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小説『ネアンデルタールの朝』⑨(第三部第2章-4)

4、
――どうしたらいいか分からない。大学でみんな、俺の悪口言ってる
数分後、「既読1」という表示がつき、
――?? どゆこと?
駿からメッセージが届いた。返信しようと文字を打っていると直接電話がかかってきた。
「あ、民喜? いまライン見たけど、どうした?」
駿の声を聞いて、微かにホッとする。
「あ、駿。ごめん、いま大丈夫?」
「いや、全然大丈夫だ。何があった?」
「大学でみんなが俺の悪口言ってる」
「え、悪口? どんな?」
「弱虫とか、無責任とか……授業さぼっている、とか。確かに、最近授業出てない俺も悪いんだけど……。あと、デモに行かなかったとか」
「それを誰が言ってるって?」
「誰かははっきりは分がんねえけど。多分、みんな」
「みんな?」
「んだ、大学全体」
しばらくの沈黙の後、
「民喜の悪口を言ってる奴なんて見たことねえよ……。何かの間違いじゃねえか?」
低い声で駿は呟いた。
「いや、確かに聞こえた」
駿が黙っているので、
「あと、コンビニでも言ってた」
と続ける。
「コンビニ?」
「んだ。今日の夕方、コンビニに寄ったんだけども……。したっけ、カウンターで店員がヒソヒソ、俺の悪口言ってた」
「何て?」
「また来た、とか。自炊してねえ、とか」
駿は「うーん」と唸った後、
「……民喜、最近、眠れてる?」
唐突のように別の話題を切り出した。民喜はキョトンとして、
「え? いや、あんまし」
と答えた。
「そっか。結構疲れてるんじゃねえか?」
「うん、そうかも」
沈黙が続く。
「あのさ、民喜、ちょっと言いづらいんだけども……。ちょっと病院さ行ってみたらどうだべ」
「病院? 何の?」
「うーん、心療内科の。いや、あんまり眠れねえって言うから。ちょっと医者に相談してみたらいいかもしんねえ。それにいま、精神的にも少し不安定になってるんじゃねえか」
「心療内科……」
心療内科に行くなんて、今まで考えたこともなかった。駿の提案に戸惑いつつも、
「うーん、分かった。考えてみる」
と返事をする。駿の言うことだから、何か大切な意味があるのかもしれない。
「もしくは、大学の中に学生がカウンセリング受けられるところ、ねえか? 多分あるはずだけど」
「あるかも。了解、調べてみる」

駿との電話を終えて30分ほど経ったとき、将人からも電話がかかってきた。
「民喜、駿からも電話で聞いたけど。あんま調子よくないって?」
「うん、そうみたい」
将人の声も聴くことができて、民喜はホッとした。
「民喜、来週の土日に、駿とそっち行くから」
「えっ、マジで?」
「ああ、ちょっと心配だからな。顔見に行くわ」
「えー、そんな。すまねえ、福島から東京まで、わざわざ……」
「何も。気にするな。ちょうど俺も駿も、来週の土日予定なかったし」
机の上のカレンダーを確認する。来週の土日というと、10月17日と18日だ。
「サンキュー。将人と駿が来てくれるなら、心強いわ」
「朝から俺の車で向かうから。多分、昼前には着くと思う。近くなったらまた連絡する」
「分かった」
「民喜、だから元気でいろよ。無理すんな」
「うん、マジでありがとう」
「何かあったら、いつでも連絡しろ」
「分かった、ありがとう」
電話を切った民喜は改めてカレンダーを見つめた。
駿と将人が来てくれる――。
思いがけないことだったが、おかげで動揺していた心が幾分落ち着いてきたように感じた。真っ暗だった胸の内に微かにあかりがともったような心地になる。
と同時に、いまの自分はそんなに調子が良くないのだろうか、と思う。駿は自分に心療内科に行くことを勧めてくれた。心療内科って、心の病気になったら行くところじゃなかったっけ? 心療内科に行く必要があるほど、いまの自分は大丈夫じゃなくなってしまっているのだろうか?
ふと胸の内に明日香の言葉がよみがえってきた。
「民喜君も……体調、大丈夫?」――


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