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『九十九神示』全文掲載 【神の巻】③
2024年5月出版『九十九神示』の全文を各章ごとに掲載しています。
今回は、「神の巻」後編を掲載します。
ここが最後の正念場じゃ。
いつまでも己の生活、己の仕事、己の家族の日常事ばかりに囚われ、御魂の望み忘れておってはならんぞ。
御魂の望みに務めてこそ、生活にも仕事にも家族にも、真の良き道が展けて行くのじゃ。
この文読みてそうかそうかと思えども、三日も経てば元の木阿弥となるのがそなたらの深き因縁であるから、此度ばかりはもう後がないのであるから、何度も何度も読み返し、肚に落としてくだされよ。
日常事も大事であるなれど、天の行、地の行どちらも大切であるなれど、霊主体従、霊生身の道理忘れてはならんぞ。
神が中心、魂が中心の生活こそが本道ぞ。
皆々すべては見えぬもの先にありて、見える世界に映し出されておるのじゃ。
今の世は体主霊従、逆さまの世の末路であるぞ。
考え方も生き方も、何もかもが逆さま、あべこべとなりて、肉体ばかり、物理ばかり、現世利益の日常事ばかりの世になり果てておるのぞ。
それを根本から改め、身魂の天地ひっくり返さねば、真の仕事、真の御用は出来んのぞ。
そなたの力、二分三分しか出せず終わることとなりますぞ。
今日この時から、己の神、問い正しなされよ。
神とは生きとし生けるすべてのものぞ。
すべてを活かす理、巡り、働きであるぞ。
すべてのお人、すべての生き物、すべての物、事象、拝んでみなされ。
誰も彼も好きになれとは申しておらんぞ。
人格者になれ、聖人君子になれと申しておるのではないぞ。
すべてのお人を認め、すべての存在、出来事を認め、一つ一つの個性、働きを尊びなされということじゃ。
出来ることからで良いぞ。
良いことがある時ばかり感謝致し、悪いことがあれば不貞腐れ、神の天罰じゃ、難儀な運命じゃと申すお考え、金輪際捨ててくだされよ。
神は罰など与えんぞ。裁くことも致さぬぞ。
それもこれも三千年、悪の宗教が撒き散らした取り違えの神、偽りの神の姿でありますぞ。
すべては一人一人の身魂の因果であるのじゃ。
己の因果の分だけ苦しみ、掃除致しておるのぞ。
それもこれも皆、そなたが自分自身で決めておること。
肉体のそなたと、そなたの上におる霊のそなたと、神々様、守護霊様方が働き合い、相談なさって決めておることじゃ。
神々と申される方々は、初めから最後までそなたらが少しでも楽になれるよう、少しでも真の幸せ、真の喜びに気付くこと出来るよう、見守り、お力添えくださるばかりの存在でありますぞ。
そなたがどれほど神を無下に致そうと、不足不満を申そうと、大事に大事に守護致し、可愛い可愛いと抱き締め続けてくださっておる方々であるのぞ。
その深き深き親心に気付いてくだされよ。
神は白髭たくわえた唯一人の翁ではないぞ。
一神教は偽りであるぞ。
多神汎神、ゆえの一神が真であるぞ。
すべてが神であり、ゆえに神などないのぞ。
この方申しておる「神」とは、便宜であり方便であるぞ。
そなたら申す神を神と申すならば、それは高き霊であり、霊団であり、意識体であるぞ。
なたらから見れば神のような存在、神のような働きが、それぞれの次元、境域に無数にあるだけであるぞ。
神の上にも神があり限りなく、神の下にも神があり限りない。
宇宙天地構う元つ神とて、一柱ではないのであるぞ。
元なる神とて日々学び、修行し、進化しておる意識体であるのじゃ。
そなた自身も神であるのぞ。
自分拝み、大事に致してくだされよ。
慢心することではないぞ。
じゃと申して、自分卑下すること、自己嫌悪すること、劣等感、無価値感は、神を否定することであるぞ。
宇宙を卑下し、嫌悪し、無価値だと認定することであるぞ。
この道理、おわかりくだされよ。
そなたたちが今生生きる上で、最も大切なことであるぞ。
皆々、神となりてくだされよ。
己神であること、一日も早う思い出してくだされ。
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(*書籍版はnote 掲載版より細かにルビを振っており、紙サイズ、文字サイズ共に大きく読みやすくなっています)
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