2022年2月6日 ·
そうか!
1953年に、西部劇の概念を変革したと謳われた『シェーン』で主演を務めたアラン・ラッドの設定が、これらの、第二次世界大戦前夜〜戦中〜戦後間もなく封切られたハリウッド版フィルム・ノワールで、レイモンド・チャンドラーやダシール・ハメット原作のハードボイルド小説に登場する、陰のあるニヒルな主人公を務めていた“履歴”を、米国の多くの観客が知っていたからこそ、シェーン=アラン・ラッドの“過去の瑕”に共感することができたのでしょうね。
『シェーン』では、主人公たるシェーンの過去については、具体的には何も説明されていません。
物語の冒頭で、これから開拓農家の世話になろうとした、流れ者のガンマン、シェーンが、何気に馬から降りようとした瞬間、無邪気に弾の込めてないライフル銃を彼に見せて自慢しようとしたジョーイ少年が撃鉄を上げた音を聴いて反射的に腰から下げたホルダーからピストルを抜こうとした動作によって、これまでの彼の過酷な人生が、全て感覚的に瞬時に理解できるようにした、ジョージ・スティーヴンス監督の手腕が素晴らしい。
これにより、アラン・ラッドが演じていた、過去のフィルム・ノワール作品におけるヒーロー像がフラッシュバックされて、それからは、この映画のストーリーに没入できる仕掛けになっていたのです。
それまで、ハリウッドが製作していた西部劇は、基本的には勧善懲悪。
悪役がアメリカ・インディアンであったり、ギャング団であったり、街を牛耳る賭博場のボスであったり、悪徳牧場主であったりしたのに対して、善人たる騎兵隊や保安官や一般市民がそれに対峙するという構造を持っていたのに対して、『シェーン』では、そのような単純な対立構造だけではなかったところに、この西部劇に深みをもたらしたことになりますね。
この映画で、出演者の中で唯一、アカデミー賞にノミネートされたのは、実は冷酷非道な北部出身の殺し屋ジャック・ウィルソンを演じた、ウォルター・ジャック・パランス(厳密にいえば、物語の語り手としてのジョーイ少年を演じた子役、ブランドン・デ・ワイルドもそうでしたが)で、助演男優賞は惜しくも逃しましたが、そのニヒルな演技と、犠牲者となった、南北戦争で南軍兵士として参戦した経験を持つ農民の一人を巧みに煽って、この時代には法律上でも認められていた“決闘”に誘い出し、さらに、相手に先に拳銃を抜かせてから速撃ちで殺すという“正当防衛”を演じてみせた技量に、多くの“プロ”から賞賛が寄せられたのでしょう。
ある意味、『シェーン』という西部劇は、実は既にフォーマットが固まっていた西部劇の衣を被ったハードボイルド&フィルム・ノワール映画だったといえるでしょう。
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『シェーン』の原作は、ジャック・シェーファーの同名小説をベースにしていますが、映画のジョーイ少年(小説ではボビー少年)のモデルは、ジャックのご子息、カールだったそうで、このお話自体は、かなり実話に基づくストーリーだったようです。
特に、当時の牧場主と、新たに移動してきた開拓農民の対立は「ジョンソン郡戦争」として、その後は、マイケル・チミノ監督の『天国の門』として、フィクションを交えて映画化されたのですが、実際に殺し屋を雇った牧場主に農民たちが虐殺されるという、この映画以上に深刻な事態、決して勧善懲悪の結末を迎えぬまま闇に葬られた事件を引き起こしてしまったようです。
ライカー一味との決闘後に、ジョーイ少年とスターレット夫妻が待つ農場に戻ることなく町を去り行くシェーンのその後については(決闘時に脇腹をライフル射撃で撃ち抜かれて負傷したことも描かれていました)、エンディングの、山あいの墓場の横を抜けて去っていくシーンを巡り、彼の生死論争まで巻き起こしましたが、小説の方では、その後の消息(風の便りにシェーンが亡くなったこと)が語られ、また、ジョージ・スティーヴンス監督の、このシーンについて言及した後日談もあるのですが、この時点では、撃たれた傷は浅いまま、再び行く宛のない旅を続けて去って行ったと思いたいですね。
ジャック・ワーナー・シェーファー(Jack Warner Schaefer、1907年11月19日 - 1991年1月24日)は、西部劇で知られるアメリカ合衆国の小説家である。代表作は、映画『シェーン』の原作となった小説『シェーン』や、短編小説"Stubby Pringle's Christmas"(スタビー・プリングルのクリスマス、1964年)である。
なお、「ジョンソン郡戦争」と『シェーン』の背景についての素晴らしい記事を見つけたので、詳細はコチラまで。
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2016-04-10 映画コラム
西部劇不朽の名作『シェーン』に隠された アメリカの光と影