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【第78回】米国(7) ヘンプウッドの普及とヘンプクリートの住居基準での規格化


第4番目の建材を狙うヘンプ建材の開発

今日の建築構造材は、コンクリート、鉄鋼、木材の3つが主流である。建築家や技術者はこれらの建材を使うことが当たり前で、市場は代替品を受け入れる余地がないように見受けられる。

木材は、建材としては炭素隔離(炭素貯蔵)能力があり、コンクリートや鉄鋼に比べて温室効果ガスの排出量が少ないという特徴がある。そのため木材使用量は増加傾向にあるが、乱伐や森林破壊への懸念があり、樹脂(プラスチック)と木粉を混ぜ合わせて押し出し成型した人工木材(樹脂木材)への関心も高まっている。

そのなかで米国の一部の起業家やメーカーが着目したのが「ヘンプ建材」である。米国では2018年農業法によって産業用ヘンプの商業栽培が合法化された。木材は約30年の生育期間が必要で、早生樹でも7年はかかる。対するヘンプは木材と同様に炭素隔離能力があるが、生育が3~4カ月間と早い。EUの公式ウェブサイトによると、1ha当たりの二酸化炭素吸収量はヘンプが9~15tで、森林の約2~4倍に相当する優れた炭素吸収源となりうるのだ。

長年、竹フローリングの製造経験があったグレッグ・ウィルソン氏は、19年夏にケンタッキー州にあるマリー州立大学とハリソン農業学校の支援を受け、フィボナッチ社のヘンプ建材ブランド「HempWood」を創業した。

投資額は、1万5000平方mの製造工場に580万ドル(約6億3800万円)。半径160km以内で収穫されたヘンプの茎を原材料にして、製材や床材、キャビネット(飾り棚)、フレーム、家具向けのヘンプ合板を製造する。ヘンプの茎の収量は1ha当たり7~12tで、取引価格は1t当たり1万5000~3万円だ。

同社は繊維用または子実(ヘンプシード)用に栽培されたヘンプの茎を買い取る。ただし、機能性成分CBDを花葉から抽出する目的で栽培されたヘンプの茎は、加工施設が対応していないため受け入れていない。

ヘンプ合板は、ヘンプの茎を高熱にさらして、大豆由来の木工用接着剤とともに型枠に入れて圧縮成形する工程で製造される。同社はヘンプ建材の開発にあたって、ブナ科コナラ属の落葉広葉樹で日本ではナラ材と呼ばれているオーク材と同等の密度、安定性、加工性を備えた建材を目指した。実際に、オーク材のような切断、研磨、仕上げ塗りが可能で、強度は約2倍ある。

一方、同社のヘンプ床材は原材料の100%がヘンプの茎ではない。基板に米国産の森林認証(FSC)認定の広葉樹合板を用いて、表面の見える部分に4mm厚のヘンプ材を接着する。木目調とは異なる意匠性があるのが特徴である(図1)。

出典:https://hempwood.com

同社はISO14025に基づいてヘンプ床材の定量的な環境影響評価を行なったうえで、環境製品宣言(EPD)をした。販売価格は、両面にヘンプ材を用いたパネル(16mm厚、1平方m)が100ドル(1万5000円)である。

日本では、同サイズの一般的な合板の5000~1万円、無垢材の7000~2万円と比べると、やや高価格帯の商品であることがわかる。

ヘンプは世界中で栽培できることから、同社は米国の他の州、ヨーロッパ、オーストラリア、カナダへのライセンス契約による製造販売も検討している。想定する生産能力は、厚さ1インチ(2.54cm)に換算すると年間10万平方mで、原料となるヘンプの作付面積は約1000haに相当する。

米国の住居基準に壁材として規格化

欧州では80年代後半から、ヘンプの繊維を採った後の芯材であるオガラ(麻幹)を1~3cm程度に細断し、水硬性石灰と水を混合して壁材として使う工法が生み出された。ヘンプとコンクリートを組み合わせた造語を意味する「ヘンプクリート」と呼ばれ、モルタル建材に分類される。

ヘンプクリートを用いると、高断熱性、吸音性、蓄熱性、調湿性、意匠性、耐火性、耐害虫性、低環境負荷性に優れた快適な家となる。これらの機能は、ヘンプのオガラが細かい穴を有する多孔質であることに由来する。

ヘンプクリートの実践は、フランス(『農業経営者』2018年2月号を参照)、ベルギー(同2019年8月号)、イギリス(同2020年5月号)など欧州で先行してきた。22年1月に米国でもヘンプクリートを建材として全州で用いられている「国際住居基準(IRC)」に提案するに至った。この提案を取りまとめた米国ヘンプ建築協会(USHBA)は、米国試験材料協会(ASTM)の材料試験や規約評議会に提出する資料作成のために、5万ドル(約750万円)以上の費用拠出と何百時間ものボランティア作業に身を投じたそうだ。

ヘンプクリートは複数回の議論を経て承認され、『エネルギーを伴わない国際住居基準(IRC)2024年1月版付録』に「BL ヘンプ石灰建築物」の項目で規定された(表1)。

建材は、強度を要する構造体(スケルトン)と、それ以外の内装や間仕切り、設備を示すインフィルに分けられる。

ヘンプクリートは圧縮強度があまり強くないことから、この規定では非構造建築材料および壁インフィル構造に用途を限定されている。ヘンプクリートの製造工程では結合材に石灰、セメント、ポゾランなどが、工法では手作業(版築)、吹付け、ブロック積み上げ、パネル組立などが幅広く認められ、現場の施行者の材料選択や工法の多様性を認めた基準となった。

ただし制限事項もあり、施工できるのは1階以下または高さ7620mm未満と規定されている。

住居基準の建材に規定されると、米国内の平屋建てまたは2階建て住居の建設業者にとっては煩雑な手続きが不要になり、商業施設などの大型建築プロジェクトを手がける建築家は二酸化炭素削減効果の高い建材として採用しやすくなる。我が国でもヘンプ建材の普及に向けて、米国の基準を参考に必要なデータを収集し、規格化が求められる。

『農業経営者』2024年6月号


【著者】赤星 栄志(あかほし よしゆき)
NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク 理事
1974年滋賀県生まれ。日本大学の農獣医学部卒。同大学院にて産業用ヘンプに関する研究により博士号(環境科学)を取得。
99年よりヘンプの可能性と多様性に注目し、日本大麻の伝統文化復興と朝の研究開発に関わる。現在、三重大学カンナビス研究基盤創生リサーチセンター客員准教授。主な著書に『ヘンプ読本』『大麻(あさ)』『日本人のための大麻の教科書』がある。

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