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合成データ(Synthetic Data)とは 〜合成データを用いたデータ利活用の促進〜


合成データ(Synthetic Data)とは

合成データ(Synthetic Data)とは、もともとの実在データを直接利用するのではなく、AIなどのアルゴリズムによって人工的に生成されたデータを指す。たとえば、企業が保有する顧客の購買履歴のような個人情報データを守りつつ、分析やモデル検証のために必要なデータ構造や相関関係をできるだけ保ったまま、プライバシーリスクを低減したデータを生成する手法である。

欧米ではGDPR(EU一般データ保護規則)への対応が求められるなかで、プライバシー保護とデータ利活用の両立が喫緊の課題となっている。とくに2024年3月に欧州議会で承認された「EU AI Act」により、AI技術を取り巻く規制はさらに厳格化し、日本の企業にも影響が及ぶと考えられる。このような状況下で、合成データはプライバシー保護のための有望な手段として注目されている。

背景としては、AI・データ活用の領域が大幅に広がる一方で、個人情報保護をはじめとする法規制も世界的に強化されている点がある。多くの企業や研究機関は、データ主体(data subject)から同意を得る手続きの煩雑化や、誤ってデータを漏洩させた場合の制裁リスク(GDPR違反で最大2,000万ユーロまたは世界売上高の4%など)に不安を持つ。こうしたジレンマの解決策の一つとして、合成データが台頭してきたのである。

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合成データの技術的概要

合成データの生成技術としては、大きく以下の手法が挙げられる。

  1. 統計モデル
    代表的な分布(正規分布、二項分布など)を使って、元データの平均値や分散、相関係数を再現しつつデータを生成する方法である。シンプルなモデルから複雑なマルチ変量解析モデルまで多岐にわたる

  2. モデルベース(ベイズ統計や確率的グラフィカルモデル)
    各変数間の関連性を確率的モデルとして捉え、サンプリングにより合成データを生成する方法である。学歴と教育年数のように、明確な依存関係がある変数においても、モデルに組み込むことでより自然な相関構造を作り出すことが可能となる。

  3. ディープラーニング(GAN: Generative Adversarial Networks ほか)
    近年の深層学習技術を活用して、高度な次元構造をもつデータでも、それなりに現実味のある合成データを生成しやすい。特にGANを使ったアプローチでは、実際のデータ分布を学習するGeneratorとDiscriminatorが対戦形式で学習を進め、最終的に元データとの区別が難しいほどの“リアルな”合成データを得ることが可能とされる。

  4. 差分プライバシーとの組み合わせ
    元のデータから合成データを生成する過程で、差分プライバシー(Differential Privacy)を導入することにより、再識別リスクをさらに低減できる。たとえば、ノイズパラメータを調整することで機微情報が露わになるのを防ぎ、元データとの乖離が大きくなりすぎないようバランスをとる工夫が施されている。

これらの技術はいずれも“データ構造を再現しようとする”点が共通するが、一方でアルゴリズムにブラックボックス化の懸念があることも事実である。合成データを導入する際には、精度検証やバイアス評価などのプロセスを明確にし、第三者のレビューを受けるなどして透明性を確保する必要がある。

ユースケース事例と具体的ファクト

合成データが注目される理由の一つには、多様なビジネス・研究分野への応用の広がりがある。以下に代表的な事例を示す。

  1. 医療分野(COVID-19関連データなど)
    2020年以降、感染症の世界的な拡大を受けてリアルタイムで患者情報を共有したい要望が高まった。しかし、実際の患者データには要配慮個人情報が含まれており、直接的なデータ共有はセキュリティリスクや法的ハードルが高い。そこで、元データの特徴を維持した合成データを活用する事例が報告されている。米国では複数の医療機関が患者情報を合成データ化して共有し、治療効果や感染拡大パターンの研究が進められた。研究データベースにおける再識別リスクが99%以上削減できたとの報告もあり、社会的意義が大きい。

  2. 金融・保険業界
    金融機関が保持する顧客データは非常に機微度が高いため、外部分析や新規AIサービスへのデータ提供が進みにくい傾向にあった。合成データを用いることで、実際の口座残高や取引履歴などのリアルデータを第三者に渡すことなく、各種モデルの検証や試算が可能になる。ある欧州系大手銀行は、利用データの一部を合成データ化することで、AIベンチャー企業との協業を約30%早めることができたという。

  3. 自動運転・製造業のシミュレーション
    実世界ではめったに起こらない危険場面の検証や、量産テスト以前のシステム評価において合成データが利用されている。たとえば自動運転の試験走行データを疑似的に大量生成することで、交通事故を含む数百万通りのシナリオを仮想空間で試すことができる

このように、合成データはプライバシー保護やコスト削減、分析リソースの拡大など、複数の観点からメリットがある反面、活用時のバイアスや品質管理が重要な課題といえる。

法規制と今後の展望

現状、EUを中心にデータ保護の法規制強化が進んでおり、とりわけGDPRやEU AI Actは合成データの扱いにも影響を与えうる。合成データが「匿名化データ」として扱われるのか、それとも「個人情報の可能性があるデータ」とみなされるのか、法的にはまだ流動的だといわれている。

たとえば元データの分布を学習したアルゴリズム自体から、個別の個人が再識別されるリスクがゼロとはいえない。また、合成データが知的財産権の対象となるか(生成アルゴリズムを含む)についても議論が進行中である。さらに、医療や行政分野においては社会的意義が高い一方で、法整備が十分でない現状を考慮すれば、今後は公的機関や国際団体によるガイドラインが整備されるまで普及には時間がかかるとの見方もある。

しかし、企業・研究機関がこの技術を取り入れるメリットは大きい。今後は以下3点を念頭に検討・導入を進める組織が増えるだろう。

  1. 代表的な技術やツールを調査し、機能比較やPoC(概念実証)を実施

  2. 技術面だけでなく、コンプライアンス・法律・倫理など総合的に評価

  3. 社会受容性を高めるため、データガバナンスやプライバシー影響調査(PIA)を計画的に行う。


まとめ

合成データは、個人情報の保護とデータ分析の需要が高まる現代において、世界的に期待と議論が交錯する最先端技術である。統計モデルやディープラーニングを用いて元データの構造を模倣しつつ、プライバシーを守れる点が大きな特徴となっている。医療・金融・自動運転など、すでに広範な分野で導入が進み、実際の患者情報や取引履歴を直接共有しないまま分析を行えるなど、従来にはなかった柔軟性をもたらしている

とはいえ合成データは万能ではなく、バイアスや変数間の不整合、法規制の不確実性など、解決すべき課題も少なくないEU AI ActやGDPRの影響により、企業や研究機関はコンプライアンス面と技術面、さらに社会的受容性を総合的に考慮する必要に迫られている。今後は合成データを含むプライバシー保護技術のガイドラインが各国や国際機関によって策定される可能性が高く、これをいち早く把握してPoCを実施した組織が新しい時代の市場をリードしていくと考えられる

  1. 合成データはプライバシー保護とデータ利活用を両立する手段として注目度が急上昇している。

  2. 技術水準は向上しつつあるが、バイアス制御や法規制、説明責任などの課題が残されている。

  3. 企業や研究機関は、早めの情報収集とPoCを通じて、法制度との整合性も含めた導入戦略を練る必要がある。

参考


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