ポルトガル訪問レポート 後編「誰もがサステナブルな農業ができる世界を目指して」~ネイチャーポジティブに向けたICTの可能性~
IISEでは環境ソートリーダーシップ活動の一環として、ネイチャーポジティブに向けたICTの可能性を本シリーズで考えていきます。
AIやセンサー、衛星データなどを活用したスマート農業の取り組みが進んでいます。加工用トマトの主要な産地の一つ、ポルトガルの現場を訪問し、ICTを活用してサステナブルな農業の実現を目指す取り組みを取材しました。
後編となる今回は、水・肥料の削減の取り組みを中心に、サステナブルな農業の未来について考えます。
前編:ポルトガル訪問レポート 前編「ICTで変わる農業の現場」
水と肥料の最適化
DXASが現在特に力を入れていることの一つが、少量多頻度灌漑(パルス灌漑)への対応です。少量多頻度灌漑とは、作物が必要とする量の水や肥料を多数回に分けて少しずつ与え、作物にとって最適な土壌水分量を保つ栽培手法のことです。たとえばその日1日に必要な灌漑(水や肥料を与えること)の時間がトータルで2時間だった場合、2時間連続で水を与え続けるのではなく、30分の灌漑を4回、間隔を空けて行います。1日1回のみの灌漑方法と比べて、作物にかかる水ストレスを軽減することが期待されます。
また、少量多頻度灌漑は消費する水の量を削減する栽培手法としても知られています。気候変動の影響が顕在化する中、世界各地で干ばつが多発し、農作物にも深刻な被害が出ています。少量多頻度灌漑で水の消費量を減らすことで、水不足の問題にも対応することが期待されます。一方で、この灌漑方法は気象条件が刻々と変化する中で最適な水分量を判断するのが難しく、また、管理が複雑で作業負荷が大きいという課題があります。
そこで、CropScopeではカゴメの熟練生産者のノウハウを習得したAIが、最適な灌漑量を提案しています。その提案を元に、少量多頻度灌漑のプログラムを行い、圃場の灌漑設備と連携して水や肥料をリモートかつ自動で制御することが可能になっています。灌漑の時間や間隔の細かい調整を人の手で行うには煩雑な作業が必要ですが、ICTによりそうした手間を削減し、広大な圃場を管理しなければならない農家さんもパルス灌漑を導入しやすくなります。
2023年の北イタリアでの実証試験では、CropScopeを活用していない区画と比較して、約19%少ない灌漑量で収量を約23%増加することができました。
サステナブルな農業を当たり前に
最後に、DXAS COOの入江丘さんにお話を伺いました。
―CropScopeが目指すスマート農業のコンセプトを教えてください。
入江 CropScopeは、カゴメが持つ熟練トマト農家の栽培ノウハウを学習させたAIモデルを使って営農アドバイスを行っています。経験豊富な農家の「匠の技」は暗黙知の部分が大きいですが、それをAIによって形式知化することで、農業の経験の浅い人でも活用することができるようになります。私たちがCropScopeのサービスを通じて目指しているのは、究極的には、気候変動により作物の適地が変わっていく中でも、新たに農業に取り組む人が熟練農家のノウハウをもとに農業を始められるような「誰でも農業ができる」世界です。
―持続可能な農業、とくに環境との関わりについてはいかがですか。
入江 環境への影響という点では、AIのような技術を活用することで、水や肥料をもっと削減できると思っています。これまでの経験や勘に頼る方法では、どうしても必要以上に水や肥料を使ってしまうことがあります。AIを活用して水・肥料の使用を減らしながら収量を増やせることが実証でも確認できており、持続可能な農業に貢献できると考えています。世界的に水不足が深刻化している地域が多く、水使用の削減は重要な課題です。また近年は肥料の価格が高騰しており、コスト面からも肥料の削減が必要です。地域ごとに課題・ニーズは異なりますので、それぞれに合わせた対応が必要です。
―今後の取り組みについて教えてください。
入江 DXASではCropScopeを活用したトマトの生産を自ら行っています。顧客の農家さんにシステムを提供するだけではなく、自分たちでも活用することで、本当にAI営農支援が現場で役に立つものだと示したいと考えています。大雨による被害や蛾による虫害、塩害など、農業の現場で起きる様々な課題への対応にも取り組んでいます。
そうした現場での経験をもとに開発したAI営農支援サービスを様々な国で展開し、それぞれの地域のニーズに合わせた営農支援を提供することで、誰もが持続可能な農業に取り組める世界を目指していきたいです。
まとめ
今回は、加工用トマトの収穫シーズンを迎えたポルトガルのスマート農業の現場を訪問しました。特に印象的だったのは以下の3点です。
・AIと人の力を組み合わせる
ポルトガルの現場では、AIによる営農アドバイスを参考にしながら、DXASのアグロノミストが実際の圃場や気象条件の変化を見たうえでより効果的な提案を行っていました。AIの予測だけに頼るのではなく人の力を組み合わせることで、現場の実情に即した対応が可能になり、それが農家さんの信頼を得ることにもつながっています。
・暗黙知を形式知に
CropScopeは熟練農家のノウハウを学習したAIを活用しています。こうした「暗黙知」をAIで「形式知」にすることで、あらゆる人が農業に取り組めるようになります。また、ネイチャーポジティブや気候変動適応を考える上でも、その土地に根付いた知恵を継承していくことが重要であり、AIをはじめとする技術が貢献できる可能性があります。
・地域ごとの課題に対応
気候変動は農業に大きな影響を及ぼしていますが、課題の内容や優先順位は地域によってそれぞれ異なります。スマート農業のためのICTソリューションには、その土地、地域ごとの状況に応じて必要な対策を組み合わせられることが求められています。
Editor’s Opinion
人手不足や気候変動による様々な課題に対応するため、農業の現場ではICTの活用が進んでいます。今後は水や肥料の使用量を減らした持続可能な農業が広がっていくことで、ネイチャーポジティブにも貢献できる可能性があります。CropScopeのようにAIを活用して「匠の技」のような営農の知恵を継承していくことは、今後も様々な場所で様々な人が持続可能な農業をできるようになることにつながります。同時に、AIだけに頼るのではなく、現場で起きていることに寄り添いながら農家さんをサポートする「アグロノミスト」のような専門人材は日本でも今後より求められていくかもしれません。
(IISE崎村奏子)
本シリーズでは、ネイチャーポジティブに向けたICTの可能性について、引き続き事例をもとに考えていきます。