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【図解コラム】私たちはデジタル情報をどのように電波や光で送っているか

民間企業による人工衛星を使ったビジネスによって、今後10、20年で市場が爆発的に広がると期待されている宇宙産業。さらに人工衛星の通信における媒体が「電波」から「光」へと変わると、地球上ではさらなる高速・大容量・低遅延の通信が実現すると言われています。 

以前、IISE noteのコラム記事では「情報通信において電波と光にはそれぞれどんなメリットがあるのか」を紹介しました(記事リンク)。そもそも、私たちは普段スマホやPCで文字や音声、画像に映像と、さまざまなデータを送り合っています。こうしたデータはどうやって電波と光に変換されて送られているのでしょうか。

情報を電波や光に変換するにはいろいろな方法があるのですが、今回はデジタル信号を送る場合に絞って、電波と光でどうやって通信しているのか紹介していきます。


どうやって「0」と「1」の組み合わせで文字や画像を伝えるのか


前回のコラムでは、ざっくりと次のようなことを解説しました。

・電波と光は「電磁波」の一種で、同じ仲間である
・電磁波の特性は「波長」「周波数」「振れ幅」で示される
・周波数が3THz以下(波長0.1mm以下)の電磁波は「電波」と日本の電波法では定義されている
・波長が1nmから1mmの電磁波は「光」とされている
・電波や光は、周波数が低いほど遠くまで届きやすくなる
・電波や光は、周波数が高いほど送れる情報量が大きくなる
・似た波長の電磁波が多く飛び交うと、干渉が起きやすくなる

電磁波の波長、周波数、振れ幅の図(IISEで作成)

では実際に、私たちは電波や光を使ってどのように情報を送っているのでしょうか。
情報化社会において、文字も音声も映像もあらゆる情報は「0」と「1」の組み合わせの「デジタル信号」で送り合うことが主になってきました

アナログ信号、デジタル信号(IISEで作成)

デジタル信号では、1と0の2種類どちらかの状態を表す情報を1ビット(bit)と呼びます。

1ビットなら「0」「1」の2種類、2ビットなら「00」「10」「01」「11」の4種類、3ビットなら「000」「001」「010」「011」「100」「101」「110」「111」の8種類……と、1ビット増えるたび、デジタル信号で表現できる状態(組み合わせ)は2倍ずつ増えていきます。
一般にnビットを使えば、2のn乗種類の状態を表すことが可能に。10ビットなら1024種類を表せられるのです。

これによって文字を表現する場合。
例えば英文なら、アルファベット(26文字)の大と小、数字の0~9、これにコンマやピリオド、疑問符やカッコといった記号も加えても100種類弱といったところですが、これをたったの7ビット(128種類)で表すことができます。「A」の場合は“1000001”といった具合です。
文字数の多い日本語の場合は、JISコードという標準によって16ビットで表すことができ、「東」という漢字は“0100010101101100”で表わします。

文字をデジタル信号に変換する場合(IISEで作成)

このように半角の英数字1文字を表現できる量として、コンピュータの世界では情報量を8ビット=1バイト(byte)で表現します。
どの文字コードを使うか次第ですが、全角日本語の場合1文字は2バイトで表現が可能。10バイトなら英数字10個や漢字5個、1KB(キロバイト)ならシンプルな形式の短いメール、1MB(メガバイト)なら1年分の日記……というように、バイト数が増えるほど長文のテキストが表せられます。

文字よりも多くのバイト数を必要としますが、同じように音声や画像、映像も「0」と「1」の組み合わせで表現できます。
各サイトを参考にしたざっくりとした値になりますが、800万画素の静止画1枚なら約3.6MB、MP3の音楽1曲なら約4.7MB、HD動画なら5分間で約1GB(ギガバイト)、といった具合です。 

Y!mobileが公表している目安によると、1GBの通信量があれば、メール(ファイル含む)を約2090通、ニュースサイトなどは約3490ページ閲覧でき、4MB/分の中画質の動画なら約4.5時間視聴できるといいます。
私たちが普段何気なく利用しているメールやブラウザ閲覧も、膨大の「0」「1」の組み合わせをスマホやPCが瞬時に送り合うことで可能となっているのです。

デジタル信号をどうやって電波で送るか

 
ここからがようやく本題ですが、私たちはこうした大量の「0」か「1」の組み合わせ、つまりデジタル信号を電波でどのように送っているのでしょうか。

電波とは電磁波の一種であり、電流や磁気の方向や強さが変化したときに発生する、遠くに波のように伝わっていく現象=波(波動)のことだと、前回のコラムで説明しました。

電波で無線通信する場合、音声といったアナログ信号にせよ、デジタル信号にせよ、そのまま送ろうとすると低い周波数同士の電波がぶつかり合ってしまい、遠くへ送ることができません。そのため適した周波数に変えるなど、遠くへ送るのに都合のよい信号にデータを変換する「変調」という操作を行い、受信側はその信号を「復調」という操作で元のデータに戻して読み取ります。

デジタル信号を送る場合は、0か1のデータ列を1つの電波の中で表現できる「搬送波」(※)に混合させて変調を行います。

※搬送波:音声、映像、データなどの情報を伝送するための電波や光による信号波。キャリア、キャリア波とも呼ばれる。

デジタル信号に、適した「搬送波」という電波を混合させて、遠くへ伝送する(IISEで作成)
変調波で「0」と「1」の2信号をどう示すかは、
振り幅の違いによる「振幅偏移変調(ASK : Amplitude Shift Keying)」や
周波数の違いによる「周波数偏移変調(FSK : Frequency Shift Keying)」、
波の位相の違いによる「位相偏移変調(PSK : Phase Shift Keying)」
といった方式がある(IISEで作成)

デジタル変調の代表的な方式には、ASK、FSK、PSK、QAMがあります。1つの電波の中で、ASKは振幅(amplitude)、FSKは周波数(frequency)、PSKは位相(phase、波の山・谷の位置)が異なる波形を2パターン持ち、それぞれを「0」と「1」に対応させることでデジタル信号の伝送を可能にしています。

PSKは特にデジタルデータと相性がとてもよいため、無線LANや地上デジタル放送など無線を使ったデータ通信ではほぼ標準的な変調方法として使われています。さらに波の中における位相のパターンを2種類ではなく、4種類、8種類に増やすことで、2倍、3倍の情報量を送ることができるPSKの方式もあります。

QAM(直交振幅変調)(IISEで作成)

QAM(Quadrature Amplitude Modulation)は直交振幅変調と呼ばれる変調方式。2つの異なる振幅と2つの異なる位相を組み合わせることで、1つの電波の中で16パターンの波形が表現可能、つまり4ビットのデータを送ることができます。PSKでは実現できなかった大容量の伝送が可能になり、4G、5G通信にも使われています。

今紹介した変調方式は、デジタル信号だけでなくアナログ信号の変調にも使う基本的なもので「一次変調」と呼ばれます。実際には、ここからさらに電波を雑音に強く秘匿性を高めるための「二次変調」を加えることで、私たちはデジタル信号を高速かつ安全に送り合っているのです。

光のデジタル信号の送り方

 
ここまでデジタル信号をどのように電波で送っているかを説明しましたが、電波よりもさらに高速に大容量のデータを送れるとして世界に一気に広まったのが光通信でした。

前回のコラムで説明した通り、電波は周波数が高いほど情報を多く載せることができますが、その分、波長が短くなることで大気中の水分やチリにぶつかやすくなり、遠方へ届けるのが難しくなります。電波通信の場合、マイクロ波では最大400Mbpsという通信速度が限度でした。

そこへ、レーザー半導体レーザー(レーザーダイオード)、さらに光ファイバーが開発されたことで、デジタル通信は大きく飛躍を遂げます。

そもそも光通信の原理はすごくシンプルで、デジタル信号(0、1の組み合わせ)を光の点滅(オン/オフの切替)で表します。

モールス光信号機

「ー・ー・(ツートンツートン) ・ー(トンツー) ー(ツー)」で「CAT」と、一昔前の海上の通信は、船からライトを点滅させてモールス信号を送っていましたが、考え方はこれと一緒です。ただ、レーザーダイオードを使えばその点滅をとんでもなく超高速で行えるのです。
 
まず1960年代にレーザーが開発されます。光というのは本来、電灯や蛍光灯、LED電球など光源によって進行方向や波長、波の山や谷の位置(位相)がばらばらです。しかしレーザーというデバイスを使えば、進行方向、波長、位相すべてが揃った”きれいな光“、単一波長かつ純粋な光を発生させることができるようになりました。

レーザー光線

そのレーザー光の放出に、半導体の単結晶を使ったレーザーダイオードが発明されます。1mm足らずの薄さで、そこに電圧を加えると1~2nm程度という極めて細いレーザー光が発生します。これによって、電圧のオン・オフを切り替えることで、光のオン・オフを一秒間に数百億回の速さで行えるようになりました。

半導体からレーザー光が出るイメージ

光で安定した通信を行うには、少ない電力で安定した強さと周波数の光を出せる、なおかつ高速で点滅できる光源が必要だったのですが、レーザー光とレーザーダイオードによってこの課題がクリアされます。
 
しかし、光は波長が短すぎるため、遠くまで届けようとすると大気中の水分などにぶつかって減衰してしまう問題がありました。これらを解決したのが光ファイバーです。

光ファイバー

光ファイバーとは髪の毛ほどの石英ガラスの繊維(ファイバー)の中に光を閉じ込めて、外へ漏らすことなくどこまでも伝えられる技術です。屈折率が高いガラスを、さらに屈折率が低いガラスで包んだ管のような構造になっていて、内側のガラスに光を注入すると、光がガラスの境界面で全反射しながら進んでいきます。

光ファイバーの構造(IISEで作成)

いわば、光を大気に触れさせることなく送り届ける、安全な専用トンネルみたいなものです。

この光ファイバーを束ねたケーブルを海底や地上に張り巡らせ、半導体レーザーによって超高速の光の点滅を安定して届けることで、大量の情報を高速で送り合えるようになりました。

しかもレーザー光は単一の波長なので、同じ光ファイバーの中で別の波長のレーザー光と混ぜて送り、受け手側で分けて取り出すということが技術的に可能です。つまり、1本の光ファイバー内で2種類の波長のレーザー光を使えば、2倍の量のデータが送れます。

1つの波長の光で40Gbpsの伝送を行い、これを1本の光ファイバー内で40個の波長で送れば、1600Gbps=1.6Tbsという超高速・超大容量の伝送が可能になるわけです。

さらに光のON、OFF(振り幅の大小)だけでなく、位相もデジタル信号の「1」「0」に対応して変える「デジタルコヒーレント伝送」という技術も登場。1つの波長だけで100Gbps以上の高速伝送が可能になりました。

光通信はこのように年々高速化が進んでいます。私たちの大量のデータのやり取りが、超高速のモールス信号を何十種類も組み合わせることで瞬間的に行われているーーと思うと、あらためて科学技術の進歩は凄まじいです。


「0」「1」の組み合わせを、速く、大量に送る技術が、どれほど進化してきたか仕組みは理解できたでしょうか。

最後に紹介したのは光ファイバーを使った“有線”の光通信でしたが、今後の通信でカギを握るのは、無線の光通信です。実現化されれば、光ファイバーが敷設されてない地域に情報を高速で届けられるだけでなく、飛行機、ドローンなど移動する機体に高速大容量なバックホール通信が提供され、新たな通信サービスが生まれたり、既存サービスも大幅に能力が向上したりするでしょう。

そして人工衛星の通信にはこれまで基本的に電波が使われていましたが、人工衛星と地上、人工衛星同士の間も光で無線通信できるようになれば、インターネットが普及したときと同じようなインフラ革命や市場の拡大が起きると予想されています。実現には技術的な課題が残っていますが、光衛星通信は2040年代までに実現するだろう、と専門家も予測しています。光衛星通信の可能性については、こちらのインタビュー記事をご覧ください。

 

企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
文・図版作成:黒木貴啓(ノオト)

 

参考文献

(Webサイトへの最終アクセス日はいずれも2024年5月24日)

 ・井上伸雄(2018).『「電波と光」のことが一冊でまるごとわかる』. ベレ出版
・井上伸雄(2016).『情報通信技術はどのように発達してきたのか』. ベレ出版
・著:堀越智,三谷友彦,樫村京一郎(2021).『光・電波・電磁波の基本と応用がよくわかる本』. オーム社
・塩田紳二.”電波で情報を送れる仕組み 1”.ITmediaビジネス.2005年06月13日
・水野勝成.”きっちり知りたい無線LANの変調技術の基礎”.ASCII.jp.2009年09月17日
・”電波を使ったデータ伝送と変調”.Tech Web.2016年12月20日
・”アナログ信号とデジタル信号とは”.ロームWebサイト
・”データの単位”.「ほぼ日」コンピュータ用語辞典
・”容量のめやす”.風見鶏
・“ご利用用途ごとの目安”.Y!mobile公式サイト