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同じように見えて実は違う公立中学校の格差Part3~内申編

中学受験すれば、違っていたかもね。

我が家の父ちゃんは理系男子らしく、起きたことをグチグチと後から「こうすればよかった」というたられば話が嫌いである。今さらいったってしょうがないという。こちらはちょっと愚痴を聞いてもらいた時も話すだけこちらも消化不良になる。そして、相談できない。カイゼンもできない。

・・・それはいいとして。

でもこの日、ボソッと私が「中学受験していれば、もう少し違う学校に行けたかもしれない、将来が変わってたかもね」と言葉にした瞬間、彼は 

・・・黙って、にやっと口の端を上げた。

父ちゃんにしては珍しい、最大の賛同、同意である。


どうしてそんなことになったのか。

長女は地元公立中3年に在籍し日々楽しく学校に通っている。人間関係は悪くない、来月の修学旅行を楽しみにしている。生まれながらの癒し系天然キャラは通学している学校でも遺憾なく発揮され、昨年は生徒会副会長に立候補したお友達の応援団長を頼まれ、ほげ~~っとやったら、「長女ちゃんがやるなら」と及び腰だった他の子も手伝ったらしい。人が何かに挑戦するハードルを下げる威力が長女にはあるらしい。親2人どこにもない、どこのDNAや。ほんまに我が子か(顔そっくりだから間違いない)。

でもそういう長女の特技長所は、笑えるくらい内申につながらない。公立中においては完全に不利になる。 

生徒会役員をやれば高校入試では内申の加点対象となるが、単なる応援団長で役員ではないので当然加点はない。

それだけではない。

発達凸凹のある長女は何かに集中すると他に気が回らなくなる傾向があり第1子にありがちな要領の悪さも加わり【何かに集中】したことはこれっぽっちも評価されず【他に気が回らなくなった】ことに対して思いっきり内申で減点される。

それが、長女中学でたまたま担当した教科担任の「依怙贔屓と文句を言われない」ための評価しやすい内申の診断基準だからである。

中1からとにかく内申が低い、特に主体的な態度の項目。面談で理由を聞くと言われるのは課題の出し忘れや出し遅れが多いそうである。勉強の実力とは別の、長女特性と性格の不得意な部分で思い切り低評価になってしまっている。

もしこれが『授業の時間にノート提出』ではなく、『PCもしくはタブレット端末で送信ボタンポチで提出』だったならば長女はこれほど提出物に悩まされ低評価されなかったはずである。こちらに関しては、多少の違いはあれ私立だからオンライン公立だからアナログなのではなく現在公立中は本当にICT対応がバラバラというのが現状で私立で対応していない学校もあれば(部活に力を入れている学校が多い)公立でも進んでいる学校もある。長女学校はその点地域性(家庭内Wi-Fi環境の普及率が低い、等)で思いっきり遅れている。こちらに非があるとすれば、入学前にそこまでリサーチしきれなかった私の力量不足である。

で、競技かるた、である。

百人一首は中2国語の授業に登場し、学校によってはそれをレクリエーションとしてクラス内のグループ対抗やクラス対抗でかるた大会をするのだが普段は全く勉強に身が入らない長女が

百人一首面白い!!

突然、目覚めてしまった。目覚めてしまったという言葉がまさに当てはまるくらいの、変貌ぶりである。あんなに運動も勉強も何をやっても「お先にドーゾ」精神の固まりだった子がいったい。

百人一首だから、当たり前だが札は100枚しかないはずだがグループ対抗で何枚取ったの?と聞くと大概「今日はねー、60数枚」という。4人1グループで、1人で半分以上取っている。人が変わったように1人だけ上の句だけでバシバシ取っている姿が目に浮かぶ。

そんな百人一首をやった中学2年の後期の国語の成績は、どんだけカイゼンされるのかこれ以上主体的な態度はないぞ、と楽しみに臨んだ3月、渡された成績表の、国語の『主体的に取り組む態度』の項目は、 

ABC評価の最低【C】だった。

思わず「は?」という言葉がでる。何かの間違いでは?

で、そのC評価の原因を聞いたら、ノートの提出が遅れていた、だそうである。

でもその先生の次の言葉に耳を疑った。
「百人一首を評価に入れると覚えられない子もいますから」

じゃあ覚えた子の努力は?じゃあ、提出に関する苦手がある子のフォローは?一切関知しないそうだ。

確かに、年度初めに渡される評定の項目に「百人一首大会好成績」はない。

これが、公立中の、学校によって直面する先生主観で左右する内申の現実である。


百人一首大会は単なるレクで国語の成績とは一切、関係ない。というのが中2のときの国語教科担任の言葉である。

そして、塾の先生が気の毒そうに言った言葉にも唖然とする
「…隣学区のK中学ならそこまで頑張ったことは評価してもらえたかもしれないですね…」

・・・・・

そんな不幸にも現中3も同じ国語教科担任の採点基準に、長女は合っていない。それだけで最低点になるのが公立中の内申の現実。

そんなこんなで、迎えた春の塾&学校の面談。中2後期の内申点がそのまま3年になっても続いた場合の、進学できそうな高校は

絶句レベルの学校ばかりであった。

先生の主観で左右される成績で、将来が変わる・・・。

中学受験なら「ここなら手が届きそう」だった学校が軒並み「雲の上の存在」になっている。何故なら高校募集する中高一貫校は、中学受験組に追いつける実力のある子を取るからである。

目が遠くなる。

長女中学がここまで個性に寄り添わない寄り添えない学校と知っていたら。4年前、小5で中学受験を検討していたとき遅すぎるスタートに、のんびり屋の性格はとてもあの苛烈な中学受験にはついていけないと思い、早々に撤退(というかそもそも参入していない。)したあのときに、もうちょっと親子で頑張っていたなら。

それが、今回のタイトルの『公立中学校間の格差』であり、

公立校に進学するのが当たり前という環境で育ち、過去は振り返らない父ちゃんをもってしても中学受験を肯定させるほどの、長女公立中の現実である。 内申に惑わされずにもっとのびのびとした中学生活があったかもしれない。

興味があること出来ること、出来ないこと、の凸凹があるのなら一度公立という選択をしたときには進学する公立中学校のリサーチを。

中学受験は、トップを目指す子だけのものじゃない、と思うのです。








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