ソートリーダーシップの実践事例【Vol.3】 ヴィレッジヴァンガードとサブカル
ビジネスの世界では古今東西、様々な創造的取り組みが為されてきました。後から振り返ると、「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)」の教科書的な事例、ケーススタディといえるものも少なくありません。
様々な事例をビジネスの潮流や市場の拡大などの実績から俯瞰的に見つめなおし、学ぶべきところを見つけ出していきます。
BtoCのソートリーダーシップ、ヴィレッジヴァンガード
第三回で取り上げるのは、超ニッチ戦略のお手本でもあり、時代の流れや社会文化を背景にサブカルの殿堂と評されるまでに成長し、「遊べる本屋」という考え方を広めたヴィレッジヴァンガード。BtoCにおけるソートリーダーシップの事例として、マニアックに読み解いてみます。
ソートリーダーシップの観点から見た、ヴィレッジヴァンガードとは?
※IISEが考えるソートリーダーシップの定義についてはこちら
新しい考え方を提示することで共感者を集め、その結果として新規市場を創造する手段として有効なソートリーダーシップ(詳しくはこちら) 。そのようなアプローチは、マーケティングでいうニッチ戦略と相性がよいはず。
最初は小さな池の大きな魚を目指す。
その後に池を大きくしていく。
これがニッチ戦略の基本的なイメージ。
ニッチ戦略の難しいところは、セグメントした市場における模倣困難性の高いポジショニングを維持し続けられるどうか、これに尽きる。テストマーケティングやパイロット版でニッチ戦略に手応えをつかんだとしても、その多くが市場や売上の拡大に伴いメジャーブランドと同質化していくことで、差別化の要素は失われていく。かようにニッチ戦略は難しい。
深夜の時はすごく面白かったはずのテレビ番組が、ゴールデンタイムに昇格した瞬間につまらなく感じ、その番組を見なくなったという話はよく聞く。ニッチ戦略の難しさとはそういうことだ。
ヴィレッジヴァンガードの「超」ニッチ戦略
さて、ヴィレッジヴァンガードに話を戻そう。
ヴィレッジヴァンガードが示した「遊べる本屋」という考え方(ソート)を理解するには、サブカルの殿堂と評される(リーダーポジション)までに至る過程において、その時代性や社会文化を見ていかねばならない。
平成、90年代、下北沢、吉祥寺、ヴィレッジヴァンガード。
この言葉で感覚的にピンとこない方は、今回の事例は少しわかりにくいかもしれない。ヴィレッジヴァンガードの「超」ニッチ戦略に敬意を表して、今回は特にこれらにピンとくる読者に向けた参考事例になればと思います。
インターネットが一般化する前から携帯電話が一人一台に普及していくまでの時代。90年代当時、情報を得る手段として本や雑誌は大きな存在だった。
本屋に行く。図書館に行く。
そうした行為が、生活と密接にかかわっていた時代。
遊びや趣味の情報も仕事の資料調べも、本屋に行く。図書館に行く。
今では想像できないくらい、紙の本や雑誌は身近な情報の宝庫だった。
本屋は静かな空間だ。
そこで人々は黙々と、本や雑誌を選ぶ、探す、見る、読む、調べる、借りる、そして買う。
図書館ならばさらに、咳ですらはばかられるほどの静寂。
つまり、本屋では遊べない。
遊べる本屋。
新宿、渋谷、吉祥寺の三角形。
ある劇作家が言ったその三角形に入るのは、下北沢、明大前、高円寺、中野。
1998年、ヴィレッジヴァンガード吉祥寺店が開店する。東急百貨店の裏路地、メインストリートから一本入った地下一階。この立地こそ、サブカルの殿堂と呼ばれる真骨頂。たたずまいからは矜持を感じ取れる。
そのキーワードは、サブカル、文学、映画、音楽、写真、アニメ、アングラ、旅。
まさに、何でもあり。それが「遊べる本屋」なのだ。
ソートは文化になりえるか?
マスメディアが隆盛だった1970~80年代、企業が発信するテレビ広告やグラフィック広告の表現は時代の空気を反映し、その時代の文化を生み出してきた。BtoCにおけるソートは、それに似ていると仮定してみる。ならば、ソートは時代の空気を反映し、時代の文化を生み出すこともできる、と考えられないだろうか。
この考え方に、創業者の菊地敬一氏の哲学が凝縮されている。
ヴィレッジヴァンガードの「遊べる本屋」は、従来からある本屋や図書館の当たり前の概念を再定義し、「超」ニッチにこだわり、サブカルに集まるコアファンを惹きつける。
店の前を歩いた人が立ち寄る確率「5%」を目指す。残りの95%は、対象ではないとする。企業としてはとても勇気のいる戦略だ。しかし、その「5%」は店の哲学に「共感」し、再訪し、購買する。さらにそのうち何割かのコアファンは、店にアルバイトとして勤め始める。その後、OJTや研修を経てやがては社員や店長になっていく。ここに、共創の原点がある。
ビジネスの基本は「顧客単価×販売数」である。
コアファンの顧客単価を維持向上し、来店頻度と購買回数を維持向上する。ニッチ戦略の醍醐味は、この最大化にある。それを実現するためには、こうした共創は不可欠だ。買い手のインサイトを知っているものが売り手にまわるのだから。
「遊べる本屋」というソートを、サブカルの殿堂(リーダーポジション)にまで導いた時代の空気とは何か。
こう考えてみよう。4マスの影響力が強くテレビを中心としたメインカルチャーがしっかりと存在した時代から、インターネットの普及、スマートフォンとSNSの広がりに至る現在までのその期間、サブカルのうつろいゆく現在地としての空気感を体現していたのではないかと。
劇作家であり早稲田大学教授でもあった宮沢章夫氏は「サブカルの定義は、ヴィレッジヴァンガードにあるものと、そうでないもの」と評している。
出版業界の日本における売上ピークは1996年。出版物はマスメディア、メインカルチャーのど真ん中に存在し、それを売る本屋も、メインカルチャーの一端を担っていた。ヴィレッジヴァンガードが行ったのは、そこに「遊べる」という要素を追加して、ずらしていくということ。
「遊べる本屋」。サブカルとの相性は抜群だ。
メインカルチャーとしての「本屋」は、遊ぶ場所ではない。
遊ぶとはなんだ。いやいや、遊んでもいいじゃないか。
このように「ずらしていく」こと。
まさに、サブカルのプライドが、そこにある。
時代の先駆者となったヴィレッジヴァンガード
もう一つ。ヴィレッジヴァンガードが生み出した、時代の文化とは何か。
カフェ併設の本屋、家電や家具売り場と一体となった書店、雑貨店やファッション業界などとコラボレーションするブックストア。今でこそ当たり前、しかし当時はまだ珍しい存在だった。
現在、本はアマゾンなどのネット購入が普通になった。デジタル書籍も、もはや当たり前にある。本屋は今や「本を買う場所」というだけでは、ビジネスとして成立しにくい時代になった。書店の数がこの20年間に半減したというデータもある。
そうした本屋は何かを体験する場所、集まる場所、遊ぶ場所であり、文化の交差点になっているのではないか。
「遊べる本屋」はその先駆者として、時代の文化の一端を作っていった。そうはいえないだろうか。
ネット販売全盛の現代において、あの空気感を生み出した世界観をどうアップデートするのか。ヴィレッジヴァンガードが教えてくれるのは、時代性、外部環境分析の大切さであるだろう。
2024年現在、ヴィレッジヴァンガード吉祥寺店は、もうない。
ヴィレバンが、サブカルの殿堂(リーダーポジション)となった「遊べる本屋」というソートを、今の時代にどのようにアップデートするのか、その新たな世界観に期待しています。
今回はここまで。
また次回。
文:IISEソートリーダーシップHub 鈴木 章太郎
企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、塩谷公規、石垣亜純)
出典・参考文献
『ヴィレッジ・ヴァンガードで休日を』菊地 敬一(著)
『NHK ニッポン戦後サブカルチャー史』宮沢 章夫(著, 編集), NHK「ニッポン戦後サブカルチャー史」制作班(著, 編集)
『NHK ニッポン戦後サブカルチャー史 深掘り進化論』宮沢 章夫(著), 大森 望(著), 泉 麻人(著), 輪島 裕介(著), 都築 響一(著), さやわか(著), NHK「ニッポン戦後サブカルチャー史」制作班(編集)
『推しエコノミー 「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』中山 淳雄(著)
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95%の人に嫌われる「ヴィレッジヴァンガード」戦略:5%の人が満足(1/3 ページ) - ITmedia ビジネスオンライン