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ポルトガル訪問レポート 前編「ICTで変わる農業の現場」〜ネイチャーポジティブに向けたICTの可能性〜

IISEでは環境ソートリーダーシップ活動の一環として、ネイチャーポジティブに向けたICTの可能性を本シリーズで考えていきます。

私たちの食卓に欠かせないトマトソースやトマトケチャップ。そうしたトマト加工品の原料となる加工用トマトは、世界の様々な場所で栽培されています。加工用トマトは生食用とは異なり、ハウス栽培ではなく大規模な露地栽培で作られているため、気象条件に大きな影響を受けます。栽培の現場では今、水不足や豪雨といった気候の変化に対応しながらも、環境負荷を低減し、同時に生産性を上げていくことが求められています。そこで、AIやセンサー、衛星データなどを活用したスマート農業の取り組みが進んでいます。加工用トマトの主要な産地の一つ、ポルトガルの現場を訪問し、ICTを活用してサステナブルな農業の実現を目指す取り組みを取材しました。


加工用トマト栽培にICTを活用

ポルトガルの首都・リスボンの中心地から車で30分。DXAS Agricultural Technology(以下、DXAS)が活動する加工用トマトの圃場(ほじょう・農作物を栽培する畑)がある地区では8月、収穫されたばかりの真っ赤なトマトをコンテナいっぱいに載せたトラクターが行き交っていました。夏に収穫の最盛期を迎える加工用トマトは、収穫後、鮮度が落ちないうちに近くの加工工場に運ばれて一次加工されます。

DXASが管理する加工用トマトの圃場
収穫シーズンにはトマトを運ぶトラクターが行き交う

DXASは、2022年に大手食品メーカー・カゴメとNECが設立したジョイントベンチャーで、AI等の技術を活用して加工用トマトの営農支援サービスを提供しています。DXASの社名は、Digital Transformation (DX)/Agriculture/Sustainability の頭文字を取っています。同社ではNECが開発する「CropScope」という農業ICTソリューションを活用しながら、農業の専門知識を持つ「アグロノミスト」と呼ばれる人材が農家さんへの営農コンサルティングを提供しています。

CropScopeのソリューションイメージ

露地栽培農業支援ソリューション: 農業ICTソリューション | NEC

ICTソリューション「CropScope 」の主な機能には以下のようなものがあります。

・土壌水分量の把握
・灌漑(水)と施肥(肥料)の自動化/最適化
・営農記録の共有
・衛星画像による植生状況把握
・収穫時期の予測
・病害リスクの把握

例えば、土壌水分量に関しては、土中センサーのデータをリアルタイムに取得することで、圃場の土の状態をいつでも一目で把握することができます。以下の画面では、緑色の場所は適切な水分量である一方、青色の場所は水分が多く、オレンジ色の場所は水が不足していることがわかります。
こうした土壌水分量や気象データ等をもとに、AIを使って水や肥料の使用を最適化・自動化することができます。このAIにはカゴメの持つ熟練農家のノウハウが反映されています。

圃場に設置したセンサーにより土壌水分量をリアルタイムに把握できる

関係者間で営農作業の記録を共有できる機能もあります。問題が起きている場所の情報を位置情報と共に共有することができるので、広い圃場でも速やかに対処することが可能になります。

営農記録の画面。問題が起きている場所の位置情報を関係者間で共有できる。

衛星データ(NDVI)を活用して圃場の植生状況を把握することも、対応が必要な場所を特定することに役立っています。以下の例では、大雨の影響を受けて作物が被害を受けている場所は緑色からオレンジ色に色が変わっていることがわかります。

衛星データの画面では、植生状況が色の違いで把握できる。

トマトは最適な熟度で収穫し、新鮮な内に工場へ運んで加工する必要があります。そのため、収穫時期を予測することも重要です。CropScopeでは、AIの画像認識を活用してトマトの熟度を推測し、収穫時期の予測を行っています。下記左側の画像はまだ青い実が多く熟度が34%となっていますが、赤い実の多い右の画像では熟度が99%となっており、収穫時期が間近であることがわかります。

AIの画像認識によりトマトの収穫時期が予測できる。

DXASではこれらのCropScopeのサービスを農家へ提供し営農の意思決定を支援しています。また、自社で管理する圃場でトマト栽培を行い、実証を繰り返すことで、CropScopeの技術やサービスの向上を図っています。

加工用トマトの圃場の様子

この日はDXASが管理する加工用トマトの圃場を見せて頂きました。収穫を目前に控えて、赤いトマトの実がたくさん確認できます。圃場には、水の投入量を測るための流量計や、土壌水分量のセンサーが設置されています。近くにはこれらのデータを通信するための機器もあり、圃場の状態をCropScope上でリアルタイムに見ることを可能にしています。

旗が立っているのが通信機器。土中センサーのデータをリアルタイムで通信する。
現場ではスマホでCropScopeの画面を確認する。

DXASの圃場と隣接する農家さんの圃場ではこの日、トマトの収穫が行われていました。大規模な圃場で栽培されている加工用トマトの収穫は専用の機械で行われます。株ごと収穫されたトマトの茎から実を外し、センサーで赤い実だけが自動的に選別されてベルトコンベアでコンテナに運ばれていきます。

トマトの収穫作業のようす。真っ赤なトマトの実が次々にコンテナに積まれていく。

関係者の声

DXASの活動に関わる人に、現場で話を聞きました。

DXASアグロノミスト Vania Alcobiaさん

アグロノミストは農家さんに伴走し、営農アドバイスをする専門家です。CropScopeのデータだけではなく、実際の畑の状況や気象条件の変化を見ながらより効果的なアドバイスを行っています。大学院で学んだ専門知識も仕事に役立っていますが、それ以上に現場で学ぶことが多くあります。現場で実際の課題を知ること、学んだ理論を活かすこと、その両方が重要です。
近年は農家の大規模化が進んでおり、効率的な農地管理が必要になっています。トマトの収穫期には、収穫用の機械や加工場のキャパシティが限られている中、時期を分散させて効率的に収穫を行う必要があります。AIなどのテクノロジーは、そうした効率化や水や肥料の削減という面でも貢献しています。 
一方で、農業は同じことの繰り返しではなく、毎シーズン違う問題が起きます。その変化に対応することは容易ではなく、必ずしもAIで事前に提案された通りに進むわけではありません。アグロノミストのような専門知識を持った人の目によるサポートが重要だと考えています。

DXAS営業担当 Ana Duarteさん

CropScopeのサービスを通じて、農家さんの困りごとを解決することが自分の役割です。例えばセンサーのデータをもとに、エリアごとの土壌水分量を一目で把握できる機能があります。これも広い農地を管理する農家さんの実際の声をもとに開発したものです。今シーズンは蛾(トマトキバガ)による被害も深刻だったのですが、こうした虫害への対策にもAIの画像認識を活用できないか取り組んでいます。
CropScopeを使うことで水使用の最適化は進んできましたが、今後、より持続可能な農業を目指す上では、土壌栄養にも注目しています。水と比べると土壌には様々な要素があり複雑ですが、一つ一つの要素を精緻に最適化していくことにも、AIのようなテクノロジーが貢献できると考えています。

トマト農家 Joao Geadaさん

毎日スマートフォンでCropScopeのデータを見て、営農の意思決定に役立てています。広大な農地を限られた人手で管理する必要があるため、効率化や人的労力の削減がICTの活用による最も大きな変化です。
最近は豪雨も多く、気候変動の影響を実感しています。気候の変化に適応し持続可能な農業を目指す上でも、テクノロジーが貢献できる可能性は大きいと考えています。CropScopeのような新しいサービスも、積極的に取り入れています。

トマト農家・Joao Geadaさん(右から2人目)とDXASの皆さん

今回訪問したICTを活用する加工用トマトの生産現場では、AIによる予測・分析にアグロノミストによるサポートを組み合わせることで、より効果的な営農支援を目指していました。次回・後編では、DXASが現在注力する水や肥料の削減の取り組みから、サステナブルな農業の未来について引き続き考えます。

取材・文:IISE 崎村奏子