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ちょこっと音楽話 1 「 アイドルを追え!狂騒曲」

音楽の話といっても、楽器もいじらない、歌も歌わない、足踏みオルガンでバイエル終了程度で、学校での音楽教育は小・中・高1のみでは、何が書けるのか? 
 一応、楽譜は読めるが、最近は譜面を見たこともない。コンサートは一時期クラシックに通ったけれど、あとは広く薄く。

このツイートを見たことが、狂騒曲の始まりだった。 

 今回は音楽話というより、コロナのおこもり生活中に、最近の人生における最大の衝撃を受けた話。

 2020年の秋、ツイッターでミラノ在住の人が「ミーナという美空ひばりのような歌手がいて、いまだに人気がある」とツイートしていた。
 あぁ、昔聴いたあのミーナだ、とリンクをクリックしてYouTubeでミーナを聴いた。そのとき、右横に出ていた「長谷川きよし  別離」のサングラス姿の若者を見て、どこかで見た人、と思った。その「別離」を聴いてみると、完璧なギター弾き語りで、感動ものだった。ふと気づくと、また右横に長谷川きよしが出ていた。今度は「長谷川きよし  別れのサンバ」。サムネイルを見ているうちに、わぁ、あの人だ! 銀巴里に出ていた人だ、レコードも買った…一気に五十数年前の記憶が蘇った。

 友達に「一度、お姉さまのようなお兄さま、丸山明宏さまを見てみたい」と言ったら、「銀巴里に出てるわよ」と連れて行ってくれた。あいにく、その日は丸山明宏出演の日ではなく、レコードデビュー間近だという長谷川きよし青年が出ていた。サングラスをかけ、避暑地から戻ってきたような雰囲気で出番を待つ長谷川氏は、ブルジョア青年のように見えた。
 それから、デビュー盤やシャンソンのレコードを買ったりしたが、忘却の彼方に消えてしまったのは、ブルジョワ趣味だ、と興味を失くしてしまったのだろうか。

 そして半世紀後、コロナ時代のおこもり生活が始まり、ある日突然、おこもり砂漠に美声が舞い降り、私の “アイドルを追え!” の日々が始まるとは…。

 半世紀以上も「別れのサンバ」を忘れていたなんて、なんという間抜けなんだ、とネット上のあちこちを見ると、その後の作品が多々あることがわかった。まずはCDを集め始めた。YouTubeやSpotify でも、検索をして聴くようになった。
 CDを網羅的に集めた後は、レコード集めに移った。EP盤でも、LP盤でも、気に入ったものを集めた。レコードを集めているうちに、出版物もあることがわかった。生来活字が好きなので、自ずと興味は本や雑誌類に移っていった。読んでいるうちに人物として面白そうなので「『長谷川きよし研究』をやってみます」と、調子に乗って外に向かって言ってしまった。
 そして…そして、その結果が片付け用の箱4杯分にもなってしまった。一体全体、断捨離はどうしたんだ!

まずは、CD・レコード収集
調子に乗って、本や雑誌類も集め…

 時は進み、コロナと共生するモードに入り、ライブやコンサートの開催もできるようになった。
 「長谷川きよしが新宿・ピットインのライブにゲスト出演する」という情報を入手し、生演奏を聴かなければ、と行ってみた。
 PIT INNに着くと、開場までに時間があったせいか、会場の入口付近に数人がいる程度だった。チケットは購入済だし外に出ようと思ったが、寒いのが苦手なので、階段下の隠れるような場所で待つことにした。
 左手からリハーサルのような音が漏れていた。やがて、その音が止むと、いきなりStaff Onlyのドアが開き、子供や若い人たちが出てきた。
 続いてYouTubeで見たことがある白髪でサングラス姿の長谷川氏が、目前をスーッと通り過ぎ、反対側の控室に入っていった。
 通り過ぎる長谷川氏と私の間の空間に一瞬「銀巴里」が現れたような気がしたが、蜃気楼のように消えてしまった。控室に消える後姿には53年の歳月が流れていた。

PIT INNの共演者 ドス・オリエンタレス (ウーゴ・ファトルーソ & ヤヒロ・トモヒロ)
80代のウーゴさんのパワフルな演奏に仰天

 そのライブを含めて、続けて5回通った。そのうち2回は最前列のかぶりつきの席だった。
 視覚障害の人を間近に見たことがなかったので、最初は一挙手一投足に視線がくぎ付けになった。
 歌う時のマイクと唇の間の距離を握り拳で計っているのを見て、なるほど…と見とれてしまった。最初からあるべき場所を決めておけば、見えていることと同じだ。だが、それが狂うと立ち往生してしまう。ある時、ペットボトルの位置がずれていた。「水がないです!」と言って、助けてもらっていた。
 また、ある時には、爪が割れて飛び、床を転がり、あぁぁ…と最前列の私はあせったが、何とか無事に歌い終え、休憩時間に接着剤で修復できたようだった。
 一度はディナー・ドリンク付きのライブのときに、家族連れの高齢男性がいい気分になりすぎたのか、途中で様子がおかしくなり、周囲の人たちが救急車を手配していた。長谷川氏はどこ吹く風で「風のささやき」を歌い続けた。
 ♪口ずさむ人もなく消える歌
 枯葉の色も空も黄昏も
 ものみなおまえのあの髪の色
 無情の時を針が刻んでも
 おまえは風になり回し続ける
 心の中のこの風車~♪

最前列のかぶりつきの席で…あぁぁ…爪が…

 無芸大食で何もしないと認知症になるから、追っかけでもなんでもやったほうがいい、と周囲に煽られ、追っかけを趣味にしようと思ったこともあったけれど、単独行動していると、ボケずに狂う人になりそう。追っかけは中止して、収集物の整理に専念することにした。
 
 おこもり生活を始めた2020年の秋に経験したYouTubeでの衝撃が第1回目だとしたら、今春の出来事は第2回目の衝撃だ。
 2024年は長谷川きよしデビュー55周年で、久しぶりのホールコンサートが7月に東京と神奈川で開催されることが発表された。
 大きなホールでは、どんなふうに聴こえるのか食指が動いたが、ライブ行きは休止中だし…とそのままにしていた。

 そんなある日、お出かけ用の服を出そうとしていて、ツーピースドレスが目に入った。片づけで見つけた半世紀前のヴィンテージ・シルク生地を使って、コロナ前に誂えたものだ。鮮やかな空色にひなげしの花がプリントされているそのシルク生地は、昔、頼まれて海外へのお土産用に何点か買ったものの1点で、余り物を私がもらったのだった。
 それを着てミュージカル「ウエストサイド物語」に行ったことを思い出した。柄をよく見ると、ひなげしの花は、オレンジ色の花と、焦茶色の花と、二種類あった。

 ドレスを眺めているうちに、脳裏に長谷川きよしの歌声が響き渡った。

 小さなひなげしのように~♪  
 黒い幻想の花~♪ 
 
 なんなんだ、これは! ひなげしの花柄を見つめていると、眩暈がした。
 これを着てホールコンサートに行くしかない。私はチケットの手配を始めていた。
 そうして、私の “アイドルを追え!” が再開されたのだった。中止したはずなのに。まぁ、この場合はしかたない。天のお告げなのだから。

 しかし…狂騒曲はやがてデクレッシェンドで終わる運命にあるのだ。
 コロナが終息しつつあるように…いずれ命も消えゆくように…

ひなげしの花は、オレンジ色の花と、焦茶色の花と…
ホールコンサートを含め、ライブには7回参加




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