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カリスマ的創業者からソートを受け継ぎ、組織型のソートリーダーシップ確立に挑む ~対談・ポピンズ 轟代表取締役社長グループCEO×IISE 藤沢理事長

自社の考え(ソート)を社会に広く発信し、共感する仲間を集めて実現を目指す「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)活動」。これを体現している企業の経営層やキーパーソンの方々との対談を通じて、「ソートリーダーシップ活動」のヒントを探っています。

第5回のお相手は、ポピンズ代表取締役社長グループCEOの轟麻衣子氏。女性を中心に、働く人のワークライフバランスを支える保育や介護のサービスを充実させ、人材育成に取り組み、大きな成果を上げています。創業者からソートを引き継ぎ、組織として進めるソートリーダーシップのあり方についてお聞きしました。


2つの「キセイ」変革を同時に推進

藤沢 ポピンズさんは全国で330カ所以上の「エデュケア(※)」施設(認可保育所、認証保育所、学童保育・児童館、事業所内保育所等)を運営され、保育士やナニー(保育のプロフェッショナル)、ベビーシッター等の研修や認定事業を展開されています。

※エデュケーション(教育)とケア(保育)を組み合わせた言葉

 当社の起源は、創業者である私の母が1985年に設立したJAFE(日本女性エグゼクティブ協会)です。その翌年にナニーの養成を始め、在宅保育サービス、高齢者住宅ケアサービスなどへ発展させていきました。メリルリンチ証券やパナソニックグループ、財務省などを含む多くの法人契約を経て、2016年10月にポピンズホールディングスを設立。現在のグループ体制を確立しました。私自身は2018年4月に2代目の社長になりました。

ポピンズ 代表取締役社長 グループCEO 轟 麻衣子 氏

JAFEでは管理職を目指す女性の勉強会「JAFEセミナー」を始め、多くの企業人や政治家にご登壇いただき、様々な学びを提供してきました。現在でも人気を集めています。「働く女性の支援」という当社のビジネスモデルも、そこから生まれました。

当社の強みは、現場の力です。3000人ほどの社員・スタッフが、毎日およそ1万人のお子様をお預かりしています。保育士や保育施設も、最高レベルの品質にこだわっています。

例えば、TAKANAWA GATEWAY CITY内に2025年4月開園予定の港区認可保育所「(仮称)ポピンズナーサリースクール高輪ゲートウェイⅠ」は、空をイメージした開放的な空間で、未来を象徴する美しい保育園です。保護者の方がひと目見て「家にいるよりずっと良い!」と思っていただけるような空間でなければ、大切なお子様を預かることはできませんし、そもそも保育園のイメージそのものを変えたいという思いもあります。

ポピンズナーサリースクール高輪ゲートウェイⅠのイメージ。内装デザインは「空」をコンセプトに、室内全体の壁や天井にはどこまでも広がる空を描く

藤沢 育児のプロに子供を預かってもらうのは、重要なことです。すべての親が、子育てのプロとは限りません。なぜ家庭に多くを期待するのかと、いつも考えてきました。

JAFEという中立的な組織からスタートしたポピンズさんと同様に、IISEもシンクタンクという独立した立場でソートリーダーシップの啓蒙と実践に努めています。民間企業ではなく、団体という立場で社会課題に向き合うことについて、どのようにお考えでしょうか。

IISE 理事長 藤沢 久美

 様々なデータを学術的な見地で分析し、それをエビデンスとして語れる点が、大きな強みだと思います。JAFEには、様々な企業の経営トップが参画してくださいました。当時のデータ収集はアンケート調査が主でしたが、民間企業と違って中立な立場で実施できるため、より実態に近いデータが取れてきたと思います。

創業者である母はよく「キセイ改革は、2つの戦いだ」と言っていました。「規制(ルール)を変える戦い」「社会の“既成”概念を変える戦い」です。この2つを同時に進めなければ、世の中は変わりません。だからほとんどの活動が10年越しになるし、それを覚悟して挑み続けるコミットメントがなければ成功しません。JAFEはそれを進める基盤となってきました。

藤沢 2つの戦いのお話は、よくわかります。国のルールを変える活動は、民間企業よりNPOのような非営利組織の方が向いていると思います。競争相手という立場を超え、多くの企業や大学が協力できる中立的な基盤として、JAFEを設立されたことは理解できます。

一方、既成概念を変える活動は、NPOだけだと少し弱いですね。サービスや製品という形で、アイデアを具現化していく強い力がないからです。ビジネスとしてやれば、「思い」を100%乗せることができるし、サービスや製品が社会に広まれば、おのずと人々の既成概念を変革できます。JAFEとポピンズさんの両輪で進めるというのは、バランスの取れた方法だと感じます。

内部への発信により、多くのソートリーダーを育てること

 世の中を変える取り組みは、10年越しになると話しました。しかし、実はルールを変えなくてもできることはたくさんあります。

藤沢 今のルールのまま社会を変えるには、どのようなことが必要ですか。

 人と人のコミュニケーションのズレを直していく活動が必要です。関連性がありそうな人と積極的に話をしたり、内閣府の質問箱みたいなところに提言を出したりしています。

例えば、ベビーシッターがなかなか普及しなかった理由の1つは、子育てを他人に任せることへの抵抗感だと思います。せっかく国や自治体がベビーシッターの利用を促しても、3歳までは母親が育てるべきなど「三歳児神話」が先行していたことも障壁となっていました。さらによく見ていくと、ボトルネックはベビーシッターの認定が停滞している点にありました。私たちは独自に研修をしていましたので、その実態を内閣府(現こども家庭庁)と厚労省に説明し、ポピンズの基礎研修そのものが、認定研修になりうるということを示し、受け入れられたことで認定ベビーシッターの人数拡大にも貢献できました。

その結果、ポピンズの基礎研修を終えたナニーやベビーシッターは、「こども家庭庁ベビーシッター割引券」や「東京都ベビーシッター利用支援事業(一時預かり利用支援)」の割引対象になっています。制度やルールは変えていませんが、いろいろな方と話をさせていただいた中で実現しました。現在は、それが強みとなり差別化となっています。

また、若い政治家や官僚、ベンチャー経営者の方々と、勉強会のようなことをしています。こうした勉強会で情報を集め、政府に提案したい内容を事前に議論しておくと、提案内容を政府が取り組みやすい形に調整したり、提案に最適なタイミングを図ることができます。大臣に持って行っても「まさに今、委員会で議論している最中だよ」とか「この内容なら、うってつけの担当者がいるよ」といった具合に、話が通りやすくなるのです。

藤沢 勉強会がきっかけとなって、若手政治家もどの省庁でどんな議論をしているかを調べやすくなるし、ルールの立て付けがどうなっているか、どの省庁がどのような思惑で進めているかといった状況が見えやすくなると思います。

 私たちも、すごく勉強させていただいています。保育や介護の課題はややこしく、改善すべきポイントがたくさんあります。こうした取り組みの中で、どこかの自治体で事例を作ることができれば、そこから広げていくことも可能になります。

藤沢 まさに、ポピンズさんの現場力とインテリジェンス力のたまものですね。加えて、発信や見せることにもこだわっています。ソートリーダーの発信については、どのようにお考えでしょうか。

 外部への発信も大切ですが、まずは組織の内部の人たちにしっかりと伝えることを考えています。視覚に訴えると伝わるのか、それとも聴覚に訴えるといいのかは、人それぞれ。1人ひとりに最適解を見つけてしっかりと伝え、自分ごととして捉えてもらうことができれば、その1人ひとりがソートリーダーとなり、外部へ発信してくれるようになるからです。組織が行うソートリーダーシップとは、そういうものではないでしょうか。

藤沢 企業がソートリーダーシップを発揮していくには、社内にソートリーダーを育てる必要があります。企業としてメッセージを打ち出し、実際に社会を変えていく。学ぶべき大事なあり方だと思います。

英国の中学校へ入学、強烈なマイノリティ体験を得る

藤沢 2代目社長として経営を引き継がれた後、2020年に上場を果たされました。

 創業時から、良くも悪くも創業者のカリスマ性とリーダーシップで発展してきた会社で、怒涛のような数十年を過ごしてきました。上場した大きな目的は、公的な企業としての体制をしっかりと構築することです。サービスの持続可能性を高めるためにも、デジタルトランスフォーメーション(DX)や人工知能(AI)の活用を進めていくためにも、企業として必要なガバナンスを整備する必要があります。

轟社長の母・中村紀子氏による著書『「なぜダメなの?」からすべてが始まる ポピンズ30年の軌跡』を手に取る

藤沢 事業をしながら社会を変えていくには、ガバナンスが欠かせません。外から見ても、責任を全うできる会社であることがわかる仕組みと、担保できるデータの信頼性を高めることが必要です。

そうなると、組織としてのソートリーダー活動がますます重要になってくると思います。創業者であるお母様が自身の原体験からビジョンを発信し、持ち前のカリスマ性とリーダーシップによって形にされた。その価値を持続可能なものとするため、轟さんが2代目のソートリーダーを担われています。ソートリーダーとは、どのように引き継がれていくのでしょうか。2人の「思い」は、必ずしも同じではないでしょう。

 創業者である母がロールモデルであったことは、私にとって大きな価値です。母は長く東京で働き、私は祖母の家で地元の小学校に通っていました。平日はずっと別居です。母親というより1人の女性として、客観的に見る機会が多かったように思います。でも、週末は2人で濃密な時間を過ごせましたから、私は母が大好きでした。

12歳の時に、母が「あなたは何でもできる。何をしたいか、自分で決めたらどうか」と言いました。地元の公立中学へ行くか、受験して東京の中学校へ行くか。複数の選択肢の中に、英国の寄宿舎中学校への入学がありました。「なんだか楽しそう」という単純な発想で、私はそれを選択したのです。その後、外国生活の大変さで泣き続けることになるとは知らずに。

藤沢 英国留学の経験は、ご自身の成長にどのような影響がありましたか。

 自分が知る世界だけが正解ではないということを、身を持って理解できました。

英語ができない状態で英国に渡った私には、強烈なマイノリティ経験が待っていました。「英語が話せないのは、頭が悪いからだ」と勝手に判断され、ずいぶん理不尽な思いをさせられました。ある時、「日本人がイルカを撲殺して食べている」という記事が写真入りで新聞に載り、それを基に授業が行われ、「野蛮な国だ」と言われて泣いたことがありました。日本の祖父に伝えたところ、祖父は英国の記事の元になった日本の新聞記事を探し出し、送ってくれました。実は「病気で苦しむイルカを可哀そうに思い、安楽死させた」という記事だったのです。すぐにクラスメートに見せて説明し、名誉を回復しました。

そんな経験をきっかけに、私は「日本の代弁者」としてここにいると気づきました。私がイエスと言えばイエスとなり、ノーと言えばノーとなる。母国のことをしっかりと語れてこそ、グローバルな人材になれると理解したのです。

藤沢 ソートリーダーには広い視野が求められます。マイノリティ経験は、その重要な基礎になるでしょう。世界をたくさん見てきたことも、一助になりますね。

 そうですね。母は何でもイチからやろうとしましたが、私は世界を見せてもらった分、すでに他国に良いものがあるのなら日本でも活用しようという発想を持っています。

後継者を育て、組織としてのソートリーダーシップを目指す

藤沢 轟さんはお母様の後を継ぎ、お母様とは違うタイプのソートリーダーになっていますね。次のソートリーダーは、どのように育てようとお考えですか。

 私のソートリーダーシップのスタイルは、母とは真反対と言えるほど違うと思います。きっかけは、書籍『Collective Genius: The Art and Practice of Leading Innovation(ハーバード流 逆転のリーダーシップ)』を書かれた米ハーバード大学のリンダ・ヒル教授と、母を交えて3人でお会いする機会があったことです。

この時、ヒル先生は「この会社をゼロから作った紀子は素晴らしいけれど、この先、この会社を誰がチームとして経営していくの? コレクティブ・ジーニアスの采配ができる麻衣子のようなリーダーがいてもいいんじゃない」と言われました。母のようにはなれないけれど、私は私の流儀でやればよいと思えた瞬間でした。

むしろこれからの時代、私の強みが活かせるのかもしれません。母からバトンを受け継ぎ、「思い」をつないでいけるのではないかと思いました。

私は社長になったその日から、後継者を育てるサクセッションプランを考えています。異なる得意分野を持つ人でチームを作り、理想や「思い」を実現していく、チーム経営というスタイルをとっています。

ポピンズは2トップ体制の期間を経て、轟社長による1トップの新体制へと移行。
創業期からの「思い」を継承しながら、コーポレートガバナンス強化とさらなる成長を目指す

今の若い世代は、有名なブランド企業に勤めるより、自分を活かしてどのような社会貢献ができるかに興味を持っています。その人生と経験を、ポピンズという場を通してどう活かせるのか。本人と企業の「思い」がうまくつながった時、ソートリーダーのような人が生まれてくるのでしょう。

藤沢 ソートリーダーというと、「カリスマ的」起業家のイメージが強いですよね。それはそれでもちろんいいのですが、企業が組織としてソートリーダーシップを発揮することも重要だと思います。

「自分には、ソートが生まれるきっかけとなるような原体験が無いから、ソートリーダーになれない」という人がいます。しかし、ポピンズさんという場にいることで、原体験は増えていくはず。ポピンズさんのような組織は、ソートリーダーを生み出す土壌になり得ると思います。

聞き手:IISE 理事長 藤沢 久美

<対談を終えて>

強烈な個性をもって人々を惹きつけてきた創業者である母。なぜ、そんなにみんなから好かれていたのかと、轟社長に聞いてみました。母はどんなときでも笑顔で明るく、そして目が輝いていたと、轟社長はいいます。熱量、エネルギー、目のきらめき。自社のソートが「共感」を得て、仲間が増えていく根本にはそれがあるはず。もちろん轟社長自身も、笑顔で楽しそうにお話をされていました。
「2代目」としてソートを受け継ぎ、発展させていくのは簡単ではありません。しかし、轟社長が「私は私の流儀でやればよい」「むしろこれからの時代、私の強みが活かせる」と感じたエピソードは、胸を打つものです。ソートリーダーのあり方は一つではありません。その人や企業に合った姿があるはず。根本には熱量を。そして、まずは今あるものをベースに始めてみること。属人的でない、継承されていくものとしてのソートリーダーシップを体現しうる轟社長とポピンズさんの挑戦に、今後も期待したいと思います。

藤沢 久美

大学卒業後、国内外の投資運用会社勤務を経て1995年、日本初の投資信託評価会社を起業。1999年、同社を世界的格付け会社スタンダード&プアーズに売却。2000年、シンクタンク・ソフィアバンクの設立に参画。2013年~2022年3月まで同代表。2022年4月より現職。https://kumifujisawa.jp/

企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、榛葉幸哉、石垣亜純)

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