猫おやじ🐾救世主樋口さん24

「親父さん。死人みたいな顔してるな。」
樋口さんが言いました。
醤油ラーメンをぶちまけてしまった親父さんは真っ青な顔で息も絶え絶えになっていました。親父さんはまともに口もきけない状態でした。「これは…病院とかに行かせた方がいいのかな？」心配した若くんが言いました。
「いやいや、親父さん疲れが溜まっているのだろう。寝れば治るんじゃないかな。」
樋口さんは言いました。
「ミケさん。親父さんを奥で寝かせてあげてくれるかな。僕はラーメン片付けるから。店も閉めた方がいいね。親父さんはラーメン作るどころじゃないからね。」
「はい。わかったわ。さっ親父さん、歩ける？」
ミケちゃんは親父さんの背中に手を当てて奥の居間に連れて行きました。
親父さんはよろよろとミケちゃんに付き添われて行きました。
若くんはこんな時に樋口さんがテキパキ指示してくれるので何となく心強いのでした。
若くんはラーメン猫おやじの暖簾をしまい、提灯の火を消して店内に戻りました。
「あー、やれやれ。ラーメンを食べそびれたよ。」
樋口さんはラーメンの残骸をポリバケツに捨て終わりひと息つきました。
「まぁ、たまにゃこんな事もあるもんさ。親父さんは今日は調子悪かったんだね。」
「ええ、急に顔色が悪くなったんです。様子が変でした。…灰色の死神って聞いた途端に丼を落としたもんですから…。」
「死神？灰色の？」
樋口さんは聞き捨てならんという風に耳をピクピク動かしました。
「親父さんは死神…という言葉で動揺したんでしょうか。僕にはそう見えました。でも何だかよくわかりません。」
「あのね、死神って本当にいると思う？」
「えっ、考えた事もありませんよ。生き物はいつか必ず死ぬという事は知ってますが。」
「ねぇ、誰かが灰色の死神に会ったの？」
「あ…ミケちゃんが今日…。」
「えっ、何ぃ？ミケちゃんが？」
「そうです。ミケちゃんの店に来たそうです。灰色の変な客だったそうで…その話をしていたらどんどん親父さんの顔色が悪くなって。」
「はーん。」
樋口さんはひげを引っ張り考える風です。
若くんは樋口さんは何か知ってるのかな？と思いました。
「しかし、お腹空いたなあ。ラーメン食べるつもりだったのに。ポリバケツにラーメンくれちまったからなぁ。」
樋口さんがぼやきます。
「あの、お刺身ならありますけど、ミケちゃんが買ってきた奴ですが食べますか？」
「おっいいのかい？いやあ、お腹ペコペコなんだよ。」
若くんはカウンターの隅に押しやっておいたスーパーの袋を手に取りました。
「刺身盛り合わせと鮪ブツか。あんまり鮮度が良くないね。魚忠スーパーのだな。あそこは魚がまずまずなんだよな。」
樋口さんが刺身の鮮度を鑑定します。
「でも半額品ですし、鮮度が落ちるのも仕方ないんじゃないですか。」
「まあな。こういう刺身は料理しちゃったほうがうまい。甘辛く煮付けにして飯のおかずにしたり、味噌漬けにしたりな。鮪の味噌漬けはうまいよ。」
「そうですよね。僕は生より焼いたり煮たりした魚が好きです。」
「鮪は唐揚げにしてもうまいよ。生姜かにんにく醤油に漬けてから粉をまぶしてカラッと揚げるの。鯖なんかもやっぱり生姜醤油に漬けて竜田揚げにするといける。」
「うまそうですね。それ。」
「うん。高温で魚の骨を揚げて骨せんべいにしてもうまい。カレイなんかの煮魚は冬の寒い台所に一晩置くと煮凝りになってなあ。熱い飯に冷たい煮凝りをのせて食うのが好きなのよ。」
「うまそうだなぁ。」
ふたりが魚談義をしているとミケちゃんがこねこを抱っこして戻ってきました。
「親父さん。何だか精神的に疲れたみたい。こねこちゃん連れてきたわ。お腹空いたんだって。親父さんは店にあるもの食べてくれって言って眠ったわ。」
ミケちゃんがこねこを抱いたまま若くんの隣に腰かけました。
「わあ。こんな小さな仔がいたの。親父さんの孫？」樋口さんがこねこを見てにこにこしました。こねこは無邪気に笑い返します。
「この仔はお客さんの子供ですよ。そのひとも死神に関わったらしいんです。」
若くんが樋口さんに言いました。
「まったく死神、死神と。いやんなるなあ。よし！じゃおじさんが何か食べる物作ってやるぞ。」樋口さんはカウンターの中へ入ると戸棚を見て調味料や食材を引っ張り出しました。
「親父さんがぶっ倒れたんじゃどうしようもないもんね。」
ミケちゃんがくたびれたきったように若くんにもたれました。
「ミケちゃん。しんみりした匂いがするな。」
「しんみり？夜露の匂いよ。きっと。」
こねこはミケちゃんになでられてくるーくるーと喉を鳴らしました。