見出し画像

ICC「現れる場 消滅する像」(evala)へ行ってきたとのこと

今から15年ほど前。evalaと渋谷慶一郎がコラボした作品が公開されていたタイミングで、初めて「無響室」に入った。

係員の案内に従い、分厚い扉をくぐり、吸音機能を持った構造体に囲まれた異様な部屋に1人入り、しばらくすると作品が開始される。

音が流れてくるのだが……これがなんといえばいいのか……。自分の身体全体が耳になっているような、というか、宇宙空間をたゆたっているような、というか、子宮の内部を想起してしまうかのような、というか……。とにかく、いかんとも形容しがたい新鮮な感覚に思わず一耳惚れ(?)。虜になった。

以来、俺は(一時、開放されていなかった時期を挟みつつ)、ことあるごとに友人や知り合いをICCに誘っては、各人の無響室初体験のリアクションーーなかには恐怖心から脱出用緊急スイッチを押す者もいたーーを楽しんできた。

そんなもろもろのきっかけになったアーティストがICCで個展を開催すると知る。迷わず行く、となる。

キタコレ。俺は晴れた日のオペラシティのこの光景がえらく気に入っている。

展覧会タイトルは「現れる場 消滅する像」。

概要に目を通すと、同展はevalaが主宰する、音を通じた新しい知覚の探求プロジェクト「See by Your Ears」の集大成的な位置づけとのこと。

字義通り受け止めれば、「耳で見る」というプロジェクトタイトル。つい俺は、視覚障害者のアテンドのもと、暗闇の中でさまざまな体験をする施設「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」に足を運んだときのことを想起した。

真っ暗闇になると、耳と触覚、そして介助者を頼りにしてでないと、歩を進めすらできない俺。一方、案内してくれる視覚障害者の動きは驚くほどスムースで。あれは紛れもなく「耳で見る」を体現していた。あのときの彼らのような経験ができるのか? この展覧会は? おん?

◆◆◆

して、展示空間へと入る。

入ってすぐに待ち構えるのが、“ケーブルいけばな”で装飾されたスピーカーが床や壁に無尽に並び、それらから波のような音が重層的に鳴り響く「Sprout "fizz"」。

立ち位置によって聞こえが変わる。音が身体にまとわりつくようで、なるほどおもしろい。ほう。

おもしろい。ただ、さしての感慨はなかった。「なんか YCAMっぽい展示やな……」。えっちら歩き回りながら、偉そうにそんなことを考えてしまっていた。……のだが、次に入った展示室での「Inter-Scape "Slit"」で、えらい衝撃を受けさせられる。

ほとんど暗闇といっていい室内に入ると、動物の鳴き声、羽音、波打ち際や水中の音、雑踏、廟堂……何かわからない音まで、さまざまな音が、タイミングを変えて四方八方から聞こえてくる。

不定期に明滅するストロボ光を合図に音のニュアンスが変化するーー卑近な例えをするとディズニーランドの「ソアリン」のような瞬間的な場面転換のようにーー。

これがなんとも抜群に、いい。つい、天を仰いだ。

室内はほとんど暗闇なので、視覚がほとんど遮断されているのだが、明滅の度に、俺の前頭葉は、聴覚の変化を視覚的に味わっており、これはまさしく、see by your earsに他ならないじゃねえのと感じる。

一度展示室を出て、他の作品をーーもちろん無響室もーー観て回った後、「もう一度アレを体験したい」と、改めて「Inter-Scape "Slit"」の展示室に入った。二度目も素晴らしい。一度目とは違う音が響いている。けざやかというかなんというか……なんとも形容できねえ魅力がある。

俺はせっかち故に、美術館で展示されている映像作品を観るとき、「あとどれくらいあるんだろう」と、もどかしい気持ちになりがちなのだが、同展での作品は、どれも終わりを意識することなく体験できた。それがなぜなのかはわからない。情報の密度の濃さ故、なのだろうか。

なんて、つらつらと書いてきたが、抽象的な文章が続いているとおり、俺はサウンドスケープや、サウンドアート、いや、そもそも音楽について語る言葉を持ち合わせていない。

して、クリティカルな感想は残せず、「なんとも形容できねえ魅力がある」「得も言われぬ魅力がある」。そんな陳腐な感想に落ち着く。

が、こうした「なんとも言えねえ」に類する着地は、それはそれでプリミティブな感応で、歳を重ねるにつれて減っていく“未体験な事物との遭遇”へのリアクションとして、ある種、正しくもあるように思う。過去の体験と接続不可能なほどの新鮮さから、言葉が出てこない。そんなところが、俺にとっての「現れる場 消滅する像」の魅力だ。

雑な感想だが、展覧会場にも掲示されるポスターにもある「before words, there exists music」に通じるなにかがある。言葉以前にあった音。それを生で体感しているというかなんというか。そんなところ。

◆◆◆

なお、無響室の体験には予約が必要。当日、受付で抑えることもできなくはないが、埋まっている時間が多々あり、確実に無響室を味わいたいのであれば、事前に予約したうえでICCを訪れるのがベターだろう。また、無響室で体験できる作品は5種ある。複数体験したいのであれば1500円の年間パスポートを買うのも手かもしれない。そんなところ。

いいなと思ったら応援しよう!