火曜日(立ち食いそばの朝定食)
うう…。
泉は寝返りをうち、微かな気持ちの悪さに目覚めた。
ハッと時計を見ると朝の5時。
カーテンの向こうが透けて明るい。
朝かよ…。
泉はふたたび目をつぶった。
あー昨日…立ち呑みで飲んで帰ってきたんだっけ…。いつもなら外で飲んだりしないから、ていうかお酒なんか飲まないから、なんとなく気持ち悪さが残ってる。
やばい!今日も仕事なんだよ。くそっ。
稔のせいだよ。あーむかつくなあ。
泉は布団を跳ね除けてゴロゴロ身体を反転させた。稔は自分の持ち物はサッサとまとめて出ていったので、部屋がガランとしている。ギターも分厚い本もハンガーにかけて壁にいつもあったジャケットもすっかりない。
ある時はごちゃごちゃ邪魔な気がしたけど、なくなってみるとポカンとする。
ただ稔の掛け布団だけは残っていた。
さすがに布団を担いでいく気になれなかったのだろう。きれいにたたんで部屋の隅っこにぽつんと残っていた。
かわいそうに…。稔の布団。
持ち主においてきぼりにされたのね。
泉は掛け布団に話しかけた。
青い花柄の羽毛布団。
稔の匂いがしみついた布団。
稔が転がりこんできた時にあいつはなぜか掛け布団だけは持ってきたんだった。
いい加減なやつだよ。
泉はスマホを見た。
稔のLINEはやっぱり既読になっていない。
うーん。目が冴えた。
シャワーを浴びて、髪を整え、化粧をする。
よし、もう行くか!
泉は外で朝食を取ることにして部屋を出た。
外の世界は新緑がきれいだ。
新鮮な朝の光がまだ新しい。
1日がはじまる少し前の時間。
早起きもいいもんじゃないの。
泉はすっかり爽やかな気分になった。
何でも出来そうな気さえする。
私は自由だ!さて、何を食べようか。
ファミレスでモーニング?牛丼屋で朝定食?喫茶店のモーニング?
うーん。
サッと食べられて汁気があるものが食べたいなー。温かいのがいい。
泉は立ち食いそばの看板を認めるとそうだ
そばにしよう!と決めた。
湯気で化粧が落ちるだろうが、後でゆっくり直せばいいのである。今日は早起きの得である時間というものがあるのだ。
泉はガラガラと立ち食いそば屋の戸を開け、隅の券売機に向かう。
うーむ。何そばにしよう。
かけそばじゃさみしいから天ぷらそば…ちくわ天そば、たぬきそば、とろろそば、あっ朝定食というのがある。これにしよ。
450円だった。
カウンターのおじさんに券を渡すと
「はいよ!そば?うどん?」と訊かれた。
「そばで!」
「そばはきつね?たぬき?」
「えーとたぬきで!」
「はいっ了解!」
とおじさんは大量の湯気とともに調理にかかる。水はセルフサービスである。
店は若いサラリーマン、おじさん客でそこそこ混んでいる。
若い女客は泉ひとりだ。
私、昨日から立ち呑みだの立ち食いそばだのそんなんばっかりね。
男だけの世界に紛れこんだみたい。面白い。
「はい!朝定食たぬきそば!お待ち」
朝定食がトレーにのって出てきた。
「ありがとうございます」
見るとたぬきそばにご飯と温泉卵に納豆、味のり、ピンクの桜大根の漬物。
ああ、そばにご飯がついて定食なのね。
こんなに食べられるかな?
何となく定食にしてしまったけど量がガッツリしている。
カウンターにはネギの器があり、取り放題らしい。泉はネギを山盛りそばに投入。
揚げ玉の浮いて熱々のそばには白いかまぼことわかめ少々。
割り箸を割ってそばをたぐる。
ネギの香りと鰹節と醤油の強烈なパンチ。
あー忘れてた。このいい匂い!
泉はふやけた揚げ玉の絡んだそばを啜った。温かいつゆと細いそばがおいしい!
次いでご飯に漬物をのせて一口。
あっ米がおいしい!
胃がキュッと動く。
食べている最中なのにお腹が減る。
あらかたそばを食べてから納豆にタレと辛子を絞りだしかき混ぜる。
ここにもカウンターのネギ投入。
納豆ご飯を味のりで巻いて食べる。
あーおいしい〜。
温泉卵も食べよっと。
ぷるんと冷たくておいしい!
食べられるかな?なんて思ったけどいけちゃったね。
朝の立ち食いそばは活気がある。
若い男性やサラリーマンばっかりで女は私だけだったけど、居心地いいな。
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