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『MLMに吠える』 -グレーハウンド番外編ー

都会に戻ったオレには、キノシタという最強の相棒はいなくなっていた。悲しいもんだぜ。オレが記者でアイツも記者時代からの、旧知の仲だったっていうのにな。

A子が危険に遭わないよう、コッチには「来るな」。すぐに「戻る」とだけ伝えておいた。

だが、すぐには、というわけにはいかなかった。
今回、新たに事件が起こった。インスタグラムって知っているか?写真を投稿してコメントを書いたり、「メンション」ってのができるーーアカウントを紹介する機能といえばいいのかな。で、メンションが今回の事件の核だ。

秋に入り、小寒くなってきた頃、オレのインスタアカウントに連絡が入った。「勝手にメンションされています。迷惑なのでどうにかしてほしい」ーー。
ここからの話をまとめると次の運びだ。

主犯格は60代の女性で、MLM形態で流通するダイエット商品にどっぷりハマっている。MLMとは?マルチレベル・マーケティングの略称。連鎖販売取引で、商品を売買するんだ。
誤解のないように正確に話を伝えよう。「ネズミ講」と似て非なるんだ。

後者は法的にアウト。
だが、よく「マルチ」なんて言われる、前者は違法性がない。
ただ、やり方次第では、違法性が問われることも珍しくはない。連鎖販売は法の規制がある。そこを破ると行政処分だったり、解体されることもある。
そうした事例は、ここ最近増えてきている。マルチだからなんでもOKってハナシでもない。

主犯格Yはソコソコのやり手だ。インスタを覗くと、MLMでのランクは上位にある。セミナーでも金をもうけているようだ。ただ、やり方が強引なもよう。無作為メンションをすることで、MLMのメンバーじゃないユーザーまで、メンバーとして計上している。

要するに、他人のことなどお構いなしに、自分のランクを上げている。相談主も困るに決まっている。MLMに関与している人物だなんて思われるなんて不本意だ。それなのに、勝手に土足でメンバーにされたら、たまったもんじゃない。

 オレは相談主とYをどうするか話を進めた。

「どうします?いろんなアングルで追及できそうです。開示請求が手っ取り早い。ほかは、こちらから揺さぶるか」
「法で裁かれてほしい。このように進めたいです。本当に迷惑極まりないです」
「弁護士に訴えるのも手ですね。ただ、これを名誉毀損(きそん)とするか、何とするか、切り口で相談先は変わるかもしれません。まずは、大元のH社のネガティヴ材料を集めて、攻撃するのはどうでしょうか?」

バランスが重要なんだ。依頼主の意見と、自分で適切と判断したアクションの折衷案に行きつくまで、時間がかかることもある。尊重しながらも提案する。ただ、不利にならないような内容で、なおかつ、瞬時の効果があるものじゃないと、円滑に進まない。最悪トラブルにも転じかねない。

「それで」と、依頼主。まずは相手の名誉と信頼をーー依頼主がされたようにーーSNS(交流サイト)内で失落させるんだ。これもやり方を間違えると訴えられかねない。「ウラ」が取れないかぎり、明確なことは言えない。即、下調べをした。判明したのは、日本でも被害者がいるとのこと(「H社のせいで私の人生はボロボロになりました」といった声は、SNS上に溢れている)。被害と言っても、受けたと言っている人の主観なら難しいうえに、ウラにはならない。法的根拠がないからだ。

困った・・・お手上げってわけにもいかないしな。
それでも打開策はまだあった。H社はアメリカに拠点を置いてある。そこでの活動を調べに調べまくるしかない。本国でFDAやFTCから行政処分を食らった。過去の事例さえ揃っていれば、日本での違法性はなくても「ヤバさ」は伝えられる。

決めた。
これを切り口に、知られていないことを発信することから始めよう。加えて、今回の無作為メンションが悪評材料になれば、日本でも敬遠されるようになる。

本国での行政処分の事例を調べた結果、なかなかヤバめだってことが分かった。少なくとも三つは分かった。

材料一つめ。
「ディストリビューター(流通する側)になって一攫千金」とうたっていた。実態は違う。財布が焦げた被害者が続出したんだ。それが原因で命を絶った人もいる。因果関係はハッキリしている。

二つめ。
勧誘の違法性が認められた。国によるが、連鎖販売取引を取り締まる法が定められている。それを破った事例があったんだ。その場で契約させる「恐喝」じみた勧誘方法で母数を増やしていた。これは日本でも1発アウトだ。

三つめ。
これが一番衝撃敵だったーー。サプリメントを摂取した人が死去したんだ。詳しく調べたらFDAでも違法性に問われていた。それから一部の州議会で検討会が開かれ、販売停止に追い込まれた。日本でも医学研究の結果、致死成分が含まれている結果が証明された。

この三つの悪材料に今回の「メンション」の件があれば、十分インパクトはある。さっそく依頼主に報告した。「ヤバい組織ですね」と答えが返ってきた。そう、日本でヤバさが認知されていないだけのこともたくさんある。

先に拡散することにした。それで相手を追い詰めるんだ。言い換えれば揺さぶり。次にとるアクションは、相手との直談判。ただ、ここが難しい。相手がフル無視することもある。猿知恵程度の知識武装をして反論してくることも。そういった時は奥の手を使う。

個人情報を片っ端から調べ上げて、シカトし続けたらどうなるか、通告するんだ。依頼主に聞いた。
 「謝罪文は来ましたか?」
 「いいえ。何も。勘違いでした、としか・・・謝意はないですね」
 「なら連絡します。ただ、『◯さんと関係ないでしょ』なんて言われたら、その際は友人という体(てい)で口合わせよろしいでしょうか?」
 「問題ないです。それくらいの親近感があると言わないと、納得しない可能性も多大にあります」

決まった。正攻法でいくぞ。オレから友人ってことで、無作為メンションにクギを刺すメールを入れる。
主犯の住所から電話番号まで割れている。ここで謝罪しないリスクを伝えれば、相手も無視するわけにはいかないと踏んだ。

「◯さんの友人です。ご本人からご連絡が入っているかと思います。謝罪をされたとのこと、把握しております。ですが、納得してされている様子ではありせん。ことを荒げたくないので、私を仲介して三人でお話しするのはいかがでしょうか?」

と、丁寧な文面のメールを一通送った。だが3日待っても返事はこない。その間にYはH社の商品を紹介する投稿をアップロードしていた。これじゃラチがあかない。
ましてや、その間にも依頼主の無作為メンションを、懲りずにしていやかる。ここは強くて押さないとダメなようだ

「前日ご連絡しましたが、お返事がきていませんので、再度のメールをとなります。大ごとにはしたくはありません。ですが、お返事がないこと大元のH社かしかるべき相談センターに報告させていただこうと思います」

さすがにコレには効果があった。次の日に返事が来たんだ。内容は腑に落ちないし、自ら悪い方へと転じようとさせていた。

「謝罪はいたしました。お相手も『許します』と」
「確かめます」
 というところで、Yとの連絡が途絶えた。

 依頼主に聞いたら謝罪メールはおろか、「開示請求をする」と、ゆすられていたようだ。さすがに看過できない。
 「ネットワークでYの住所は割れました。行きましょう」とオレは伝えて、依頼主とともにYを詰めた。

そこからが、本当の仕事なのだ。Yがどうなったかは、書けない。すべてをつまびらかにできるわけではない。時には禁じ手も使わざるを得ない。

駆け出しのころ教わった教訓ーー「目には角膜を、歯には口を」。ハムラビ法典は時代とともに変化する。

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