の言葉を選ぶ必要があります。

バズではなくバイラルの時代。「共感」する人をコツコツ増やそう

――日本企業がソートリーダーシップを通し、新たな顧客や市場を創出する上で、ファンベースの知見・ノウハウはいかに参照すべきでしょうか。

津田 繰り返しですが、不特定多数ではなく、自分の価値観に近い人たちにコツコツ伝えていくことが肝要です。その人の周りには同じ価値観を持った人が必ずいますから、そこを起点にさらに広がっていく。要するに、一過性のバズではなく、継続的に伝播していくバイラルの時代なんです。

小さな企業の小さな取り組みが、みんなに知られて「共感」を得ることが日常的になってきました。一方的な発信ではなく、対話を重視した結果です。企業とファンが対話して、互いの理解を深めながら企業やブランドの良い部分を伸ばしていく。これこそまさに、ファンベースで実行していることです。

――小さな輪が広がった例はありますか。

津田 今日も着用しているのですが、岩手県のヘラルボニーなどは分かりやすい例です。私は4年くらい前にたまたま見かけてデザインが気に入ってハンカチを購入しました。その後、興味をもってブランドについて色々調べていると、「障害のある作家が生み出した異彩アートを日常に取り入れ、障害という言葉のイメージの変容に挑戦する」という創業のストーリーがあることを知りました。個人的にとても共感しました。

この日津田氏が着用していたTシャツもヘラルボニー製

ヘラルボニーが幅広く支持を得るようになった理由は、創業者のソートがしっかりあって、対話を重ねる中でどんどん「共感」の輪が広がっていったからだと思います。始まりは小さくても、ここまで成長できる好例です。

ソートリーダーシップも同じで、自分たちのソートをきちんと長い時間、手間暇かけてたくさんの人に一生懸命話していくしかない。時間の流れに合わせてソートをブラッシュアップしながら、「共感」する人を少しずつ増やしていく。それがやがては大きなうねりになるのではないかと思います。

<取材を終えて>

「バズではなくバイラルの時代」。不特定多数ではなく、自分の価値観に近い人たちに少しずつソートを伝えていく。そこを起点に、同じ価値観を持った人に広がっていく。こうした視点がソートリーダーシップには重要という言葉が、芯を捉えていました。企業や取り組みの大小に関係なく、情緒的な価値に基づくバイラルによって「共感」が生まれ、ファンがファンを呼ぶように仲間が集まっていく光景は、SNSなどを通じて日常的に見られる時代です。
ファンベースにおいては、社内のファン社員と、社外のファンが対等な関係で、同じ言葉を用いて対話を重ねていきます。この前者を「ソートリーダー(ズ)」と捉えるならば、こうした対話の繰り返しが、やがてソートへの「共感」と仲間が増え、大きな輪になっていくソートリーダーシップの過程において、見逃せない重要な役割を担っていると感じます。一方、社員が胸を張って誰かに伝えられない、「共感」していないようなソートには、社外の人も「共感」することは難しいでしょう。社員も含めてすべてのステークホルダーを幸せにできるか企業が問われている今、ソートリーダーシップの重要性もより高まっていると言えます。

インタビュイー:ファンベースカンパニー代表取締役社長/CEO 津田匡保氏

1978年、兵庫県生まれ。大学卒業後、2002年にネスレ日本に入社。営業、マーケティング、新規事業開発、EC事業などを経て、2019年にファンベースカンパニー創業に参画。CEOを務めながらもディレクターを兼務し、数多くのプロジェクトに参加している。「ファンベース」という新たなアプローチで、長く愛される「ファンベースな会社づくり」に取り組む。佐藤尚之氏との共著に『ファンベースな人たち ファンと共に歩んだ企業 10の成功ストーリー』(日経BP)。

ファンベースカンパニー https://www.fanbasecompany.com/index.html

企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、榛葉幸哉、石垣亜純)

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