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映画『ザ・メニュー』 感想とあらすじ
※以下文章はネタバレを含む。個人の感想であり各メモの真偽は保証しない。
全てが奇妙な超高級密室レストラン。
集った客はシェフのターゲットたち。
過去も個人情報も全て把握され、次々提供される「メニュー」から逃れられない。
コメディとして観るべき映画。理屈は超越している。
危機的状況にはなるがおかしな要素がずっとあり圧倒的に現実離れしているので、ホラー系が嫌いな私でも怖くなかった。そうはならんやろ、という展開が続き、別にリアリティは追求していない。さくさく進んで気軽に観られる。
何かがおかしい、とかいうレベルではもはやないので展開や心情の推理も必要ない。
成金客の一人は、パン皿を出されて、ははは冗談だろ……えっマジ?と表情が一気に真剣になるところが面白い。あの顔。エルサに囁かれたときの顔といい印象的な演技だった。
みな何度もヤバい対応をされているのに最後まで疑わないのがこの映画であって、集団心理の怖さとかいうメッセージ等は特にないと思う。例えばマーゴが実際どういう人物なのか詳細はなく、判明するのは直近の職業のみ。シェフもタイラーも。
かなりおかしな状況なのに客たちは真剣に怖がっているというのが面白い。ラストシーンなどは特に。
ふんだんに散りばめられた奇妙さを楽しみ、軽い気持ちで観るのがおすすめ。
飯テロ映画では全くない。全メニュー魅力的でなかったからこそ、マーゴが最後に食べる品があまりにも美味そうに見える。
なぜ美味しそうではないのか。今の時代いくらでもそう見せられる。その背景が気味悪いからそう感じるのか、私には馴染みのない料理だったからか、それとも何か映像技術に秘密があるのか。気になる。
成金客の一人がパン皿を出されて、はっはっは冗談だろ……えっマジ?と表情が一気に真剣になるところが面白い。あの顔。エルサに囁かれたときの顔も。
成金チームは暖炉のそばの席なのだが、ラストシーンでその最も暖炉に近い客の帽子が早めに溶けて歪んできているように見えた。
シェフの演技も特徴的だった。いかにもサイコという感じでもなく、優しそうでも邪悪そうでもない。声を荒げる場面も少なく、自らの手では暴力も振るわない。ときどき本当に少しだけ目に感情が現れるぐらいで、基本的には無表情。わりと珍しい演技だと思った。
マーゴはどういう人物なのかとか、タイラーは何者なのか、シェフはどうしてここまで病んだのか、詳しい説明はない。本作ではそういったリアリティやそうなるに必然的な背景は別に追求されていない。そういう数々の奇妙さの中でどんどん進むのがこの映画。このおかしさを楽しむ。
あらすじ (ネタバレ含む)
美しいマーゴは恋人らしきタイラーと、超セレブレストラン「ホーソン」へ向かう。
1名あたり1250ドル。それでもなかなか予約が取れない。
子どものように浮かれるタイラーとクールなマーゴはどうも正反対のタイプ。
店は離れ小島にあり、フェリーで向かう。
乗船手続きをするエルサは、マーゴを別の予約名で呼んだ。気まずそうなタイラー。
実はもともとタイラーは他の女性と予約していたが愛想を尽かされ、それを伏せたまま急遽マーゴが呼ばれたことが判明。
詫びるタイラーに、いいのよと声をかけた。
他の客はというと、映画スターとその仕事仲間で愛人の女、熟年のリーブラント夫妻、この店のシェフを見出した著名美食家とそのアシスタント、レストランに出資している男の下で働く若い成金客たち計12人。
マーゴはその中のリーブラント氏を見ると思わず身を隠した。知った顔らしい。
船では生牡蠣のソース添えが提供された。
グルメオタクのタイラーはそのソースの味にあまりにも感動して笑い出してしまう。
食べる前には必ず写真を撮るタイプ。
マーゴは、美味しいけど牡蠣はそのまま食べた方が好きだとやや冷めている。
島に着くとエルサは自分たちの食に対するこだわりを誇らしげに紹介してまわる。
放し飼いのヤギたちも付いてくる。海産物の養殖始め、野菜や花、蜜蜂までここで育てている。
彼らは一日の生活全てを食だけに捧げているという。彼らの宿舎には整然と並んだ質素なベッドと小さなロッカー。寝るだけの部屋のようだ。
シェフが住む離れがありタイラーは見たがったが、そこはスタッフでも見ることはできないという。
いよいよ食事。
厨房はオープンでダイニングスペースと繋がっている。
反対側はガラス張りの大きな窓で景色が見える。
エルサは客の様子を見ながらゆっくりと席の間をまわった。
厨房を覗き見ることもできるが、撮影は禁止。
マーゴが着席すると、予約のときの女性のネームプレートが置かれている。そっと裏返して伏せた。
エルサは決して笑顔こそ絶やさないものの、初めからどうもマーゴに意地悪な気がする。他の客にもそうなのかもしれないが、マーゴはスルーせず彼女を警戒している。
常連のリーブラント氏は案内をパスし直接レストランに来ていた。しかしマーゴに気づき、視界に入らない角度の席に移動。
エルサは厨房に行き何かをシェフに話しかけた。
それを聞いたシェフはなぜかこちらをじっと見つめている。
タイラーは彼の大ファンなので今目が合ったかもと大喜び。マーゴも顔を上げてみると、どうも自分の方を見ている気がする。その視線は恐ろしく冷たい。
他のスタッフたちも客の名前全員分を頭に入れているらしい。
アミューズは、圧縮して漬けた白瓜。パコジェットという粉砕機でミルクを雪状にしたものが添えられる。
タイラーは早速調理の様子を見学、スタッフに質問を浴びせる。タイラーはこのパコジェットも所有しているらしい。シェフと話したかったのだが程なく料理の提供の時間。
マーゴは食べている途中、上着のブルゾンを脱ぎそのまま尻と背もたれの間にすとんと落とした。エルサは後ろから近づき突然乱暴にバサリと音をたてその上着を持っていった。驚いて声を上げるマーゴ。しかしエルサは声も発せず目も合わせないまま去る。エルサが攻撃的なのは気のせいではなかった。
一品目を出すところでシェフが客たちの前に立つ。
手を大きく叩くと軍隊のように全スタッフが直立。空気がピリつく。
尊いメニューだから食べるのではなく味わうように、とスピーチ。
タイラーがスピーチ中に少し私語をすると、指摘され話をストップしてしまった。だがタイラーは恍惚とした表情で聞き惚れ感涙までしている。
この島の海産に海水のジュレが徐々に溶け出すしくみ。名付けて「島」。
感動の涙を流したまま、シェフに嫌われなかったかしきりに気にするタイラー。
タイラーの様子にぎょっとしつつもさっさと食べるマーゴ。
二品目の前にもスピーチ。その度に大きく手を叩くので客は毎度びくつく。
パンは庶民の食べ物、しかし皆様は庶民ではないので提供しないと言う。「パンのないパン皿」。
皿の端には、ごく少量のパン用スプレッドだけが数種乗っている。
美食家はそのうちの一つのソースの分離に目を留めた。連れ客は僕も最初から気づいていたと調子を合わせる。
すると大量のソースのおかわりがシェフから届いた。全ての席の私語を把握されているらしい。
いいからパンをくれ、俺たちを誰だか知っているのか、と注文する成金客たち。エルサは知っていますがノーですとほほ笑み、膝のナプキンを直してやるふりをして、身の程をご存じない(自分が望むぶんより少ないが、自分に値するぶんよりも多く食べる。)、と囁いた。固まる成金。
相変わらずタイラーは絶賛しているが、マーゴは呆れて皿に手を付けない。
シェフがやってきて、食べないならメニューの意味がなくなると言うが、マーゴは何を食べるかは私が決めることだと断る。黙って厨房に戻っていった。
タイラーはそんなマーゴの態度を非難。
三品目、「記憶」。
ずっと隅の席に一人で座っている高齢の女性はシェフの母親であると説明。正装とはいえない格好で、黙って酒だけを飲んでいる。みな気にしなかったが、料理を食べるわけでも会話するわけでもない。
シェフは母の傍らに立ち、思い出話を始める。
父が電話線で母の首を締めたとき、とっさにシェフが父の足にハサミを突き刺したときのこと。
運ばれてきた皿には渦に巻かれた電話線と、その上の塊肉には小さなハサミが突き立ててある。
客たちは、創作話だろうか、ブラックすぎて笑えない、と口にしている。
錫のプレートに包まれたトルティーヤにはレーザーで画像がプリントされており、それは客たちのプライベートな場面だった。
美食家客がかつて酷評して潰したレストラン、リーブラント氏が若い女と不倫したときの現場、成金客の裏金帳簿。
タイラーのトルティーヤはさっき隠れて料理を撮影していたところ。シェフに嫌われたことを心配しつつそれでも食べて感動している。マーゴには君も食べてみろとしか言わず、もう会話が成り立っていない。
呆れてトイレに向かうと、その扉は違うとエルサが素早く止めに来た。この先は何か聞くと、特別な場所だと答え微笑む。
トイレに入りタバコに火を付けると、すぐにシェフが入ってきて扉を閉めた。二人きり。
なぜ食べないのかをまたしても問い詰め、名前や出身を深刻な顔で何度も聞く。あなたは今夜に相応しくないとじっと見つめられた。
お腹が空いてないだけ、と答えてトイレを出るマーゴ。
四品目。
何やら床に大きな白い布が敷かれ、周りに香草のようなものが並べられていく。
そこへシェフが、スー・シェフ(副料理長)を呼ぶ。タイラーが最初に話しかけた彼。
シェフ曰く、彼はシェフに憧れ努力してきたが、偉大にはなれないと言う。
重い「プレッシャー」のかかる生活。混乱の日々。
シェフは彼に質問する。今の自分の生活が好きか。私の生活は好きか。
返事はノー。うなづいたシェフは、涙ぐむ彼にキスを送る。
四品目は彼の「混乱」です、とシェフが紹介すると、スー・シェフはピストルを咥え引き金を引いた。
ちょうど先程の白い布に倒れる。
血しぶきを避けるビニールカーテンを開け、平然と作業を続ける厨房スタッフ。
立ち上がり声を上げる客たちにシェフは、これもメニューですとなだめ再び座らせる。
客たちは、余興だったのだろうかと席に着き始める。
混乱する客たちにかまわず皿が運ばれてくる。
プレッシャークックド(加圧調理)された野菜とフィレ肉、真ん中には牛の大きな骨髄がそびえ立つ。
リーブラント夫妻はついに席を立った。
スタッフが取り囲み、船もないし携帯電話は繋がらないのでヘリも呼べないという。
それでも部屋を出ようとするとリーブラント氏は羽交い締めにされ、厨房から包丁を持って出てきたスタッフに指を切り落とされた。
シェフはこれもメニューですと笑顔。
頭を抱える客、パフォーマンスだと信じたがる客。
床に倒れうめくリーブラント氏とその指。
立ち上がった客に、お席をお探しでしょうか、とすっとぼけるエルサ。
どうかした?という顔で食べ続けるタイラー。
マーゴは厨房のシェフに呼ばれた。
きみは完全に場違いだ、君は誰なのかとまた聞く。
マーゴは急遽やってきた客で、計画に入っていないから今夜のメニューが全て台無しになるという。
今夜我々は全員死ぬ。我々側か彼らの側か、要は与える側として死ぬか奪う側として死ぬか、15分後の私の休憩時間までに決めるように、と伝えた。
スタッフたちもこの計画を把握していて、はいシェフ!と声を揃えている。
動揺するマーゴ。
タイラーはマーゴ一人だけ厨房に呼ばれたことに嫉妬しついにマーゴを罵倒。
成金や映画俳優は脱出の可能性を探る。
部屋は庭側がガラス張り。一人が椅子を投げつけたが、それは防音・防弾ガラスのようだった。
もうスタッフたちはその様子を特に止めもなだめもしない。
平然と口直しのハーブティーが運ばれてくる。リラックス効果があるそうだ。
さすがに誰も手をつけない。タイラー以外は。
これはベルガモットの味ですねと話しかけ、シェフをうんざりさせている。
シェフがスピーチを始める。
美食家に矛先が向いた。あなたは私を見出したつもりでいるが他の多くのキャリアを潰した。自分のエゴを満たしたいだけだと指摘。
さらにさっきよりも大きな器で分離スプレッドのおかわりが届いた。
続いて先程のリーブラント夫妻の席へ。夫を病院に連れていくよう、妻を解放するよう、二人はそれぞれ乞う。
夫婦はここへ計11回来ているらしい。
食べたメニューを一つでいいから挙げてみてくれと言うが、答えられない。
シェフの目には諦めと悲しみが溢れる。
金持ちのあなたがたは満足を知らないというのに、私は愚かにも不毛な努力をしてきた、それは我々の店の問題でもあると語る。
すかさず成金が、店も島もあなたではなくスポンサーである我々の上司だと指摘。
すると窓の外には縛られ吊るされたスポンサーが。
彼は私の完璧なメニューに何度も口出ししたと、初めて声を荒げる。
手を縛られた彼は、シェフの合図でゆっくりと池の中に沈められていく。
静かにして彼の声を聞くように言うと、タイラーは従い目を閉じて耳を済ませた。
15分が経ちシェフはバックルームへ。
マーゴが呼ばれ、どちら側に着くか聞かれる。
答えないでいると、接客業仲間と一緒にいるべきだと言われた。
彼女とリーブラント氏の様子から、生業を見透かされたらしい。
奉仕するのは楽しいかと聞かれ、以前はね、と答える。
聞き返すとシェフも、以前は、と答えた。
誰かのために料理したかったあの頃が懐かしい、と目を潤ませる。
次のメニュー。
シェフの指示でドアが開き客たちは外へ出された。
逃走のチャンスを探る者、諦めて死を覚悟する者。
呼ばれたのはまた別のスー・シェフ。彼女は語る。
3年前シェフにカラダを求められて拒んだところ、シェフはそこから8ヶ月のあいだ会話もせず目すら見なかった、と。
メニューは「男の過ち」。
彼女はシェフの脚に、三品目のあの小さなハサミを突き刺した。
シェフは一言詫び、二人はハグを交わす。
続いてシェフは男性客全員に、45秒後に追いかけるから逃げるようにと伝えられた。
よくは分からないがともかく男性客は連れの女性に詫びつつ一目散に走り出す。このチャンスを逃すわけにはいかない。
なぜかタイラーは、君もだよと言われるまで動かなかった。
女性たちはスー・シェフに連れられ部屋へ戻る。あの彼女の所業を見たばかりなので誰も逆らわない。
6品目は「男の過ち」
カニの身、泡だった発酵ヨーグルト、梅干し、海藻類。
女性たちは全員一つの同じのテーブルに着く。
皆で料理を褒めると、女性スー・シェフはそれをもっと早く聞けていたらと涙ぐんだ。
シェフに一物あるとすればこの彼女しかいない。美食家は、あなたなら店を出せる、力になるから今夜の計画について話し合わないかと必死に持ちかける。
しかし、結末を死にする案を出したのは私だと誇らしげ。懐柔はとても無理だった。
部屋の外からは、女性たちが何を食べているのかタイラーが必死に覗いている。
男性客が揃って戻ってきた。肩を落とし、乱れた髪と服。
リーブラント氏は手の包帯がさっきより真っ赤だが、それよりも妻とマーゴが会話していたことに気まずそうにしている。
タイラーは席を離れた間に出た料理をもらおうと必死。
そろそろシェフはタイラーについて解決しなければならないらしい。
君はなぜここにいるか聞かれおずおずと答える。
かつてない壮大なメニューが提供され最後にはみな死ぬ、と聞いてきた。
連れに振られてしまったが一名では入店できないと言われ、マーゴに報酬を払い着いてきてもらった。マーゴも死ぬと知っていながら。
経緯の真相を知り、マーゴはタイラーに殴りかかる。二人は恋人などではなかった。
シェフは話を続ける。8ヶ月に渡るやり取りで君に私の世界を見せ、それを秘密にすることを誓わせたね、君は料理に詳しかったから、君は他の客とは違うから。
君は厨房側の人間だよ、このシェフジャケットを贈呈しよう。
喜びを抑えきれないタイラー。
君は料理人だな。では料理しなさい。
皆様お集まりください、タイラーが見事な腕前を披露します。
戸惑うタイラー。
取り囲んだスタッフと客が無言で見つめる。タイラーは包丁もろくに使えず手も震える。
シェフは急かし、煽る。
我々も偉大なグルメから学ぼう。何を使う?次は何を使う?え?シット?パコジェットは?
とりあえず野菜とラム肉を焼きバターを加えたが、とても食えた物ではない。
シェフが静かに何かを耳打ちすると、タイラーはジャケットを置き厨房の奥へよろよろと消えていった。
これで君は自由だ、とマーゴに告げる。
シェフの、タイラーについて解決すべき問題は消滅したようだ。
実演は終わりですと再び客たちを席に着かせる。
次にそのマーゴが厨房に呼び出された。
デザートに必要な大樽をエルサが怠惰で準備し忘れた、君はもう我々の仲間なのだから代わりに取ってきてくれるね、とシェフが言う。
承諾するしかない。
奥には吊りさがったタイラーの足。
広く真っ暗な森を懐中電灯一つで離れの燻製室まで向かう。
そこで肉切り用ナイフを見つけ持ち去った。マーゴは僅かな可能性をこのお遣いに賭けなければならない。
戻ってくる途中、シェフの住む離れが目に留まる。
中は先ほどまでいた店と全く同じ作りの厨房とイートスペース。店ではエルサに止められた銀の扉も同じ。
そこへ一人だけやってきたエルサ。私の代わりなどさせないとナイフを奪う。
マーゴが咄嗟に持ち上げたパコジェットがエルサにヒット。
倒れたエルサの喉にナイフが刺さった。
死に際、樽など指示されていないと言い残す。
このお遣いはマーゴを試すのが目的らしい。
エルサから奪った鍵で、銀の扉が開いた。
中にはテレビやソファー。
壁に貼られているのは、あの美食家が書いたシェフの記事の切り抜き、妻子らしき二人と一緒の写真、レストランをオープンするときの写真。
額縁に入ったある一枚に目を留めた。
「ホーウィーズハンバーガー 今月のスタッフ スローヴィク」
写真の中でハンバーガーを焼きながら楽しそうに笑う若い頃のシェフ。
シェフが語っていた、誰かのために料理したかった時期というのはこの頃だろうか。
そしてその部屋には無線機もあった。
髪は乱れ服に返り血を付けながら樽を持って店に戻ってきたマーゴ。
着席し少しすると船の汽笛が聞こえた。マーゴが助けを呼んでいた。
しかし来た警察の正体はシェフの仲間。全員また落胆。
シェフは、信頼を裏切った君はやはり他の客と同様奪う側だと告げる。
もう後がないマーゴはシェフに告げた。
あなたの料理は嫌いだ。あなたは食べる楽しみを奪った。それに全料理のテーマが難解。あなたの料理に込めているのは愛情ではなく執着で、客を喜ばせるという一番の目的に失敗している。
そして私はいまだに空腹のままなんですけど。
聞き捨てならないことを言われ、シェフは何が食べたいのか聞く。
チーズバーガー。装飾的でも脱構築でも前衛的でもない、本物の。あなたにできる?
シェフはわずかに表情が変わりながらも、自信を持ってその注文を受けた。
伝統的且つ庶民的な作り方。
作っているシェフの表情はかすかに和らいでいる。
完成した料理にマーゴはかぶりつく。
うなづき、味を認める。
その様子を見て、シェフも安心したように笑顔になった。
マーゴは、残りをテイクアウトにできるか、と尋ねる。
シェフは少しの間考え、承諾。
そして料理を包んで渡し、「ご来店ありがとうございました」と告げる。
扉が開けられた。
他の客が気になり振り返ったが、一人がこっそり、いいからとにかく行けというしぐさ。
マーゴは出ていくと再びドアは閉められた。
動揺が残るシェフがもごもごと説明する。
最後の一品の前にお会計をお願い致します。
ああ、ギフトバッグもお渡しします。中身はサプライヤーの小冊子、自家製グラノーラ、オーナーの指、今夜のメニューの写しです。
最後のスピーチ。
今夜はご来店ありがとうございました。皆さんは私の人生と芸術を台無しになさいましたが、今、私の最高傑作の一部となるのです。
部屋の真ん中には巨大な枝に刺された巨大なマシュマロ、砕かれたクラッカー、チョコレートソース、そしてオイルが撒かれた。
客にはマシュマロをつなぎ合わせたスヌードとチョコレートハットを被せる。
デザートはスモアです。
この、貧困国から買い叩いたチョコレートと砂糖水を固めたものを業務用クラッカーで挟んだしょうもない菓子。それを変身させるのが炎です。
何をされるのか察する客たち。
炎は我々を清め、破壊し、造り直すのです。炎を抱きしめましょう。
みんな、愛しているよ!
シェフと客全員が揃って答える。私たちもです、シェフ!
そして焼けた炭を手で掴み床に放ると、青い炎が瞬く間に広がった。
船を出せたものの、少し離れた沖で燃料切れとなったマーゴ。
爆発音とともに周囲が明るくなり、振り返ると島から炎が上がるのが見えた。
マーゴはそれを見つめながら残りの美味いチーズバーガーをかじりつき、添えられていた今夜のメニュー表で口を拭った。
メモ
amuse-bouche……単にアミューズとも。もとはamuse-gueule。食前酒とともに出される、一口程度の単体のつまみ、突き出し。客が選ぶのではなく店のチョイス。仏語で口を楽しませるものという意。
Hyper Decanting……デカンタに移すのみならずブランダーで数十秒撹拌する、近年生まれた飲み方。
minimirasuto……Minimasitutoと言いたいところを毎回知ったかぶりをする客(女性美食家の連れ)が間違えたということだと思われる。おそらく元来の正確な意味ではなく、単に装飾を省き最低限必要なものだけにすることなど。
eater/ taker……日本語では奪う者・奪われる者と訳されている
Taco Tuesday……アメリカ各地で毎週火曜にタコス類を食べる習慣。多くのタコス店はセールをする。本場メキシコでも。Taco John'sという店が登録商標を取得したが現在は広く一般的な言葉となったとして2023年に放棄。スウェーデンは金曜によく食べる。近年バスケ選手のレブロンがSNSで「タ、コ、チューズデーイ!」とはしゃぐショート動画がバズった。多分シェフのはそのモノマネ。