極私的レオナルド・ダ・ヴィンチ考その2
数年前の月曜日の地上波、日本テレビの深夜放送「映画天国」枠で、1971年に公開された、ルキノ・ヴィスコンティ(L.V.=ルイ・ヴィトンの愛用者でもあったようです)監督の『ベニスに死す』(英語: Death in Venice (オリジナル)、イタリア語: Morte a Venezia (吹替え版)、フランス語: Mort à Venise (吹替え版) )を初見で鑑賞したことがありました。
主演のダーク・ボガードは英国人の俳優なので英語を話し、ホテルの従業員たちもイタリア語訛りの英語を話し、それ以外の登場人物は、主にフランス語やイタリア語で台詞を喋っていたようですが、この映画がアメリカ資本のイタリア&フランスの合作によるものだったので、そういうスタイルで撮られたようです。
まあ、日本人にとっては、日本語字幕でストーリーを追っていきますが、それぞれの母語をもつ人たちにとってはどのように感じられたのでしょうか。
実際には、多国籍の言語と英語の字幕で公開されたのは英米だけで、イタリアとフランスでは吹替え版で公開されたようなので、俳優の生の声が聴けたのは、英米と日本だけだったということになりそうですね。
途中でCMが何回か挟まれましたが、本編はカットされなかったようで、まさにL.V.の美学を堪能することができました。
原作は、ドイツ人作家(たしか、マン姓はユダヤ系?)、トーマス・マンによる同名小説の映画化で、小説では主人公がマーラーをモデルとしつつも、文豪という設定だったのに対して、L.V.映画版ではストレートに音楽家として描かれていましたね。
老境に差し掛かったドイツ系ユダヤ人の著名な作曲家、グスタフ・エッシェンバッハ(アッシュエンバッハとも。まさに“グスタフ”・マーラーをモデルにした主人公)が静養先のヴェニスで、たまたま出会ったポーランド系貴族の一家の少年、タージオの美しさに心を奪われるとともに、世間的には成功を収めていたと思われている自身の生涯を、悲しく、そして苦く回想するというストーリー。
ところが、避暑地、また観光地として財を得ているヴェニスに、東南アジアが発生源となったコレラが流行して、まるで現在の日本のような様相を呈してきて、それでも現地の人たちは、財源となる観光客が落とすお金を惜しみ、積極的にはそのことを、滞在しているよそ者には伝えようとしないが、それを怪しんだグスタフが、ことの次第を滞在先のホテルのコンシェルジュ(支配人?)に厳しく詰問したところ、遂に彼が良心の呵責に耐えかねて“真相”を話して、ヴェニスから一刻も早く立ち去ることを促す。
ここから究極の選択の苦しみが彼を襲います。
ヴェニスを立ち去るということは、究極の美を見出した、その美少年にも永遠に別れを告げなければならないことを意味しており(タージオの方も自身の魅力を大いに自覚しており、何やら意味ありげな所作をグスタフに仄めかすのですが。後年、ビョルン少年は、監督の言われたとおりに演技したに過ぎないと語っていましたが)、苦渋の決断の末に、その貴族の一家にも、この地に疫病が流行っていることを、シルヴァーナ・マンガーノ演じる、ちょっと近寄りがたい雰囲気を漂わせた女性家長(若い時には“原爆女優”なる渾名が付けられ、恐ろしくもセクシーな魅力を“唯一の原爆被爆国”日本の銀幕でも振り撒いていて、『ユリシーズ』というギリシャ神話のオデッセイを主人公にした映画で、主演のカーク・ダグラスを誘惑して骨抜きにしてしまう妖艶な魔女キルケを演じたシーンは必見ですね♪)に告げて、此処を立ち去るように進言するも…。
美少年タージオを演じた、スウェーデン人のビョルン・アンドレセンは、元々はミュージシャン志望だった(幼少期からクラシック音楽の教育を受けるも、1970年代当時に大流行していた、ザ・ビートルズのようなバンドでの成功を夢見ていました)のですが、この映画でヴィスコンティに見出だされて、本格的に俳優の道を歩み始めて、当時は日本にもやって来てCMに出演したりと大人気を博しますが、本人の志向と大衆の求めていたものとのギャップに苛まれた時期もあったようで、今日では60歳台の半ばに差し掛かり、ようやくこれまでの人生を振り返ることができるようになったようです。
この作品における彼の面影を観て一番感じたのは、イタリア・ルネサンス期のマエストロ、レオナルド・ダ・ヴィンチの少年時代を彷彿とさせたという点ですね。
彼の自画像は、一般には老人の姿でのイメージが強いですが、実は彼の少年時代は、師匠のヴェロッキオが彼をモデルにした「少年ダヴィデ」のブロンズ像を作品として残しているほどの美少年として有名だったのです。
そして絵画としては、ヴェロッキオ師匠の作品の一部にレオナルドが手伝ったといわれている「キリストの洗礼」で描かれている左端の巻き毛の少年や(完成した絵の出来映えを観たヴェロッキオ師匠は、レオナルドが描いた部分があまりにも素晴らしかったので、これ以降、彼は絵筆を執らなかったという逸話が残されています)、
その後レオナルドがマエストロ=一端の工房の親方として独立しつつも、ヴェロッキオ師匠と、レオナルド自身の工房の弟子たちとも一緒に描いた最初の作品とされる「受胎告知」(2000年代初頭に初来日したのを観たことがあります)で、聖母マリアに対して“受胎”を告知するために舞い降りた、やはり巻き毛で中性的=アンドロジニアス的な魅力を秘めた大天使ガブリエルも、恐らくレオナルド自身の姿が投影されていると私は思っています。
ヴィスコンティの映画は、日本では彼の死後に劇場公開された『家族の肖像』を観て以来久し振りでしたが、やはり彼の美意識、映像と音楽の使い方の素晴らしさに、改めて感銘を受けました。
あらすじ、ネタバレ他の情報は、以下のWikipedia先生でどうぞ。