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林業の情報をつなげるブロックチェーン〜ネイチャーポジティブに向けたICTの可能性〜

 IISEでは環境ソートリーダーシップ活動の一環として、ネイチャーポジティブに向けたICTの可能性を本シリーズで考えていきます。
 企業がネイチャーポジティブに向けた取組を進める際には、サプライチェーンでの環境負荷を川上まで追っていく仕組み(トレーサビリティ)が必要になります。トレーサビリティに使える新技術として、ブロックチェーンという技術があります。今回は、林業におけるトレーサビリティにブロックチェーンを使う試みについてみてみたいと思います。


木材の情報をつなげ、価値をつなげる

 NECソリューションイノベータでは、宮城県林業技術総合センターや宮城県内の林業者とともに、林業におけるサプライチェーン・バリューチェーンの情報を相互共有化するデジタル管理システムの開発を進めています(農林水産業みらい基金事業)。目指しているのは、「林業のDX」の実践による持続的な地域社会の構築です。
 林業では、木材の伐採から最終消費者に住宅や製品が届くまでに、多くのステークホルダーが関わります。例えば、住宅用木材では、林業者による素材生産(伐採)、製材事業者による素材加工、工場でのプレカット、建設会社による住宅の施工と販売、といった流れで木材の加工流通が行われ、最終消費者に住宅として届けられます。木材の流通には、伐採情報・製材情報・加工情報・施工情報といった情報や、木材の合法性[1]や森林認証[2]などのサステナビリティに関わる情報を共有することが求められます。現在、これらの情報は電話・訪問や紙をベースにして事業者間の情報がやり取りされています。情報はサプライチェーンを通じて共有されることが望ましい姿ですが、現状では1つ手前のサプライヤーからの情報に頼ることになります。サプライチェーンをさかのぼった情報の追跡が難しく、場合によっては、情報自体の正確性を担保することができない状態を招きます。
 今回の試みは、ブロックチェーン[3]によって、情報をデジタルで共有することで、簡易的かつ正確なトレーサビリティを実現しようというものです。ブロックチェーンを用いることで、川上のサプライチェーンの情報がいつでも参照できるようになります。各ステークホルダーは、製品に貼られたQRコードを使って情報にアクセスできます。
 デジタルでのデータ共有化によって、生産・販売・流通の構造が変わることが期待されています。これまでサプライチェーンの間に壁があった情報の流通が円滑化することで、モノと情報が一緒に流通するようになります。情報を新たな価値を生み出すビジネスツールとして用いることで、ステークホルダーがバリューチェーンにおける価値向上を共創することを目指しています。最終消費者は、施工販売業者からの施工情報により、どのような山林から生産された木材でできた家なのかわかるようになります。施工販売会社は、プレカット業者からの加工情報により、材の供給量がわかるようになります。プレカット業者は、製材加工業者からの製材情報により、適正を在庫量が把握できるようになります。林業者は製材加工業者とのデータのやり取りにより、どれくらいの素材生産が必要かわかるようになります。これまでアナログでばらばらに保持されていた情報が一つにつながり、ステークホルダー間の合意形成のあり方が変わり、モノと情報が一体となったサプライチェーンが構築されます。情報を共有化、可視化することが、林業のDXの起点になると期待して、この技術の開発が開始されています。
 ブロックチェーンの情報には、森林認証や合法木材証明などの情報も蓄積することができます。サステナビリティやコンプライアンスに合致していることが、サプライチェーンの川下のステークホルダーまでわかるようになります。デジタルによるトレーサビリティの情報や管理情報によって、認証の審査も合理化されることが期待されます。将来的には、CO₂吸収・固定量や、生物多様性への配慮の情報もブロックチェーンに収納して可視化することも可能となります。これにより、脱炭素社会やネイチャーポジティブに対する林業の貢献が可視化されるポテンシャルを持っています。

図 ブロックチェーンによって変わる林業の情報流通 (出典:宮城県林業技術総合センター/NECソリューションイノベータ資料より筆者作成)

スマート林業で効率性向上と環境保全へ

 スマート林業とは、ICT、AI、センサー、ドローンなどの先端技術を駆使して、森林の管理や伐採、生産性向上、環境保全を効率的に行う取組です。例えば、下表のような技術の導入可能性があります。これらの技術を活用することで、作業効率の向上、コスト削減、森林の持続可能な利用が実現されます。特に、森林面積が広い日本では、地形の多様性や高齢化による人手不足に対応するため、スマート林業の重要性が増しています。

表 スマート林業に関わる技術

出典:各種資料より筆者作成

 スマート林業の利点は、効率性向上と省力化です。ICTを活用することで、森林資源の管理が従来よりも迅速かつ正確に行えるようになります。ドローンや衛星画像を使ったリモートセンシングにより、広範囲の森林データを短時間で収集できるため、現地調査の負担が軽減されます。また、GISやクラウド技術を活用して収集データを可視化し、一元管理することで、作業計画や伐採のタイミングを最適化することが可能です。さらに、自動化された伐採機械などの導入により、作業の人手依存を減らし、高齢化や労働力不足に対処する効果があります。
 また、環境保全と持続可能性の推進にも活用が期待されます。スマート林業は、森林火災や病害虫の早期発見、生態系モニタリングを可能にし、森林環境を健全に保つ役割を果たします。リモートセンシングやIoTセンサーを活用することで、CO₂吸収量や森林の健康状態をリアルタイムで把握し、科学的根拠に基づいた持続可能な森林経営が実現できます。これにより、過剰な伐採を抑制しつつ、必要な木材資源を安定供給することが可能になり、地域経済や地球環境保護に寄与します。

自然を守る産業としての林業

 日本の森林面積は約2,503万haあり、国土面積に占める割合は約66%となっています。つまり、森林保護は国土の保護そのものとなります。また森林は、降雨を吸収することで土壌流出を防ぎ、植物を分解することで川から海に適度な栄養分を供給し、海の環境を間接的に支えています。林業は、森林を維持管理し、ひいては国の自然を守るための重要な産業です。
 一方で、林業は産業として継続するための課題を抱えています。日本の林業従事者数は14.6万人(1980年)から4.4万人(2020年)へと40年で3分の1まで減少しています。戦後に植林された人工林が成熟期を迎えており、森林整備のためには伐採と再造林を進めなければいけませんが、適切な伐採や利用が進んでいないことが社会的課題となっています。森林の手入れ不足により過密林や放置林が増加すれば、土壌の劣化、生物多様性の現象、水資源の供給力低下につながります。スマート林業は、作業の効率化によって、人手不足の解消や持続可能な森林管理を実現するために必要な取組になっています。効率化や安全性が向上することで、林業が若者に魅力的な産業となることにもつながることも期待されています。

Editor’s Opinion

 今回の林業の情報をつなげるブロックチェーンの開発は、情報のあり方を変えることで、林業の仕組みを変えようという試みです。一方、従来の林業従事者は、ICTの活用に対して慣れていない人が多い模様です。技術を発展させるとともに、それを使う人たちの受容性も重要な取組となっていきます。近年では、若い世代の林業従事者が増加傾向にあります[4]。ICTによる技術の発展と、若い世代による新しいチャレンジが両輪で進めば、自然を守るために重要な林業が魅力的な成長産業となることが期待できるのではないでしょうか。

(IISE 藤平慶太)

 <参考資料>
加治佐剛、寺岡行雄、『スマート林業から林業DXへ ICT林業の最新技術』(2022年)、全国林業改良普及協会
林野庁、「スマート林業実践マニュアル」(2023年)、https://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/smartforest/attach/pdf/smart_forestry-1.pdf
林野庁、デジタル林業戦略拠点、https://www.rinya.maff.go.jp/j/kaihatu/digital/digital.html
宮城県林業技術総合センター/NECソリューションイノベータ、令和6年農林水産業みらい基金事業発表資料(2024年12月)
林野庁、「森林・林業・木材産業の現状と課題」、https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/genjo_kadai/

<取材協力>
宮城県林業技術総合センター


[1] 木材の合法性:木材が適法に採取されたものであり、違法伐採や不正な取引に関与していないことの証明。

[2] 森林認証:適切に管理された森林を第三者が認証する制度で、違法伐採防止や持続可能性の確保を目的とする。FSC(Forest Stewardship Council:森林管理協議会)が代表例で、認証製品にラベルが付与される。

[3] ブロックチェーン:データを安全に記録するための仕組み。情報は「ブロック」と呼ばれる単位にまとめられ、時間順に鎖のようにつながっている。この仕組みにより、データの改ざんが非常に難しくなる。さらに、記録は多くの人が共有して確認できるため、信頼性が高いのが特徴。仮想通貨(ビットコインなど)のほか、契約、物流、投票などさまざまな分野で活用されている。従来型の中央集権型データベースでは、中央機関や仲介者が必要となったが、ブロックチェーンではそれが不要になる。

[4]林業の若年者率(35歳未満の割合)は、1990年の6%から増加傾向となり、2020年には17%となっている。