【シリーズ】ネイチャーポジティブに向けたICTの可能性:IISE『GX VISION』からみるネイチャーとICT
IISEでは、ネイチャーポジティブ(自然再興)に向けたICTの可能性についてのソートリーダーシップ活動を行っています。IISEのnoteでは、これから複数回にわたって、ネイチャーポジティブに向けたICT活用の潮流に関しての情報発信をおこなっていく予定です。また、「IISEウェビナー」でも、今後も有識者などをお呼びして皆様と一緒に本テーマに関する探索活動をおこなっていきます。
今回は、IISEが2024年4月に公開した『GX-VISION(地球と共生して未来を守る)』をみながら、ネイチャーポジティブとICTの関係について考えてみます。
ネイチャーポジティブへの社会の関心の高まり
ここ数年で、企業によるネイチャーポジティブへの関心が急速に高まっています。国連における「昆明・モントリオール生物多様性枠組」(2022年)の採択や、『TNFD最終提言v1.0版』(以下、TNFD)(2023年)の公開がその契機となっています。昆明・モントリオール生物多様性枠組では、「2020年を基準として2030年までに自然の喪失を食い止め、逆転させ、2050年までに完全な回復を達成する」という世界的な目標を設定しています。TNFDは、企業や団体が自身の自然環境や生物多様性への影響を評価し、情報開示するための枠組みです。事業活動が自然環境とどのように関わっているかを見える化し、資金の流れを自然再興に向かうようにすることが目的となっています。これらの枠組みができたことで、先進的な企業は、事業活動と自然との関係性を依存、影響、リスク、機会の指標で分析し、その結果を開示するようになっています。
企業は自社の取組を開示する以上、株主や顧客などから、ネイチャーポジティブに向けた取組を行うことが求められるようになります。その取組とは、事業活動のバリューチェーン/サプライチェーン全体での自然環境(生態系、水資源、大気、土壌など)への影響の回避・軽減、さらに自然環境の復元・再生への寄与、ということになります。この取組は、気候変動対策と同様に、企業活動の重要課題となる潮流にあります。
このような流れの中で、ネイチャーポジティブに向けてICTをどのように活用できるかについて、『GX-VISION(地球と共生して未来を守る)』における「課題解決に向けた提言」(下図)をみながら考えてみます。
①社会全体のDX
「昆明・モントリオール生物多様性枠組」を受けて日本政府が策定した「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」では、企業がネイチャーポジティブ経営へ移行するための要素を挙げています。この中で、自然資本の保全を企業価値向上に結びつける基盤となるものの一つとして、「DXの進展」を掲げています。DXによって、事業活動を効率化させ、「自然、資源、資金、情報、人材」を有効活用することが可能となります。
UNDPなどが参加したイニシアチブであるNature4Climateでは、ネイチャーポジティブに活用できるICTとして、下表のようなものを挙げています。
②見える化とデータ連携
企業の取組でまず必要となるのが、事業活動による自然環境との関わりの把握と評価です。事業活動が関連する場所ごとでの環境影響の分析には、一次データ(直接測定)の取得が重要となります。環境影響の見える化は、ICT技術の活用により効率化・精緻化できます。リモートセンシングやIoTによって効率的にデータを収集することができます。そこで得られたデータは、AIの分析をもとに生産プロセスにフィードバックされ、資源投入量の削減や生産効率の向上に活用することができます。
バリューチェーンを通した環境影響の把握には、デジタル技術を用いたトレーサビリティの確保が有効となります。データ連携によって、バリューチェーンの川上での環境影響のデータを、川下の企業と共有する仕組みを構築することが可能になります。これによって企業は、調達段階を含めた環境影響を改善する方法を、効率的・効果的に検証できるようになります。
③AIなどを活用した分析・予測
AIは今後、産業活動のあらゆる側面に導入され、企業、行政、生活者などの意思決定をサポートするようになります。リモートセンシングやセンサーで収集したデータをもとに、AIで分析とシミュレーションがおこなわれ、よりよい解決方法が提案されるようになります。
その用途は無数にあります。例えば、生物分布に関するビッグデータをもとに生態系の変化の予測を行うことで、それに応じた保全計画を立てられるようになります。映像解析によって動植物を自動的に判別し、生息・生育状況を把握することもできるようになります。素材開発で活用されれば、環境保全につながる技術の開発がスピードアップします。さらに、スマート農業など各種事業領域におけるスマート化により、自然資本への影響の軽減のみならず、労働力減少などの社会課題解決にもつながることが期待されています。
④行動変容を後押し
ICTによる環境価値の見える化は、自然環境の持つ価値を人々に認識してもらい、行動を変えるためのツールになります。例えば、製品を購入する際に、その製品のサプライチェーンを通じた環境影響をスマートフォンなどでわかる仕組みができれば、より環境影響の低い製品を選ぶことができます。環境保護に向けた行動を「ポイント」のように経済価値化し、ブロックチェーンで流通する仕組みの構築なども可能になります。
⑤ネットワーキングによる集合知
地域レベル・生産現場レベルで効果的に取り組んでいくためには、市民参加も含むきめ細かなデータ収集が有効となります。例えば、河川などから採水した水から環境中に存在する生物種を特定する「環境DNA」の分析を使えば、簡便に地域の生態系を把握することができます。地域の人たちが多くの場所で採水に参加し、そこで得られたデータを共有すれば、生態系に関するビッグデータが構築され、企業や生活者の意思決定をサポートできます。
また、ネットワークによる共創空間の創出によって、活動の互助、共同創造、相互学習のためのコミュニティが構築されるようになります。個々の活動がつながり、国境や時間軸を超えた活動にスケールアップされるようになります。
Editor’s Opinion
このシリーズでは、ICTがネイチャーポジティブの実現に向けて活用されている事例を紹介します。また、有識者インタビューなどから、その広がりの示唆を考えていきます。
環境問題の一大テーマである気候変動対策は、事業活動の一部に組み込まれることが通常となり、さらにはビジネスチャンスと位置付けられるようになっています。ネイチャーポジティブに向けた取組も今後、そのような領域になると想定しています。その中で、ICTがどのような役割を果たしていくのか、このシリーズで皆さんに示唆を得てもらいたいと考えています。
(IISE 藤平慶太)
<参考資料>
生物多様性条約第15回締約国会議、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」(2022)、https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/gbf/kmgbf.html
自然関連財務情報開示タスクフォース(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:TNFD)、https://tnfd.global/
環境省、「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」(2024)、https://www.env.go.jp/press/press_03041.html
Nature4Climate、『The Nature Tech market』(2022年)、https://nature4climate.wpenginepowered.com/wp-content/uploads/2022/11/N4C-C4C-nature-tech-market-report-final.pdf
<ネイチャーポジティブに関するIISEの発信>
ネイチャーポジティブとインパクト投資(前編)
ネイチャーポジティブとインパクト投資(後編)
IISEフォーラム2023秋 セッション抄録と動画を公開
生物多様性を学ぶワークショップ「The Biodiversity Collage」参加レポート